第139話 領都セルロイドからの旅立ち、向かうは王都モルガノ
アジル政務補佐官からの話はライド伯爵に少なくない衝撃を与えることとなった。以前よりダンジョン都市カッセルの治安については度々問題視され、大規模な取り締まりが幾度となく行われてはいた。だがそうした取り締まりが行われても、しばらく経つとすぐに元の状態に戻ってしまう。
ダンジョンは別名魔石鉱山と呼ばれ、ライド伯爵家にとって欠かす事の出来ない財源の一つであった。その為多少のことには目を瞑っても、都市の存続を優先させる風潮があるのも事実であった。
だがダンジョン都市の冒険者がライド伯爵家に刃を向けたとなっては話が変わる、貴族は嘗められたらお終い、ましてやそれが領民や平民であれば尚の事。
ライド伯爵家当主ニコラス・ライドは領軍の常駐を含めた徹底的な治安管理とダンジョン都市カッセルの犯罪組織撲滅を決定、今回の王城での謁見を終えた後、本格的な犯罪者対策に乗り出す事にしたのであった。
「ライド伯爵閣下、それでしたら一つ提案いたしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
そんな険しい表情をしたライド伯爵家の人々を前に、声を上げたのはシャベルであった。アジル執務補佐官は癒し草栽培における諸問題に数々の提案を行ってきたシャベルの姿を知っているだけに、ライド伯爵に頷きを送りシャベルの発言を許可するよう促すのであった。
「うむ、シャベルよ、発言を許す」
「はい、ありがとうございます。先ずダンジョン都市における犯罪者ならびに犯罪者予備軍とも呼ぶべき不良冒険者ですが、その活動範囲は主に上層と呼ばれる第一階層から第十階層、中層と呼ばれる第十一階層から第二十階層と言われています。
理由としては第二十一階層より先は魔石の質もよく稼ぎも安定している為犯罪まがいのことをしなくとも十分に稼げること、第二十一階層以降に潜る冒険者はそれなりのパーティーを組織し、犯罪者に対抗する力を持つ者が多いことが上げられます。
しかしその分自分たちの力を過信し暴力に訴える者も多く、深層と呼ばれる第三十階層以降でも第三十五階層までは犯罪者気質の冒険者が存在すると考えた方がよいでしょう。
それ以上先に進む冒険者にそうした者がいないのかと聞かれれば分からないとしかお答えできませんが、第三十五階層より先では盗賊行為などを行う余裕などないという現実的な理由で犯罪行為はまず見られないと考えてよいかと。
街の治安に関わる犯罪者の取り締まりとしては上層から中層を重点的に監視することで相当抑えることが出来るようになるはずです。
その監視の方法ですがなにも巡回しろというのではありません、領兵の訓練にダンジョンを利用する、それだけで構わないかと」
シャベルの話、それはダンジョンを取り締まるというものではなく、ダンジョンで兵士の訓練を行えというもの。その提案にシャベルの真意を掴みかね顔を見合わせるその場の面々。
「シャベルよ、話がよく見えないのだが、それがどう治安維持と犯罪抑止に繋がるのだ?」
「はい、先ず前提としてダンジョン都市における犯罪者の撲滅は不可能です。最大の理由はダンジョンに挑む冒険者の気質にあります。
冒険者は魔物と戦い魔物を倒してこそ、力こそ正義、それが冒険者の基本的な考え方です。そしてこの考えは冒険者ギルドの基本的な在り方にも繋がります。
アジル執務補佐官様は領都セルロイドに到着した際に立ち寄った冒険者ギルドセルロイド支部のゼジルギルド長との会話を覚えておいででしょうか? ゼジルギルド長は街道でライド伯爵家の馬車が足止めされ冒険者たちが俺の身柄を要求したとの話をした際に、“それは冒険者同士の争いではないのか? 冒険者ギルドは冒険者同士の争いに基本的に不介入である”といった内容の言葉を返していました。
これは力を頼みとし、“冒険者である以上争いは自分の力で跳ねのけろ”という冒険者ギルドの基本的な考え方を端的に表した発言となります。
