動き出す流れ、流される思い
シャベルが監督官屋敷に呼び出されてから一月が経った。
当初シャベルはテネシー補佐官から聞かされたスライムによる癒し草栽培の弊害の話に顔を青ざめさせ、心からの謝罪を行うとともに即時中止を申し出た。
シャベルは己の無知蒙昧と浅慮な考えのせいで多くの人々を魔物の脅威に曝すところであった事、自身の浅はかな行動がいかに愚かであったのかを猛省し、名誉市民勲章の返却を申し出たほどであった。
だが城塞都市監督官であるベルサップ・ケープはその申し出を断り、シャベルの功績を称えた。その上でシャベルの齎した栽培方法をいかに安全に運用させる事が出来るのかを考える事こそが、ライド伯爵領の、延いてはミゲール王国の発展に大きく寄与することになると力説した。
シャベルはケープ監督官の言葉に感謝の意を述べ、癒し草栽培方法の確立への協力を申し出るとともに、現在城塞都市北部の魔の森中部に於いて癒し草栽培の実験畑を作り成長を観察していることを報告。時間停止機能付きマジックバッグに癒し草を収穫してきてあること、それを使ってのポーションEX作成実験を行う旨を伝え、薬師ギルドでも作成実験を行って欲しいと依頼するのだった。
「おはようリーダー、癒し草畑の件は上手く行ってるか?」
冒険者の宿“鷹の爪”の食堂で朝食を食べていたシャベルは掛けられた声に顔を向ける。
「おはようジェンガ、今朝は早いな。今日は休みって言ってなかったか?」
「あぁ、今日はこのあとテイマー連中の集まりがあってな。例の従魔の指輪の貸し出し事業が本格的に始まるだろう? その件での説明会と冒険者ギルドで始まるテイマー講習会の説明だな。
しかし俺たちが冒険者ギルドの臨時職員になる日が来るとはな~、世の中何が起きるのか分かったもんじゃねえよな」
シャベルたち金級冒険者パーティー“魔物の友”が冒険者ギルドを巻き込んで行ったテイマーの地位向上の試みは、概ね城塞都市の人々に歓迎されることとなった。
一年前から始まったスライムとビッグワームによる生ゴミ処理、その副産物として出されるビッグワーム肥料による癒し草栽培。もともと魔物に対する忌避感が他の地域に比べ薄いゲルバスの住民にとって、魔物の存在は脅威から利用し寄り添うものへと変わっていった。
そうした中行われたテイマーたちが従魔の指輪を使い街中での魔物を管理する取り組みは、テイマーと住民との間の壁を取り払うに十分なものであった。
「そうだな、冒険者ギルドでもテイマーや他の補助職の連中が納品する獲物の質が良いって言われてるくらいだし、テイマーがこれまでのように前衛職の連中に馬鹿にされることもなくなったんじゃないのか?
未だ偏見を持つ連中はいるだろうがそれはそれ、互いに過度に干渉せず住み分けが行えるようになればそれに越したことはないだろう。
そうした意味で俺たち“魔物の友”の活動が冒険者ギルドから高く評価されてるってことなんだろうな。
テイマーの中にはいまだに従魔との連携が上手くいってない連中もいるし、よそからやって来たテイマーにとって城塞都市でのテイマーと従魔の関係はある種異様に見えるかもしれない。その辺を実績で証明しどちらがより稼げるのかを提示してやれば、受講生たちもお前たちの話を真剣に聞くと思うぞ?
