第134話 城塞都市からの旅立ち、向かうは領都セルロイド
シャベルが王都に向かうための準備期間として与えられた二日間は、瞬く間に過ぎていった。シャベルは旅の準備として城塞都市の北側の魔の森中部に作った癒し草畑に向かい、畑を守っていた家族に事の経緯を説明、従魔の指輪に入り共に王都に向かうかこのまま魔の森に残り自分の帰りを待つかの判断を任せた。
するとビッグワームたちは揃ってシャベルの周りを取り囲み“僕たち捨てられちゃうの?”と悲しみの気持ちを向け、そんな家族たちの想いに胸が押しつぶされそうになったシャベルが「そんな事する訳ないじゃないか、俺たちは死ぬまで一緒だよ!!」と言って号泣しながら抱き着いたのは致し方のない事なのであった。
城塞都市ゲルバスから王都モルガノまでは馬車で一月の距離がある。王都で順調に用件を済ます事が出来たとしても移動だけで二月、領都や王都でのごたごたを考えれば三月は城塞都市から離れる事となるだろう。その間畑の世話を一切しないとなれば、畑があっという間に森に返ってしまうことは想像に難くない。魔の森の植物はそれほどに精強であり繁殖力が強いのであった。
シャベルはこれまでの労を労う意味も込めビッグワームたちに畑の癒し草を全て食べてよいと許可を出したのだが、その時光パーティーが前に出て畑の癒し草を使いポーションEXとポーションEX++を作ることを提案、土パーティー・風パーティーがポーション用の容器を作ると申し出たため急遽ポーション作製が行われることとなった。
作られたポーションはポーションEXが八百本、ポーションEX++が五百本と大量ではあったものの、ビッグワームたちが百六十三体、天多に雫、日向にボクシーに白銀と大家族であるシャベルは、その量を決して多いとは思わなかった。
むしろ今後は積極的に光パーティーによるポーション作製を行い、家族のために時間停止機能付きマジックバッグを使ったポーション備蓄を行おうと固く決心するのだった。
「日向、ごめんね、また日向だけ置いてきぼりにしちゃって。ダンジョンから生還したとき今後は決して日向を一人ぼっちにさせないって誓ったのに。
・・・俺、俺、やっぱり王都なんか行かないで日向と一緒に「シャベル、いい加減に日向から離れろ。ライド伯爵家の方々がお待ちだぞ。って言うか日向が凄い嫌そうな顔してるから、ぜったい“いい加減離れろ、とっとと出掛けろ、俺は一人でも大丈夫だ”みたいなこと言ってるだろう? 従魔を大切にすることはいいことだが、しつこいと嫌われるぞ? シャベルが帰ってくるまでちゃんと俺たちが面倒を見るから安心して行ってこい」・・・でも、でも、日向~~~!!」
王都への出発の朝、従魔屋の前で牽き馬の日向との別れを惜しむシャベルの姿に呆気にとられるアジル執務補佐官。これまで様々な提案を行い城塞都市の改革に務めてきた者と同一人物とは思えない崩れぶりに、これは本当に本人なのかと疑念の気持ちが湧きおこる。
「すみません、お役人様、シャベルは自身の従魔の事になると途端子供みたいになってしまうところがありまして。それでもテイマーとしては超一流ですので護衛としてもお役に立つと思います。
城塞都市でも現在のシャベルの従魔の事はあまり知られていませんが、いざという時にものすごく頼りになりますので遠慮なく頼ってください。伊達に金級冒険者ではないという事が分かると思いますから」
クラックは情けないパーティーリーダーのフォローをしつつ、「さっさと用件を終えて帰ってこい!!」とシャベルを無理やり馬車に押し込んでいく。シャベルは最後まで「日向~、すぐに帰ってくるからね~!!」と騒いでいたが、当の日向は“ブルルル”と呆れたため息を漏らすだけなのであった。
“ハッ、ガシャガシャガシャガシャ”
御者の合図に動き出すライド伯爵家の馬車、御者席には御者を挟むように冒険者の護衛が二人座り、後方からは冒険者の乗った幌馬車が付き従う。
