習志野ダンジョンに行こう
習志野のダンジョンは海沿いにあるらしい。駅からは無料自転車で向かった。といっても、統一されていない、放置自転車の再利用品だが。キーコキーコと少々うるさい。隣で日野くんがママチャリを漕いでいた。
「朝早くからすいません」
「ん〜イイってことよ〜」
久しぶりに早起きをした。始発で出発し、乗り継ぎしつつ習志野に到着。日野くんが宿泊の許可を嫁さんからもらえなかったので、日帰りすべく朝早くから移動してるわけだ。まぁ、怪我して帰ってきた直ぐ後に、初めての人と泊まりでダンジョンとか心配だわな。
日野くんはあの騒動の翌日には、もう連絡を入れてきていた。東経由で連絡先を交換し、とりあえずどこか軽く潜ってみようということになった。で、習志野のダンジョンだ。俺はまだ行ったことがないから、一階層からのチャレンジだし、お試しにはちょうどいいだろう。
「日野くんは、習志野のダンジョン潜ったことあるんやっけ?」
「あ~一回だけ。日帰りで行けそうなんで潜ったんですけど、その時一緒に潜ったのが、なんていうか、ガチな人たちで……ちょっと恐怖を覚えて、それきりになってたんですよね」
言葉使いが丁寧に戻っている。まぁ、年上にタメ口で話せというのも、無理があるか。康介あたりとか、下手したら親子やもんな。
「何階層まで潜った?」
お。コンビニ発見。ちょっとオヤツ買っていこう。
「そんなには潜ってないと思うけど。何階層だったかな、でかいイモムシがいて、女子がキャーキャー言ってそこまでになったんですよ、確か」
ポテチ。ポテチ。飴ちゃん。じゃが○こ。ポテチ。
「あー、虫系とか苦手やとなぁ。俺もあれ苦手やわ。G」
「ちょっと、カゴにポテチ入れ過ぎじゃないです? 出るんですか、ダンジョンでG」
ポテチ。チョコパイ。さきいか。ポテチ。コーラ。
「ものっそいデカいの出んで。あれは猛ダッシュで逃げの一択やな。一気に食うわけやないから大丈夫」
会計をして、エコバックに詰め込む。結構なかさになった。自転車のカゴに入れ……。
「あらへんがな……」
チャリがない。日野くんのママチャリもない。パクられたらしい。パクった奴らが乗ってきたものなのか、錆びてボロい自転車が二台、代わりに置かれていた。
「どこでも無料で乗り捨て出来て便利……ではありますけど、グレードダウンするとショックですね」
鍵付いてないからなぁ。個人所有のものと分けるために、後ろに大きく、『ご自由に』と書かれている無料自転車。ご自由に持っていかれたわけだが。
「乗っていくか? 歩く?」
途中で分解しそうなレベルでボロい。日野くんはスマホを取り出した。
「もうすぐそこみたいなんで、歩きましょう」
「せやな」
ということで、ボロい自転車は放置して歩き出す。一定箇所に偏った自転車は、行政が駅とかに配置し直すらしい。ご苦労さんです。まぁ、コンビニのはそのうち誰かが乗っていくだろう。
ポテチが詰め込まれたエコバックがちょっと邪魔だ。ポテチ、パンパンだからな。コーラ四本も買うんじゃなかった。
「持ちましょうか?」
日野くんが優しい。でも大丈夫。ダンジョンらしきものが見えてきたぞ。『習志野ダンジョン』と大きな看板が掛かっているのは、個人宅のようだった。矢印が裏手に回っている。赤い屋根の倉庫が、ダンジョンの入り口らしい。
「ここ、住んどるんやろか」
「いや、流石にないでしょう。ほら、雨戸とか閉まってるし」
今のところ、ダンジョン出没時に人が巻き込まれたというケースは知らない。ただ、空き家に出来たり、倉庫や納屋には発生する。そうした場合、引っ越さないといけないし、中の物は消失している。ここに住んでいた人たちも、誰にぶつけていいのかわからないものを抱えながら、転居していったのだろう。
習志野ダンジョンに入る。一階層はどこでも似たようなものだ。プレハブの店が乱雑に並んでいる。なにかの肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐった。
肩に掛けていたエコバックを、収納へと放り込む。代わりにボディーバッグを取り出して背負った。中にはナイフとか絆創膏とか手ぬぐいとか入っている。まぁ、収納からチョクでいいのだが、なんとなくだ。
「おーし。ほんなら行こか」
「はい。お願いします」
日野くんの格好は、防刃のツナギに革の胸当て。あと大きなリュックを背負い槍を持っている。ちなみに俺は、普通のパーカーとパンツ、ダンジョン産の胸当て。そして双剣。まぁ、正直防刃だろうと死ぬときは死ぬ。もちろん、防弾チョッキとかガチガチに固めてる人もいるけどね。
一階層から降りる階段前で、ゲートの水晶に触っておく。こうすると登録されて、戻ってこれるようになる。日野くんも手を置くと、九階層までが表示された。
「あ、九階層まで行ってるみたいですね」
