因果応報だよ
六階層も難なく走破。そろそろ昼時だが。
「誰かいますね」
水晶に登録していると、ぽっかり開いた、階下への階段から笑い声が聞こえてきた。上がってくるのかと待ってみたが、いっこうに姿は見えない。階段途中で留まっているようだ。
「どうします?」
日野くんが聞いてくる。普通ならそのまま気にせず降りるのだが、このダンジョンの階段は幅が狭い。大人二人が並べるくらいだ。面倒この上ない。行き慣れたダンジョンなら、水晶経由で飛ばすんだけどな。
「しゃーないな。行こか」
ここで昼休憩にしてもいいが、ゴブリン階層は微妙に臭うのである。
階段を降りていくと、五人組が階段の左右に別れて座っているのが見えてきた。俺たちに気づくと、顔を見合わせてからいやらしい笑みを浮かべた。カモにする気か。
「通行料が必要でーす。有り金置いてけー」
短い足をそれぞれ伸ばして、通せんぼをするバカども。おっさんと、大きなリュックを持った青年、という組み合わせはなめられるらしい。
「日野くん、跳ぶで」
「はい?」
ガシッと日野くんの腰を抱える。
「ふえっ!?」
そのまま、ビヨーンとジャンプ。ここの天井が高いのは把握済みだ。アホみたいに口を開けている奴らを飛び越え、決して広くはない踏み面に着地、さらにジャーンプ。七階層に着地した。
初期から潜ってるおっさん、なめんなよ?
「待て、こらー!」
階段から声が降ってくる。しつこいなぁ。
抱えたままだった日野くんを降ろす。
「走んで」
「へ、へい!」
混乱しているのか、言葉がおかしい。まぁそれは後だ。
七階層はさっきと同じ平原だ。出てくるのは……デカいウサギだ。三階層のやつと違って、ぶっとい腕で張り倒してくる。あと、後ろ脚の蹴りが要注意。
腕を振り上げたデカいウサギ。ヒグマサイズとなると、ウサギのフォルムとはいえ、結構な圧がある。
「そのまま走れ!」
攻撃しようとした日野くんを制し、ウサギの脇を走り抜ける。ちらっと振り返ると、五人組が追いかけて来ているのが見えた。ウサギも俺たちを振り返る。
「自分の相手は、あっちや」
急停止、あーんど、キーック!
ウサギの顔面に軽く蹴りを入れると、五人組の方へと吹っ飛んでいった。ぎゃー!とか、何しやがるー!とか喚いてるけど、知らん知らん。もう一体出てきたウサギも、おかわりしておく。
「日野くん走れ走れ〜」
止まっていた日野くんを促してさらに走る。途中出てきたウサギは走りながら対処する。日野くんも落ち着いたのか、積極的にライトアローを飛ばしていた。
日野くんの息が上がってきたところで、ようやく足を緩める。
「ハァハァ……。いいんですか? あれ」
「んー? まぁ、普通はアカンけど、絡んできたん向こうやもん。平気平気。あれぐらい対処出来なこの辺の階層おらへんって」
装備的に、多分、そんな強くなさそうやったけど。まぁ、死ぬほどではないやろ。悪いことをしたら、返ってくるんだよ。うん。
「っていうか、武田さん、全然息上がってないですね」
日野くんが汗を拭っている。
「まぁこれくらいなら、なんとも」
「階段のジャンプも普通じゃなかったし。それってやっぱり、あれなんですか? ステータスの影響なんですか?」
「さぁ。確かにダンジョン内はよぅ動けるけどな」
数値化されてはいないが、ステータスはあるとされている。普通に運動不足だった俺が、ダンジョンで暮らすうちにマラソン出来るくらいになった。スピードとか身体能力全体が上がっていると思われる。ただ、ダンジョン内限定で、外では作用しないのか、ちょっと走っただけで息が切れる。まぁ、多少は筋肉とかも付いてきているが。外でも活かせるなら、陸上界を始め、新記録続出だったろう。
「日野くんもそうやろ?」
「確かに、上じゃこんなの出来ないですけどね」
ブンブンと槍を高速で振り回す日野くん。不思議なことに、能力のアップに身体は違和感を感じない。普通に考えたら、持っている筋力以上のものが出せるはずはないのだが。ムキムキになるわけでもないし、筋肉痛になるわけでもない。
まぁ、それを言うなら、魔力はどこから来てるんだとか、モンスターはなんで消えるんだとか、そもそもダンジョンって何だとか、闇にハマるので考えないのが一番だ。
巨大ウサギがドロップキックをかましてきた。左右に避ける。ウサギはこっちを向いた。腕を振ってくる。腕が伸びてくるというギミックはないので、バク転してさらに避ける。これだって、外なら出来ない動きだ。前転も怪しいのに。
ウサギはライトアローに貫かれてエフェクトを残して消えた。お。肉が出た。ウサギ肉ではなく、鶏肉だが。