そうした者たちがダンジョンドロップという賭けの要素が強いお宝を目指し集まってくる、ダンジョン都市は欲望都市、欲に溺れた者は楽に金銭を稼ごうと力を頼みに他人から利益を搾取しようとする。
己の力を頼みにのし上がろうとする者であれば初めから城塞都市に向かうか、ダンジョン深層でも第四十階層より先の危険地帯に挑んでいるはずです。
ダンジョンの上層中層は実力が伴わずかと言ってダンジョンから離れることも出来ない欲に縛られた冒険者の掃き溜めと化しているのです」
シャベルから語られる辛辣な言葉に、ライド伯爵をはじめとしたその場の者たちは何も言い返せない。何故ならシャベルの言葉はテイマーと馬鹿にされ散々襲撃に遭い続けた者だけが持つ、独特の重みを纏っていたからであった。
「ですがそうした者は所詮はみ出し者、徒党を組み数に物を言わせ力ない者をいたぶる事しか出来ない。であれば彼らにとって居心地の悪い環境を作ってしまえばいい。自分達より力も権力もある領兵が訓練と称しウロウロするダンジョン、自分たちの行いを堂々と否定する者たちの存在。
領兵の訓練地として定期的に人員を入れ替えカッセルの住民との接点を薄くすれば、北のスラム街の者たちに取り込まれる事もないかと。なにであれば街壁の外に領軍の駐留拠点を作ってもいい、そうすれば北のスラム街を一掃した後に再び犯罪者の巣窟を作られる事も防げるでしょうから。
これは街の排水路と同じです。汚い場所、雑然とした場所であれば人は平気で汚そうとするし、その事に罪悪感すらもたない。でもこれが城の前の常に清掃が行き届いている広場であったら?
絶対ではないにしても汚そうとする者は確実に減ります。俺は以前“溝浚いのシャベル”と呼ばれていたことがありまして、溝の底のレンガすらきれいに磨き上げた場所は誰もゴミを捨てようとはしなかったんですよ。逆にスラムのような荒んだ環境であれば人は平気で犯罪を犯す、高級住宅街に住む犯罪者の元締めもいるそうですから絶対ではありませんが、試す価値はあるかと」
話を終えたシャベル、その内容に唸りを上げるライド伯爵。実現可能かと聞かれればすぐにでも出来ると答えられるほど、その提案は具体的かつ現状に沿ったもの。誰も衛兵事務所の前で犯罪を犯さないように、領軍が訓練場として利用するダンジョンの中で犯罪行為に走ろうとする者は稀であろうことは明らか。
更に言えば領軍が駐屯する都市で活動を続けようとする犯罪組織も極僅かと言っていいだろう。
ライド伯爵はその場にいるアジル執務補佐官と薬師ギルドセルロイド支部のマルクギルド長のそれぞれに視線を向ける。
「伯爵閣下に申し上げます。予算面や人員の配置転換等多少の時間を要しますが、シャベル殿のお話は具体的かつ実現可能な提案と思われます。
シャベル殿の提案ではカッセルのダンジョンを領軍の訓練施設としており、これは領兵と犯罪組織との癒着を防ぐための的確な措置であるかと。
現状監督官の下で働く兵士たちは移動も少なく、犯罪組織に取り込まれている者が存在するという報告も受けています。ですが定期的に入れ替えが起こるのであればそうした事は未然に防げるものかと」
「いやはや、シャベル殿、何処をどうすればそのような発想に至るのか。私も長く薬師ギルドに携わってきましたが、ここまでの人物にはあった事がありませんぞ。
ライド伯爵閣下、この提案は是非検討される事をお勧めいたします。本当にセルロイド支部の職員として採用したいくらいですな」
シャベルの実現可能な提案に称賛の声を上げる両者、ライド伯爵は大きく頷き、アジル執務補佐官に具体的な計画として検討するよう指示を出すのであった。
その後シャベルはライド伯爵家が購入したエリクサーの値段を聞き、あまりの金額に驚きと申し訳ない気持ちで一杯になるのだが、ライド伯爵はそんなシャベルの心の負担を「各貴族家からの突き上げを考えれば安いものだ」との言葉と共に笑い飛ばすのであった。
