484 データ
グランドの本懐は自身の能力の――収集したデータの有用性を証明する事だ。
戦闘能力という意味で、グランドの才能は一般人並みだ。それ故に、これまで頭脳で様々な難局をクリアしてきた。
独裁者の下、貧困に喘ぐ王国。その反体制ゲリラに混じり、策を練り、民達の思考を操り、革命を成功させたその時、グランドの精神は深い充足感に満たされていた。
そして、その革命の残滓が残った状態ですぐに次を目指してしまったのは自らの未熟という他ない。
独裁政権側の残党が残っている間でなければ再革命は面倒な事になる。そう思ったのだ。
だが、それはともかくとして、行動を起こすならもう少し時間を開けてからやるべきだった。
グランドは新たなる王国の指導者を――仲間達を甘く見ていた。彼らはグランドのやり口や性格を良く知っていて、なおかつ影で活動していたグランドよりも影響力があった。
敵のデータは綿密に集めたが、味方のデータが足りていなかった。それが敗因。
だが、今回は同じミスを犯したりはしない。
蛇と狐、弱者と強者が入り乱れるイーストシール監獄島はグランドの力を示す格好の場だ。
二大組織の力は圧倒的だ。構成員の数が多いのももちろんだが、何よりも質が高い。その状況で《千変万化》――閣下を勝たせる事ができればそれは、何よりのグランドの力の証明となる。
データを集めるために監獄中を這いずり回り、囚人達に話を持ちかけて情報を引き出す。
現在の時点では、今回の革命の先行きは見えていなかった。
昨日も、途中までは想定通りだったのに、最後の最後で想定外にぶつかった。
――蛇の襲撃。
昨晩の出来事は完全にグランドのデータを超えていた。
元レベル6ハンターでまだそこまで力を失っていないジャックを触れる事なく制圧できる魔導師が存在している事も、そして――グランドが今回担ぎ上げる予定の閣下がそれを圧倒するだけの実力を持っているという事も。
舐めていた。盤面に存在する戦士の力が革命の時とは違い過ぎた。
何より、《絶氷》の魔法を食らってしまったのは明らかな失態だった。
だが、そもそもあのタイミングで蛇が攻撃を仕掛けてくるなど、グランドのデータではありえない事だったのだ。
全ての原因は、閣下が正確なデータをグランドに渡さなかった事にある。
蛇と《嘆きの亡霊》の確執を知っていたら、ああなる事も予想できた。閣下の力を知っていれば、効率的に撃退もできたし、他の選択肢も増えた。全ては後の祭りだ。
この異国の地で、グランドはほとんど有用なデータを持っていない。昨日のような事態を避けるためには正確なデータが必要だ。
閣下に確認するという選択肢はない。ただそこにいるだけで、『八岐の大蛇』の最高幹部、青蛇の懐刀を撃退するような男の感覚はグランドとはまるで違うからだ。
何から何まで細部を詰めれば何とかなるかもしれないが、上の手を煩わせるというのはグランドが無能だと宣言しているようなもの。
「グランド、どうだった?」
とりあえずの拠点と定めた部屋に戻ってきたグランドに、ジャックが声をかけてくる。
《血塗れ》のジャックは今のところ、グランドの唯一の味方だ。気軽に使える戦力という意味でも、一蓮托生という意味でも――グランドのデータではごろつきは指示を聞かない者も少なくないはずなのだが、聞き分けがいいのも長所の一つだろう。
「閣下は?」
何も言わず肩を竦めてみせるジャック。
閣下は今のところ、監獄にやってきてから何一つ自ら動いていなかった。今日手に入れたグランドのデータでは、外の世界では神算鬼謀の《千変万化》と恐れられていたらしいが、自ら足を使って動かないタイプなのかもしれない。
正直、もう少し動いて欲しかった。トップが精力的に動けば勢力拡大も加速するのだ。グランドが言葉と雰囲気でアピールするのにも限度があった。
《絶氷》を撃退しただけでも、ジャックにもグランドにもできない事ではあるのだが……。
一日、閣下と行動を共にしたジャックが声を潜めて言う。
「だが、《千変万化》さんはかなりの大物だって事がわかったぜ。たった一日行動を共にしただけで十回も声をかけられた。相当……相当、大暴れしたらしいな。恨みを買ってやがる。俺も元ハンターだからわかるが、尋常じゃあねえ。人買いからも山賊からも海賊からも詐欺師からも、秘密結社からも武闘派組織からも恨みを買ってやがる。あの若さで何やったらあそこまで恐れられるんだ?」
ジャックもグランドも遠く離れた国出身だ。だが、いくら大国だからって、ゼブルディアの国内が犯罪者にあふれているわけではないだろう。
