496 僕のデータ?
………………これは一体どういう事でしょう?
「な、何が起こってるんだ!? この音は、揺れは――」
「……僕が知るわけないだろ。気絶していたんだからッ!」
部屋の隅で言い合うジャックとグランド。
激しい揺れと音、空気、どこからともかく聞こえる怒号の中、僕はただ呆然と座り込んでいた。
元々僕の頭の回転はそこまで早くない方だが、もはや状況の把握は不可能なように思われた。
何しろ、何だか良くわからないけど数え切れない数の襲撃を受け、逃げ延びて一眠りしていたらルークが現れたのだ。そして、戦い始めた。
もはや意味不明である。悪夢でも見ているかのように現実との連続性がない。
まあ、残念ながら夢ではなさそうだけど。
ルークなら状況がわかっているだろうか……いや、わかっていないだろうな。
ルーク・サイコルは美点も色々あるとてもいい幼馴染ではあるのだが、同時にノリで殺し合いができる男なのであった。
…………ま、まぁ、とりあえず、ここにいるのは全員犯罪者だからな。
最悪でも一般人は切らなくて済むのでセーフ。
「グランド……ジャックでもいいんだけど、状況わかる?」
「わ、わかんねえよッ! どうなってんだ、これッ!」
「……僕のデータでわかるのは、とりあえず命が助かったという事くらいです、閣下」
「それは…………とても大事だよ」
命が助かった。大変素晴らしいではないか。
一方、ルークは命を捨てるような戦いを大喜びで繰り広げ中のようだった。
床に、壁に、天井に刻まれる線と、目にも留まらぬ速度で殺し合う三人の剣士。
金属をバターみたいに切れる剣士なんて滅多にいないはずなのにここに三人も集まってしまうなんて……もしやここはルークにとって夢の世界なのでは?
ぼんぼん壁がくり抜かれ斬り崩されているせいで、部屋がどんどん広くなっている。聴覚ももう麻痺しているし、本当にもう現実感がまるでない。
ぼうっとしていると、ルーク達が部屋の外に消える。
僕はそこでようやく現状把握する気になってルークの名を呼んだ。
「るーくううううううう! 最高かああああああああああい?」
「うおおおおおおおおおッ! サンキュー、くらあああああああああいッ!」
どうやら最高みたいですねえ。
廊下に消えていたルークが神速で戻って来る。ようやく僕の視覚がルークの姿を捕捉した。
いつも通りの着流しっぽい戦闘衣装。だが、その全身はぐっしょり鮮血で染まっている。
「最高の相手だッ!! 必殺の一撃に、神速の手数ッ! 俺が味わってみたかったものが、後悔していたものが、全てあるッ! ずっと戦いてえ!」
「……その血って返り血?」
「ん? 返り血もあるけど、ほぼ俺の血かな」
やべえやつやん。まあ生きてるからいいんだけど。
さすがのルークでも死なないくらいの分別はあるだろう多分。
ところで、武器がさっきまで使っていた、無駄に天から光が降り注ぐ『天上の星』から、持っているだけで極微量の雨が降ってくる『怪刀・小雨』に変わっていたんだけど、意味不明宝具の天日干しでもしてるのかな?
「で、なんか用か? 俺今最高に楽しい全力勝負の真っ最中なんだよ。マジあいつら最高。今技を試し打ちしているから、決着もうちょっと待ってくれよ」
監獄に突然やってきて何をしているのでしょうか……いや、ついつい許可を出してしまった僕も僕なんだけどね。
このまま戦われたらちょっと、その……ジンさんに怒られてしまうかもしれない。
「まあ落ち着きなよ、ルーク。冷静になって、ほら。全力勝負は大変素晴らしいと思うんだけど、ほら、さ、言いづらいんだけど、あのさ…………ね?」
「え?」
「ほら、君ならわかるだろ? 僕の言いたいことを――」
「…………あぁ、そうか……」
ルークは猪突猛進だが、僕の言葉を聞いてくれる事もたまにはある。
僕が深刻そうな表情をしている事に気づいたのだろう、ルークは残念そうな表情をすると、部屋の外で血塗れで待っている今回の対戦相手に向かって言った。
「すまん、クライが、今回はお前らのマナ・マテリアルが減ってるから全力じゃないってさ!」
「!?」
…………いや、そんな事言ってないけど、まあ戦うのを一旦止めてくれたらなんでもいいか。
ところで、どうやってここまできたの君?