「そういえば武田さん。この階層モンスターハウスあるんですけど、寄ります?」
パック加工された肉を拾い上げながら、日野くんがそんなこと言った。渡された肉を収納に放り込む。今日得たドロップアイテムは折半ということにしている。それぞれ倒した分とか、面倒やからね。
「そうやなぁ。昼飯もまだやし」
「あ。そういうアレですか」
首を傾げると、普通はワンランク上のドロップアイテムが手に入る狩り場扱いなのだそうだ。俺は休憩場所としてしか認識してなかった。
「何が出るん?」
大きな岩山が目印ということで、通常ルートを外れて歩く。途中でウサギをシバキつつ。
「えーと、キラーフィッシュですね。ドロップアイテムは魔石と、針と硬い口の部分ですね。稀にスイーツが落ちるらしいです」
「スイーツて……。ん? 針って、あの針?」
手芸用の針を思い浮かべるが、日野くんの答えは「どの針か知りませんけど、釣り針ですよ」だった。残念。
キラーフィッシュは、ダツを太らせたようなモンスターだ。鋭く長く尖った口を持っていて、突っ込んでくる。体はカツオサイズ。普通に人間くらい貫通するので、突進には注意だ。
岩山に、ポッカリと穴が空いてた。中は見えないので、モンスターハウスは確実。
「さすがに二人やとキツイな。ちょお待って」
収納からロイドとアリスを取り出す。興味深げに日野くんが見ている中で、それぞれの額に手を当て魔力を流す。
「『起きろ』」
きゅぴーん!
「おっはよ~! さぁさぁ今日も、ボッコボコ〜」
「おはようございます。マスター。今日もおまかせくださいませ♪」
むくっと起き上がった二人が、いつものポーズを取り、いつもの口上を口にする。
「おはよーさん。今日は初めての人と一緒やけーやり過ぎんようにな」
ロイドとアリスが日野くんを見上げる。
「こーんにーちは〜!」
「初めまして。アリスと申しますわ」
両手を上げて振るロイドとカーテシーを見せるアリスに、日野くんがハワハワしている。うんうん。かわいいよね。このかわいさで、どぎつい攻撃するんやで。
「今からモンスターハウス入るから頼むで。相手はキラーフィッシュや」
「頑張る〜!」
ロイドが爪を装着し、アリスが巨大ハンマーを取り出す。
「さて。んなら行こか」
「はい!」
「「は~い!」」
真っ暗な穴に足を踏み込む。にゅるんと通り抜けると、そこは明るい地下洞窟だった。地底湖らしき水面が、この部屋の半分ぐらいを占めている。青白い湖面から、ニョキニョキと尖った針のようなものが生えきた。キラーフィッシュがポップしていってるんだろう。一番奥に、ひときわ大きな針と、顔が出てきた。ボスクラスのやつはマグロくらいのデカさがありそうだ。
「うちの子らぁは、基本勝手に動くけど、日野くんはどうする?」
一歩踏み込むまではあちらさんも動かないので、ここで作戦会議。
「えーと、結界で防ぎつつ、ライトアローで攻撃……ですかね。いつも通り」
「お。貫通はせんのやな」
「はい。こいつらは防げるのは確認してます。ボスサイズは分かりませんけど」
「んーなら、あのデカいの頼むわ。俺らは雑魚相手にするで」
弾丸の数を増やす。といっても、四発。七発までいけるけど、制御が甘くなる。
「いいんですか?」
「ええよ。俺らはあくまで付き添いやし。まぁ、気にせんとがんがんやっちゃって」
「分かりました。頑張ります」
日野くんが槍を構え、腰を落とす。ロイドとアリスは自然体だが準備は良さそうだ。俺が一歩踏み出すと、開戦のスイッチが入ったのだろう。ボスクラスが上半身を現し、「グギャアッ!!」と鳴いた。魚なのに。
それを合図に、どしゅっ!と音をさせながら、数匹が水面から飛び出してきた。ロケットのようにまっすぐ突っ込んでくるのを、
「とりゃぁ!」
と、ロイドの爪が切り裂き、
「えーい!」
と、アリスのハンマーが吹き飛ばす。
俺は飛んできたのを避けるだけ。勢い余って地面に突き刺さると、しばらく奴らは動けない。モンスターなので、酸欠で死ぬとかはない。モゾモゾして自分で引き抜いて水中に飛んで帰る。
カンカンっ!
日野くんの結界に弾かれたキラーフィッシュが、地面でビチビチしている。日野くんはそれを槍で処理して行っていた。うーん。雑魚の対応に追われてボスに攻撃出来てない。いや、これが普通か。雑魚を減らしてから、ボスってのが妥当か。もう湧かないしな。
「行きます!」
飛んでくるのが一段落したのか、日野くんが攻撃に回る。俺は飛んできたキラーフィッシュを避けては掴んで首を折る、を繰り返している。うーん。数が多いなぁ。
ライトアローが二発、ボスクラスに向かって飛んだ。