それでそこまで嫌われているという事は、犯罪者を狩るのを生業にしていたのかもしれない。
「僕が得たデータも似たようなものだ。ただの推測だが、もしかしたら同業者潰しだったのかもな」
「なるほど…………それならここまで嫌われるってのも納得だな」
《千変万化》が何故監獄島に収監されたのかまではわからなかった。
だが、ここまで大勢の人間に嫌われ恐れられているというのは想定外である。大抵の賊ってのは強さに敬意を払うものなのだ。
そして、もう一つ想定外があった。
「閣下は……狐からも相当嫌われている。どうやら、ここの狐のボスを監獄にぶち込んだのは閣下の仕業らしい」
「なんだと? そんなに関わりはないって言っていただろ?」
「……そうだな」
片方だけならまだしも、両サイドと確執があるとは……しかも本人は関わり合いがないと断言しているときている。もはや何が何だかわからない。
だが、一番問題なのは――両組織とも確執があるとなると、どちらかの組織に擦り寄り協力を取り付ける事ができない点である。
一時的とはいえ、大きな組織の力を借りるのは成り上がりの常套手段だ。
「データを集めていてわかった。この監獄内で勢力を伸ばすのは相当厳しい。表向きは蛇が、裏では狐が、睨みを利かせてる。傘下を切り崩すのは至難だし、無所属の者達も二の足を踏んでいる。蛇を追っ払って食料を掠め取る程度では力の誇示が足りないようだな」
ヒムロの撃退が公になればまた話は変わるとは思うが、いかんせんあれは目撃者がいない。
もしもいたとしてもどこまで信じられるかはわからないが……。
「チッ……今日遭遇したバレルを取り込めればな……交渉次第では取り込めたろうに、まったく、何考えてんだ」
どうやら、ジャックの方でも色々あったらしい。
詳細は後ほど確認するとして、確かに、有力な傘下が離反してこちらについたら切り崩しのきっかけくらいにはなるだろう。
だが、どちらにせよ相手が強すぎる。
「幸い、蛇と狐は仲が悪い。そこだけだな、付け入る隙は」
相当困難な仕事にはなるが……こちらが強くなるのではなく、蛇と狐に互いに潰しあいをさせるという手もあるにはある。
なるべくなら避けたいが、選択肢がそれしかなくなったらやらねばならないだろう。
そこで、グランドは深々とため息をついて言った。
「後は…………もう一つ、手はあるな。この監獄島を脱出する事だけを考えた手、だが」
「…………なるほど、な。確かに今ならば…………妥当かもしれねえなあ」
それは――閣下を裏切り、狐か蛇につくことである。
ヒムロはジャックを攫おうとした。それはつまり、ジャックの力が必要だという事。
今ならば、拾ってくれる組織はあるはずだ。どちらの組織も層が厚いので重用される事はないかもしれないが、少なくとも脱獄まではいけるはず。ハードルになっているのはグランドの矜持だけだ。
どちらにつくかは真剣に考えねばならないが、このまま皆から嫌われ恐れられている閣下についているよりは勝算がある。
ザックがどうするかは読みきれないが、まぁ、問題はないだろう。
ザックはグランド達と一蓮托生とは言い難い。話し合いに参加せず何処かにいってしまったし、置いていかれても文句は言うまい。
「…………まだ結論を出す時じゃねえぜ。元レベル8と行動を共にできるのは相当な幸運なんだ」
組織に参加すればジャックやグランドの立場がかなり下がるのは間違いない。
今はナンバー2と3なのだ。たった四人しかいないが……。
「ああ、そうだな。まだ僕のデータも完璧じゃあないからな。蛇も狐も昨日の件があるから、しばらくは大人しくしているはずだ」
切るにしても時間はまだある。蛇や狐は閣下に恨みを持っているが、すぐに手出しはしてこないはずだ。昨日のヒムロの襲撃がくしくも時間を生み出した。
蛇と狐はいい感じに拮抗している。それぞれ相手の存在を考慮すれば、戦力消耗は避けたいはず――閣下を消しにかかってくるのはその全てが解決したその時だろう。
その時、ジャックがにやりと悪そうな笑みを浮かべ、グランドに言う。
「だが、仮に蛇と狐が手を組んだらどうする? 奴らが力を合わせれば《千変万化》さんもひとたまりもねえだろ」
「……僕のデータから考えても、それはありえない。彼らは互いに異なる方針を持った相容れない組織だし、だからこの力を奪われる監獄に叩き込まれても反目し合っている。組めるならとっくに組んでるさ」
ジャックのくだらない仮定を鼻で笑い飛ばすと、グランドは今日集めたデータを整理する事にした。