「彼らはライド伯爵家のお抱え冒険者でね、家人が領内外に向かう際には護衛として付き従ってくれるんだよ。公的な予定で他貴族家に向かう際は騎士が護衛に就くが、私のような者が城塞都市に向かう場合などは基本的に冒険者が護衛を務める事となる。
今回はダンジョン都市カッセルを通過し領都セルロイドに向かいライド伯爵閣下と合流、その後王都へ向かう事となる。その際の護衛は騎士が務める、シャベル殿にはそのつもりでいて欲しい」
「アジル執務補佐官様には大変見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。俺はどうも従魔の事となると我を失ってしまうといいますか、<魔物の友>持ちの俺にとってそれでも付き従ってくれる従魔は家族の一員なものですから」
そう言い頭を掻くシャベルにどこか微笑ましい視線を送るアジル執務補佐官。これまでシャベルの実績を調べれば調べるほどその大きさに驚きを隠せずにいたアジル執務補佐官は、シャベルの予期せぬ意外な人間性に触れ、いつの間にか肩に張っていた力がスッと抜けていくのを感じるのであった。
それは城塞都市を出発してしばらく経った時であった。シャベルがふと何かに気が付いたかのように窓の外に目を向ける、アジル執務補佐官はそんなシャベルの様子に違和感を感じ声を掛けた。
「シャベル殿、どうかなさいましたか?」
「あっ、いえ。どうやら魔物が集まってきているようでしたのでちょっと。この辺でしたらフォレストウルフかグラスウルフ、もしくはマッドモンキーといったところでしょうか。結構な数ですので少々気になりまして」
シャベルの言葉に驚き目を見開くアジル執務補佐官。そして彼は気が付く、目の前の人物はその雰囲気や容貌からは想像もつかないがれっきとした金級冒険者、ダンジョン深層から単独で生還を果たした超一流の冒険者であるという事を。
「う~ん、特に問題ないとは思うんですが、これだけの数となると討伐に時間が掛かりそうですね。少々護衛冒険者のリーダーの方とお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ、構いませんが。少々お待ちください」
アジル執務補佐官はそう言うと、馬車前方の壁を操作し、小さな小窓を開くのだった。
「アジル執務補佐官様、いかがなさいましたか?」
「あぁ、護衛任務中にすまん。シャベル殿が魔物の襲撃を感知されてな、少し話をしたいと仰っているのだがいいだろうか?」
御者席の隣に座り周囲に目を光らせていたパーティーリーダーである男性冒険者が、訝しげな表情を浮かべつつ車内の言葉に耳を傾ける。その時であった。
「リーダー、魔物の襲撃です。索敵範囲内の反応は二十を超えています、馬車を止め迎撃態勢に入るか速度を上げて振り切るか、判断をお願いします!!」
もう一人の冒険者が突如大きな声を上げる、彼は索敵担当の冒険者であり、その声は緊急事態の発生を告げるものであった。
「向かってくる方向は!!」
「前方からです、数が多い、突っ切るのは難しいかと」
パーティーリーダーは大きく舌打ちをしてから後方の幌馬車のメンバーに向け指示を飛ばす。
「ニコラス、ゲイルは俺と共に向かってくる敵に対処、レナウドは引き続き索敵と全体に対する指示出し、ルーンとエレーナは左右に分かれて側面と後方からの襲撃に備えろ、急げ!!」
パーティーリーダーの指示に従いバッと配置につくメンバーたち、その動きの機敏さに、優秀な冒険者パーティーであると感心するシャベル。
「リーダー、来ます!!」
索敵担当のレナウドの声が響く、走り込んできた魔獣は体躯のしっかりしたグラスウルフの集団。
「ニコラス、ゲイル、絶対に後ろに逸らすな。馬がやられたらお終いだ、死ぬ気で止めろ!!」
「「オウ!!」」
“““ガァァァァァァ!!”””