「確かにフェアじゃないよな! 万全じゃないと戦っても意味がない! データも取れないし、もったいねえッ! また外で力が回復したらやろうぜ!」
「はぁ!?」
血塗れの長身の女が目を見開く、新しい友だちができて良かったねえ……犯罪者だけど!
ルークは剣を派手な動きで大きく後ろに回すと、叫んだ。
「これは餞別だ! ルーク流剣術伍拾三の型――『氷龍砲』ッ!!」
沢山の型があって凄いねえ…………。
もう諦めの境地に至ってしみじみしている僕の前で、ルークの放った斬撃が旋風と化し床を奔る。
僕の知っているルークの斬撃はちょっとしか飛ばなかったのだが、いつの間にか大層パワーアップしたようだ。確かに僕がルークの戦いをちゃんと見たのは結構前である。
飛んだ斬撃が二人のいる辺りに命中し、理屈はわからないが、大爆発を起こす。
煙が消えた時、そこには誰もいなくなっていた。
どうやら帰ったようだ…………賊達に武器を与えてしまった。
うちの自由人にジャックとグランドが完全に固まっている。残ったのは崩れていないのがおかしいくらい破壊されてしまった部屋だけだ。
僕は咳払いをすると、ちょっと気になっていた事をルークに確認した。
「今の技、氷要素なくない?」
「…………ルシアがいないからさあ。ルシアがいたら魔法剣になるんだよ」
良かった、単体だとまだ魔法剣にならないみたいだ。
「雷神剣ならギリいけるんだけどな、氷って難しいんだよ。ルシアは凄いよな」
剣振っただけで雷起こせる君の方が凄いよ多分。
ルークは怪刀・小雨を鞘に納めると、至極真面目な表情で聞いてくる。
「とりあえず状況を教えてくれ。剣士は後何人いるんだ? あれは斬ってもいいやつかな?」
「駄目。一応、味方だから」
ジャックを見て聞いてくるルーク。状況を教えて欲しいのは僕の方なんだが……幼馴染が来てしまった場合って、ジンさんに話をすればいいのかな。
会いたくないなあ……だが、冷静に考えると、見学している僕を全然迎えに来てくれないジンさんサイドに問題があるような気がしなくもない。
どちらにせよ、ルークをこのまま置いておくわけにはいかないのだ。たとえここがルークにとって天国のような場所だったとしても――。
そこでグランドが手をあげてくれた。
「閣下、僭越ながらこの僕が状況を説明させていただいてもよろしいですか?」
「よろしいですよ」
君、状況説明できたのか。それなら何故僕にもっと早く説明してくれないのか。
微妙な表情をする僕の前で、疲れ切った表情のグランドが説明を開始した。
グランドの説明を受けて、ルークが眉を顰める。
「なるほど……そんな事が」
僕も全く同じ感想であった。
まさか僕が蛇と狐に狙われていたなんて……だが、僕は何かとよく狙われる人間だし、なんとなくありそうな話である。
ちなみに、蛇と狐は僕を倒すために手を組んだらしいが、さすがに、そこは信じられなかった。
何しろ、グランドの話の中には明確に間違えている箇所がもう一つ存在していた。僕が、夜襲をしかけてきた《絶氷》のヒムロ・デリラとやらを何もせずに追い返したという部分だ。
常識的に考えてみよう。僕はマナ・マテリアル吸収能力もほとんどない凡人である。ヒムロとやらが実力者ならば僕のマナ・マテリアルが脆弱極まりない事なんて一目でわかるだろう。
にも拘らず、グランドはヒムロが僕に気圧されて尻尾を巻いて逃げ出したと主張している。
実力者の実力を見抜けないパターンはあっても、逆のパターンはないと思うよ……。
グランドのデータの信憑性は余り高くなさそうだな。
ルークは剣術馬鹿だが、頭が悪いわけではない。グランドの話を鵜呑みにすることはないだろう。
グランドの言葉に、ルークはしばらく目をつぶり難しい顔で考えていたが、大きく頷いて言った。
「つまりそれは……これまでぶち込んだ連中と心置きなく戦えるって事だな?」