正直テイマーとしての活動は、俺よりもジェンガたちの方が手本になるからな」
シャベルの言葉にアーマービッグワームたちの姿を思い出し乾いた笑みを浮かべるジェンガ、確かにシャベルの従魔を見せられてもどれもが特殊過ぎて他のテイマーの参考にはならないだろうと納得せざるを得ない。
「まぁ何にしろ俺たちのリーダーはシャベルなんだ、何かあったらすぐに言ってくれ」
「あぁ、こっちこそ迷惑を掛けてすまないが、テイマーたちの事をよろしく頼む」
ジェンガは「ハハハハ、何とか頑張ってみるよ」と言葉を残してテーブルを離れていく、シャベルはそんなパーティーメンバーの背中を見つめながら、色々と押し付けてしまっている事に申し訳ない気持ちで一杯になるのであった。
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「すみません、職外調薬師のシャベルです。レザリアギルド長とお約束しているのですがお取次ぎをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、シャベル様との面会のご予定はギルド長より伺っています。すぐにギルド長執務室へご案内いたします」
朝食後宿を後にしたシャベルは調薬用に借りている家に赴きその日の分のポーションEXを作製、出来上がった原液を静置用の棚に移したのち、薬師ギルドゲルバス支部のレザリアギルド長の下を訪ねるのだった。
「失礼いたします、レザリアギルド長、御用との事でしたが癒し草栽培区画の件で何か問題があったのでしょうか?」
一月前の監督官屋敷での話し合いのあと、城塞都市街壁の南側面の外に作られた癒し草栽培区画では、その面積の半分にスライムの欠片をすき込む形での本格的なポーションEX用高品質癒し草の栽培がおこなわれることとなった。
これは魔力濃度の高まった栽培区画がどれほど魔物を引き付けるのか、集まる魔物の討伐数により具体的な数値を算出することで予想される被害を明確化し、ライド伯爵家から出される注意喚起が臆病風による戯言なのではないと立証することが主な目的であった。
「あぁ、シャベルさん。わざわざ来ていただいて申し訳ない。こちらはライド伯爵家で執務補佐官をされているアジル・ライド様だ。今回の癒し草栽培の件はライド伯爵家でも大きな問題として取り上げられていてね、その視察と現状報告の確認のために見えられた」
「はじめまして、執務補佐官のアジル・ライドです。家名はライドですが子息などではないのでご安心を。父がニコラス・ライド伯爵閣下の弟でして、その繋がりで執務補佐官という重要な役職に就かせていただいているのですよ」
アジルはシャベルに対し気さくに握手を求めると、早速とばかりにレザリアギルド長の報告を受けるのだった。
「まずポーションEX用の高品質癒し草の栽培ですが、順調な成果を見せています。新たに増やしたスライムの欠片をすき込んだ区画でも、色つやの良い高品質な癒し草を栽培することに成功いたしました。
肝心のポーションEXの作製ですが、ポーションEXの作製に成功した調薬師によりスキルによる調薬を行ったところ、全ての癒し草が良品質のポーションEXとなることが確認されました。
この事によりポーションEXの作製に関しては完全に確立したと言ってもよいかと。
また問題視されていました魔物の誘引効果に関しては、こちらの資料をご覧ください。
実験栽培を行っていた際には討伐数の微増といった状態でしたが、栽培面積を増やすことで明確に魔物が引き付けられていることが分かりました。
城塞都市は周囲の木々を切り倒し草原を作り出しているため被害を抑えられる体制が出来上がっている事、城塞都市の冒険者は魔物討伐の専門家であることなどから全く問題としていませんが、他地域でこれほど急速に魔物の襲撃が起きた場合、対処は難しいかと」
アジル執務補佐官は報告書を睨みながら、魔物討伐数の増加結果に眉間の皺を深める。
「レザリアギルド長、この結果はここ城塞都市ゲルバスが魔の森の中に存在することによる特殊な例だからと言えるのではないのですか?
ゲルバスは魔物の出荷を主とした魔物討伐の前線都市、誘引要素があれば引き付けられる魔物も他の比ではないでしょう」
「確かに、アジル執務補佐官様の仰ることも一理あるかと。ですが事はいかにライド伯爵家が周囲に対し危険性の注意喚起を行ったのかという点に係わります。
嘘偽りなく情報を開示することが、今後のライド伯爵家のお立場を守ることに繋がるかと。
この調査は今後も継続的に行い、信憑性の高い調査結果であるとして公表されることが、最終的にライド伯爵家に降りかかる火の粉を払う最も有効な手段であると考えます」
癒し草栽培方法の確立、その功績はライド伯爵家の名声を大きく高め、ミゲール王国内におけるライド伯爵家の発言力を上げることに繋がるだろう、だがその危険性を軽視することはライド伯爵家の名を地に落とす危険性をはらんでいるのだと、レザリアギルド長は強く主張する。
「シャベルはこの調査結果に対しどう思いますか?」
「はい、確かにこの調査結果を他の地域、特に農村や都市部周辺地域に当てはめることはできないかと。それは単にここゲルバスとは魔物の生息域との距離に差がある事や、魔物の生存数が格段に異なることから明らかかと。
ですがその分他地域の住民の魔物に対する恐怖心や忌避感は、城塞都市とは比べようのないものであるかと。
城塞都市は特殊な環境です、自ら魔物溢れる魔の森の中に住み着き、魔物討伐を生業にする者たちが集まる土地です。数年に一度は起きるスタンピード、そのような災害をものともせず生活を営む戦士たちの街です。
