477 監獄島④
「それで、私の領土では変わった植物を栽培しておりまして――恐らく、ユグドラにもないものかと。セレン皇女に是非一度見て頂きたいのですが――今晩、晩餐会を開きますので、よろしければ」
《始まりの足跡》クランハウスに用意して貰った応接室で、ゼブルディアの貴族が朗らかな笑みを浮かべて提案してくる。
ニンゲンの世界は面白いもので溢れていた。元々セレンがニンゲンに興味があった事もあり、国交樹立のために動き出してから幾度となくなされる様々な提案は大抵、セレンにとって望むところだった。
もちろん、種族的に譲れない一線というのはある。セレンは種族的に金属製品が苦手だし、肉食も避けねばならない。だが、それ以外の提案にはなるべく乗ることにしていた。
セレンがニンゲンと友好を結べば、精霊人の間で蔓延るニンゲンへの嫌悪感も和らぐはずだ。それはひいては精霊人達の未来に繋がる。
「それは、大変素晴らしい話です、ニンゲン。ですが、あいにく私は今夜は行かねばならないところが――」
「セレン皇女のために『空の花』も用意しました。これは貴女もご存じのあの《千変万化》が発見した宝物殿――【白亜の花園】の希少品です。《千変万化》が持ち帰ったのがきっかけで【白亜の花園】の踏破証明となっているのです!」
「なるほど…………それは気になりますね」
セレンは忙しい。ゼブルディアの貴族や商人、探索者協会からひっきりなしに面会の依頼がきているからだ。
ユグドラの復興は片腕のルインに任せているが、ずっと放置しているわけにもいかない。
だが、今日の夜の予定は空いていたはずだ。
「わかりました。出席しましょう。ところで、晩餐会の誘いを当日にするのはニンゲンの中ではよくある話なのですか?」
「まぁ、タイミングさえ合えば、ですね」
昨日も似たようなタイミングで晩餐会の誘いが来たため、クライの所に行く事はできなかった。
空間転移は高位精霊人のセレンにとっても大魔法だ。大量に魔力を消費するのでタイミングは見計らわなくてはならないし、二回連続では使えないので、帰るまでに時間がかかってしまう。
どうやら今日もクライの所には行けなさそうですね…………。
まぁ、問題はないはずだ。連行中のクライの待遇はセレンから見ても罪人に対するものではなかった。フランツがセレンの要求をできるだけ守ろうとしているのは間違いない。
もちろん、セレンを完全に満足させるだけのものではないが、それは仕方のない事だ。ニンゲンの文化とユグドラの文化は違うし、ニンゲンと精霊人もまた違うのだから。
セレンのスケジュールは今日も明日もびっしり詰まっている。これもユグドラならあり得ない事だ。
国交が正式に開始されれば時間も空くはずだが、ユグドラにも定期的に戻らないと同胞達がセレンを心配してしまう。
貴族が部屋から出ていく。次の面会までに空いた時間、ユグドラから持ってきたお茶を淹れて啜っていると、シトリーが入ってきた。
シトリー・スマート。セレンが帝都にやってきてから色々と力を借りている、《嘆きの亡霊》の錬金術師である。
「まぁ、シトリー。遊びに来たんですか? ちょうどお茶を淹れたところです。まだ次の面会まで時間もあります」
真面目な話ばかりしていては疲れてしまう。セレンの提案にシトリーは笑みを浮かべて答えた。
「いや……今、イーストシールの監獄島に遊びに行く準備をしているところなんですが――」
「!! いいですね。私も本当だったら今日行くはずだったんですが、ちょっとどうしてもずらせない用事が入ってしまって」
晩餐会にはそこまで興味もないが、『空の花』が気になるので仕方ない。監獄島にも絶対に行くつもりだが、それはスケジュールが空いてゆっくりできる時に行けばいいのだ。
セレンの言葉に、シトリーが目を丸くして尋ねてくる。
「え? 行くってどうやって行くつもりだったんですか??」
「転移魔法です。ニンゲンがクライを酷い目に遭わせていないか確認しなくてはいけませんから……ちょっと待って」
目を瞑り、神経を集中させる。
「今日になって位置がほとんど動いていないので、多分監獄島に到着していると思います。本当だったら昨日会いに行って色々確認するつもりだったのですが」