「ほーん。まぁ、日帰りでも其処ぐらいまでは行けるっちゅーことやな」
「ですね」
階段を降りていく。二階層はダンジョンホテル。ときおり見かけるスライムは無視でいい。真っ直ぐな廊下を歩いて、程なく三階層への階段にたどり着いた。ここでも水晶に登録。面倒だが一階層ずつやっとかないと、いつ途中階層に用が出来るか分からんからね。
三階層。広がる平原と、たまに出てくるウサギ。
「とりあえず、お互いの攻撃手段を確認しとこか。俺はまぁ、腰のもんと、ロイドとアリス……ぬいぐるみやな。あと、コレな」
弾丸のぬいぐるみを一つだけ収納から取り出す。
「なんですか、これ」
「これもぬいぐるみやねん。で、魔力を込めて『起きろ』と」
「おぉ、浮いてる!」
日野くんが目を丸くした。俺の顔の右側にふよふよと漂う弾丸。ちょうど視界にウサギが横切った。
「で、これを、こう」
音もなく飛んでいく弾丸。その先でウサギが頭を撃ち抜かれて倒れ込んだ。弾丸は自動で返ってくる。
「え、すごっ……。これもぬいぐるみ遣いのスキルなんですか!? あのぬいぐるみたちも強かったのに、武田さんって何気にチートっすよね!?」
「さぁて、どうやろうなぁ」
ウサギがいたところまで行って、魔石を拾い上げる。小さくとも成果は成果。
「日野くんは、槍と、光魔法でええんやな?」
「あ、そうですね。槍は、正直接近戦用に持ってて、振り回してるだけに近いです。光魔法での攻撃は、えーと」
キョロキョロする、日野くん。ウサギを探しているようだ。だが、誰かが通ったあとなのか、姿が見えない。
「四階層行こか」
ということで、そのまま平原を突っ切る。地面にぽっかり空いた、四階層への階段。の前に登録登録。
四階層は打って変わって薄暗い、洞窟タイプの様相になった。ただ明かりは付いているので、見えにくいほどではない。降りてすぐ、ヒタヒタと足音が聞こえてきた。
「お。四階層はゴブリンか」
小学生くらいの背丈の、緑色の肌を持った醜怪な顔のモンスター。手には棍棒……というか、木の枝を持っていた。ゴブリンを倒せるかどうかが、ウサギに続き第二の関門となっている。気持ち悪くても、二足歩行の人に近い……それも子供の背丈の者に刃を振りかざすのは、という人も一定数いる。
「行きます」
日野くんの宣言の後、すぐに光のラインが走ってゴブリンが弾け飛んだ。
「ライトアロー。これが一番の主戦力です」
「おぉ。すごいやん! 連射出来るん?」
「いえ、二発までです。ちょっと間を空けて、また二発、という感じですかね」
ちょっとしょげた様子で、日野くんが苦笑した。
ゴブリンは何も落とさなかった。先へと進む。
「中途半端なんですよね。ビームは使ったら倒れるし、結界は維持が難しいし」
「まぁ、そんな卑下せんでも」
通りすがりにゴブリンに蹴りを入れる。魔石を落とした。日野くんもこの辺は慣れているのか、無言で撲殺している。
槍ではなく、ライトアローで攻撃するように指示した。魔力というのは、使えば使うほど増えるものだと俺は思っている。普段は節約しているらしいが、今日は俺がカバーできるので、存分に使うようにしてもらう。
ちなみに魔力は、自然回復する。回復率は人によって違うようだ。もちろん、ポーションでも回復できるが、あれ、めっちゃ高い。
「結界は物理、魔法どっちも防げるん?」
道が二股に分かれている。日野くんを見ると、右を指したので右に向かう。
「一応は。ただ、どこまで防げるかは、分かりません」
「一瞬でも防げるんやったら、有用やと思うで」
「そうですかね。あと、あれ敵にも掛けられるんですよ。足止め目的で。数が出たときとか、あと、魔法を発動しようとしてるやつを一瞬止めておく……みたいな。ただ、掛けたままだとこっちの攻撃も通らないんですけどね」
「ふぅん。ソロやと結界使っといてライトアローで攻撃、みたいな感じ?」
聞くと、日野くんはフルフルと首を横に振った。
「結界って、結構神経使うみたいで、同時で何かって出来なくて……」
さらにショボーンとしてしまう。
「使えないですよね、ホント」
「それは役割の違いやろ。ソロ向きではないっちゅーだけで」
いつの間にか五階層への階段まで来ていた。水晶に登録する。ここまでは特に問題はない。ドロップアイテムも、特に変わったものは出ていない。
「日野くんは、なんで探索者やってるん」
階段を降りながら聞く。
「いや、仕事のうなってっていうのは聞いたで? でも、選ばんかったら、いくらでも仕事あるやろ。危険な目にも遭わんし、落ち込まんでもええはずやん」
後ろを付いてきていた日野くんが立ち止まった。振り返ると、暗い顔で自嘲気味に笑った。
「……俺、選民思考に染まりつつあるのかも知れないです」
いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。