であればこそ癒し草栽培区画に魔物が引き付けられようと、逆にわざわざ森に入る必要がないと喜んでしまうような土地柄です。
この考え方が他の地域で通用するでしょうか? 魔物を武器として魔物と戦う職業であるテイマーが、人々のために活躍すればするほど忌避されるのが今の世の中です。
癒し草栽培行ったために魔物が増加したなどとなればどれ程の非難を浴びせられることか、これは直接魔物に触れることなどないといくら啓蒙しようとも反発がなくなることはないでしょう。
この事は同じく魔物を利用した魔馬や畜産といったものとは、話が違うのです」
人は魔物を忌避し、魔物とそれにかかわる者たちから距離を置こうとする。それは魔物に怯え魔物と戦う事で生き延びてきた人の魂に刻まれた本能であり、容易く拭い去ることなど不可能である。
シャベルはスコッピー男爵領での生活やこれまでの経験から、そのことをよくよく理解していた。テイマーが迫害の対象とされることも受け入れたうえで、少しでもテイマーが生きやすい場所を作ろうとこれまで奔走してきたのだから。
アジル執務補佐官はライド伯爵家の政務に携わる者として、ダンジョン都市や城塞都市の状況を書類上では確認してきていた。だがそれはあくまで上げられる報告と数字であり、シャベルの指摘は自身が住民の感情という不確定要素にまで考えが及んでいなかったのだと痛感させられるものであった。
「ですが既に癒し草の栽培が城塞都市で行われていることは広く知られてしまっています。ライド伯爵家には各貴族家から栽培方法の開示を求める声が多く寄せられ、その圧力は日増しに強くなっている。
この状況を放置することはライド伯爵家としても非常にまずいのです」
アジル執務補佐官の言葉に沈黙する執務室内、そんな中シャベルがふと何かを思い出したかのように顔を上げた。
「話は変わりますが、二か月ほど前にダンジョン都市からライド伯爵様の下にエリクサーが届けられたと思うのですが、その後どうなったかご存じではないでしょうか?」
シャベルの言葉にギョッとした顔になるアジル執務補佐官、その顔はなぜこの男がその話を知っているのかといった驚きの顔であった。
「あぁ、そのエリクサーを冒険者ギルドではなく薬師ギルドに託し、その後の販売を任せたのは俺なんです。薬師ギルドではエリクサーを守り切るだけの力はありませんからダンジョン都市の監督官を頼るように助言し、俺はダンジョン都市を逃げ出した。
エリクサーが売りに出されたという話がすぐにダンジョン都市中に広がることは目に見えていましたから、命を狙われることは確実でしたので」
「そういう事ですか、あのエリクサーはシャベルさんが。そう言えば金級冒険者としてダンジョンに潜り、多くのダンジョンドロップアイテムを持ち帰ってオークションを開催したとか。その報告は受けています、なんでもダンジョン深層に落とされて生還したとか。エリクサーはその時の戦利品という事ですか」
アジル執務補佐官は何か納得したように頷いた後、エリクサーのその後について口にするのだった。
「エリクサーの扱いはこれまでは冒険者ギルドを通じて王都に送られることが通例でした。ですが今回は薬師ギルドに託された、そこで判断が難しくなってしまった。
冒険者ギルドであればオークションにより販売となりますが、薬師ギルドはそうではない、領都にある薬師ギルドセルロイド支部のギルド長と協議を行った結果、薬師ギルドの商品として売りに出すことが決定しました。
販売価格はこれまでのオークション落札価格の平均となり、そこから税金と薬師ギルドの手数料を引いた金額を出品者であるシャベルさんの口座に振り込むことになっています。
購入者はライド伯爵領領都セルロイドまで買いに来るという形です」
「ですがそれではライド伯爵様宛に圧力を掛ける貴族家が多く出たのではないですか? エリクサーを献上させようとする者も現れたのでは」
「はい、確かにそういった話は多く寄せられています。伯爵閣下は薬師ギルドの商品であるとしてその全てを突っぱねているところです。ですがそれもいつまでもつか」
アジル執務補佐官眉をしかめ悔しげな顔を作る。それは横暴な貴族家の者たちに対する憤りの表れであった。
「であれば、エリクサーを王家に献上してしまいましょう。それと一緒に癒し草栽培の確立とその危険性について王家に申し上げ、王家管理のものとしてしまうんです。
癒し草栽培に関しては王家の許可制とし、ライド伯爵家はその許可を受け栽培を行う。魔物災害等の問題を起こした場合は王家に対する報告義務とし、王家監督の上で癒し草栽培の許認可の再検討を行うものとする。
そうなればライド伯爵家が他の貴族家から文句を言われることもなくなるし、エリクサーの件で圧力を受けることもなくなります」
「しかしそれではシャベルさんの利益が、ライド伯爵家が冒険者からエリクサーを奪い取ったとのそしりも」
シャベルの提案、それは現状を収めるのに最も手早い方法であった。だがシャベルに対する損害が大き過ぎる事、他の冒険者に対しライド伯爵家がダンジョンドロップアイテムを取り上げたと印象づけてしまうといった問題が残される提案でもあった。
「そうですね、それでは王家にとあるダンジョンアイテムを売りつけてはいただけないでしょうか。こちらが冒険者ギルドの鑑定士によるそのダンジョンアイテムの鑑定結果です」
シャベルはそう言うと腰のマジックポーチから一枚の鑑定用紙を取り出す。その鑑定用紙を見た途端、口を開けたまま固まるアジル執務補佐官とレザリアギルド長。
シャベルはそんな二人に笑顔を向け、「ご検討をよろしくお願いします」と言葉を掛けるのであった。