“ドガンッ”
突進してくるグラスウルフをロングソードを突き立て押し止める冒険者たち、次々と襲い掛かるグラスウルフを強引に蹴り飛ばし後方に下がらせるも、すぐさま別の個体が牙を立てる。
「リーダー、このままじゃヤバいわ、私達も加勢を「右の森、複数の敵対反応、マッドモンキーの可能性大!!」なんでよー!!」
エレーナの声が響く、続々と集まる魔獣の気配に、レナウドの背中を冷たい汗が流れる。
“ガチャッ”
そんな絶体絶命の状況下で、馬車の扉が音を立てて開かれた。行き成りの事に慌てて背後を振り返ったエレーナは、「ここは危険です、早く馬車に戻って!!」と悲鳴に近い声を上げる。
“スーッ”
伸ばされた左手、馬車の外に出たシャベルはエレーナの声など構わず口を開く。
「<オープン:プルイチ:プルジ:プルミ:白銀>」
“パーーーッ”
シャベルの左手に嵌められた指輪が眩しい光を発する、その光の帯が収束した時、そこには四体の魔獣が姿を現すのであった。
「周囲の魔獣を威圧、それでも襲い掛かるようなら殲滅、後追いは要らない」
“““クネクネクネクネクネ♪”””
“ガォーーーーン!!”
シャベルから掛けられた言葉に、嬉しげに身を震わせる家族たち。
“ブワッ”
突如膨らむ強大な魔物の気配に、咄嗟に動きを止めるグラスウルフたち。
“““““キキキキキキーーーー!!”””””
ガサガサと枝葉を揺らしながら一斉に逃げ出すマッドモンキーの群れ。
“ガァーーー♪”
“““““キャインキャインキャインキャインキャイン!!”””””
グラスウルフの群れの中を白い何かが飛び交っていく、恐慌状態に陥りながらも脱兎のごとく逃げ出すグラスウルフたち。
一瞬の出来事に呆気にとられ唯々呆然とする護衛冒険者たち、そんな彼らの前でシャベルは家族たちの活躍を褒め称える。
「プルイチ・プルジ・プルミ、よくやったね。やり過ぎない絶妙な威圧、流石天多パーティーのパーティーメンバーだよ、これからもよろしくね。
白銀~~~、大活躍だったよ~~。返り血はないみたいだね、ほ~ら、よしよしよしよし♪」
三体の大型スネーク系魔物の身体をポンポンと叩いた後、大きめなグラスウルフほどの体躯の白銀の体毛を持つ魔獣を撫でまわすシャベル。街道に残る何体ものグラスウルフの死体を作り出した者たちとは思えないその微笑ましげな光景に、思考が混乱し声の出ない護衛冒険者たち。
「あぁ、君たち。こちらのシャベル殿は昨年城塞都市で発生したスタンピードの鎮圧時に大活躍された金級冒険者だ。
“蛇使いシャベル”。“剛拳のヘイド”と並ぶテイマーとしては異例の強さを持つ冒険者と言えば分かり易いかな?
シャベル殿はカッセルのダンジョンに於いて単独で四十階層台に落とされるも自力で生還した猛者でもある、シャベル殿にとっては先程の襲撃も日常の一幕に過ぎなかったという事なのだろう」
外の状況に馬車から身を出して声を掛けるアジル執務補佐官。アジル執務補佐官は護衛冒険者たちに何でもないような口調で語り掛けながらも、実際にシャベルの持つ従魔たちの実力を目の当たりにし、内心の動揺を隠しきれず頬を引き攣らせる。
「あっ、オホンッ、失礼した。出発時はちゃんとした挨拶も出来ず申し訳なかった。金級冒険者のシャベル、見ての通りテイマーだ。一度くらい噂で聞いた事があるかもしれないが、外れスキル<魔物の友>を持ちながらも従魔に恵まれてな、何とかやってこれている。
この先特に何かあるとは思えないが白銀を先導に付ける事としよう、グラスウルフやマッドモンキー程度なら近寄ってもこないだろう。それと倒した獲物はどうする? 何ならマジックバッグに仕舞うが」
「あ、あぁ、気遣い感謝する。獲物は大丈夫だ、俺たちもマジックバッグは持っている。それと従魔の先導、よろしく頼む」
シャベルは護衛冒険者の言葉に「了解した」と答えると、アジル執務補佐官に断りを入れ“魔の森を抜けるまでの安全の為”として御者席に移るのだった。
“ガタガタガタガタ”
馬車は進む、魔の森を抜ける街道をガタガタ音を立てて。
馬車の先頭を進む白銀は時々背後のシャベルに振り返りながらも、シャベルの乗る馬車を護衛先導している事に誇らしげに胸を張りながら、嬉しげに尻尾を揺らすのだった。