翌日、シャベルはライド伯爵家の馬車に乗り王都へ向かう事となった。これはシャベルが今回の癒し草栽培技術確立の功労者である事やエリクサーを薬師ギルドに持ち込んだ本人である事もあるが、一番の理由はシャベルが提案した“王家に買い取って欲しいもの”に起因する事であった。
「しかしシャベルには驚かされてばかりであるな、私もライド伯爵家当主として冒険者が持ち帰った様々なドロップアイテムの話を聞いて来たが、あれほど大きく貴重な品は見た事も聞いた事もない。
これは単に興味から聞くのだが、なぜあのようなモノを持ち帰ろうと思ったのか教えてもらってもよいだろうか? 普通冒険者であればもっと分かり易い宝を持ち帰ろうとするもの、大体アレが貴重で高価なものであるなどと思わんであろう?」
馬車の中、対面に座るライド伯爵からの質問にどう答えてよいものか戸惑うシャベル。なぜ自分がこのような場所でライド伯爵と向い合せで言葉を交わす事になっているのか、混乱し頭が真っ白になりそうになるのをグッと堪える。
「そうですね、それにはまず俺がどうやってダンジョン第十八階層の落とし穴の罠から生き延びたのかについてお話する必要があるかもしれません。正直自分自身どうして生き残ることが出来たのか分かっていないところがありますので、曖昧な表現になることをお許しいただければと思います」
馬車は進む、ライド伯爵領領都セルロイドを出発しミゲール王国の中心地王都モルガノを目指して。ライド伯爵を乗せた馬車の一団は、前後をライド伯爵家騎士団に守られながら王都への街道を進む。
「俺は咄嗟にスライムの従魔に命令しました、分裂し全てを飲み込めと。落下しながら無数に増え続けるスライム、俺が生き残れたのは偏にこのスライムのお陰であり、スライムは俺の命の恩人なんです」
語りながら膝の上に載せたスライムを撫でるシャベル。長く続く馬車の旅、シャベルによる臨場感あふれる冒険譚はライド伯爵の好奇心を刺激し、王都に到着するまでの娯楽として続けられる事になるのであった。
――――――――――――
「ほう、ライド伯爵がそのような事を」
そこは見るからに質の良い調度品が揃えられた執務室、貴重な魔獣の革が張られたソファーに座った威厳ある人物が、目の前の者の報告に耳を傾ける。
「はい、ライド伯爵領はダンジョン都市・城塞都市を擁し、安定した領地運営を行っています。その中でのこの度の騒動、他領貴族家からの執拗な要求に耐えかねてといった側面が大きかったのでしょう。
この提案は王家としても利のある話であり、一方的な利益供与ではなくライド伯爵家としても王家の後ろ盾を得ることのできる機会。双方にとって誠に素晴らしい提案であるものかと。
エリクサーの献上はライド伯爵家としては痛手でしょうが、それ以上に王家に対する忠誠の証との印象を広く周囲に知らしめることに繋がります。
これにより今後高位貴族家が爵位を笠にライド伯爵家に圧力をかけることが難しくなり、長い目で見ればライド伯爵家にとっての利益となりましょう」
報告者は感心したといった様子で報告書を差し出す。報告書を受け取った者はその内容に目を通し、ある項目で口を開く。
「ここに記載のある“王家に購入して欲しい品”とは誠のことであるか?」
「はい、これはライド伯爵家からの要請によるもので、今回の騒動の元となる癒し草栽培を成功させた金級冒険者にして職外薬師でもある者がダンジョンより持ち帰った品であるとか。
ただ物が物であるため騒動の種になりかねないと、王家による購入を希望しているとか」
「ふむ、その者について興味が湧いた、少し調べよ。その結果によって報酬も考えねばならんからな。
しかしよい物を持ち込んでくれた、国内貴族の統制ばかりか他国との交渉の際にもこうした品を贈ることは有効であるからな。先ずは王妃に配り機嫌を取ることが肝要ではあるがな」
「でしたら是非私にも、たまにはこうしたものを贈りませんと夫としての威厳が」
和やかな雰囲気の中、会話は続いていく。そうして齎される結果がシャベルの運命にどう影響するのか、それは誰にも分からないのであった。