「…………転移って座標指定ですよね? わかるんですか?」
転移魔法は大魔法だ。そもそも高位精霊人でも極一部しか使えないのだが、使うには転移する場所を厳密に指定する必要があるかなり難しい術である。
ニンゲンが大規模な魔法陣を発動しているのにも一定の理があると言える。事前に設定した場所を移動するだけなら転移位置を新たに計算する必要がないからだ。
シトリーの至極もっともな問いに、セレンは胸を張って言った。
「ああ、わかりますよ。クライにはミレスをつけているので」
ユグドラを守護していた最高位精霊の一柱、大自然を司るミレスとセレンの間には契約魔法により見えない繋がりが存在している。セレンはクライの場所はわからないが、ミレスの場所ならばはっきりわかるのだ。後は転移魔法でミレスの元に飛べばいい。
「なるほど……しかし、監獄島は精霊にとっても辛い土地のはずですが……」
「ユグドラを救って頂いた借りがありますから。それに、ミレスはただの精霊ではありません」
高位の精霊が自然豊かな場所に生息しているのは、大自然のパワー――大気中のマナやマナ・マテリアルを吸収して存在しているからだ。自然とは無縁の帝都にいる際はセレンが力を供給していたが、セレンが遠くにいる現在はそれもままならない。
だが、それでもミレスが、一度は自意識を失う程の力を蓄えた偉大なる大精霊である事に違いはない。
ミレスには明確な意志がある。きっと監獄島で何かあっても臨機応変にクライをサポートしてくれる事だろう。
セレンの自信満々の答えにシトリーは思案げな表情をしていたが、すぐに大きく頷いて笑顔で言った。
「なるほど……クライさんのサポートありがとうございます。ところで、一つお願いがあるんですがーー」
§ § §
さすがに人を人とも思わぬ監獄島でも食料は与えられるらしい。
食料の配給所は、島の中心に存在していた。
石畳の敷かれた広場に大きな箱が置かれていて、その周りをこれまでここで出会った収監者達とは一線を画した目つきの鋭い男達が固めている。
その様子を、やはり目つきの悪い、だが弱々しい表情の者達が恨みがましげな眼で遠巻きに睨んでいた。なんかこう、重犯罪者にもランクがあるんだなって感じだ。
案内してくれたグランドが教えてくれる。
「僕のデータによると、あの箱を通じて食料が支給されてくるらしい。外部と繋がっているとか」
「『共有鞄』じゃん。宝具まで使ってるのか……」
もったいない。
『共有鞄』は二つ一組、片方で入れた物をもう片方からも取り出せるという宝具である。
『時空鞄』と双璧を成す便利アイテムであり、『時空鞄』よりは比較的安めだが、それでもかなりの高値で取引されている。
制約として、生きている者が入れられない事と、街と街の間では使えないという謎の特徴がなければもっと高値で取引されていただろう(宝具研究家の間では、犯罪行為に使われる危険があるので機能を制限していたのではと考えられている)。
「あの箱に定期的に食料が入れられているそうです。僕が集めたデータによると、蛇と狐で折半して、それぞれの陣営に配布しているのだとか……もっとも、支給される食料も最低限らしいですが……あれは蛇の構成員ですね」
つくづく最低の環境だな。外の世界よりも余程弱肉強食だ。
さすがにマナ・マテリアルを吸収したハンターでも食べなければ生きてはいけないので、多分犯罪者達を弱らせるためにあえて最低限の食料しか配給していないのだろう。
「両陣営に入らないものは、監獄内の掃除などの雑務と引き換えに食料を貰っているそうです。監獄内部の出来事は雑事を含め全て囚人の手で動いている、と。なかなか……面白い仕組みだ」
僕のような弱者には地獄のような空間だな。
「両陣営が箱を管理するようになったのは、箱に排泄物を投げ込んだ者がいて、丸三日食料の支給が途絶えた事があったからとか。そんな事をしても何もならない事はわかっていただろうに、愚か者はどこにでもいるという事か」
帝国も帝国なら囚人も囚人であった。シトリーもここの話を聞いたらきっとドン引きだろう。
食料箱の周囲を固め、ぎらぎらした目つきで周囲を威圧する男達。武器こそ持っていないものの、人を素手で殴り殺せそうな程発達したその肉体は、男達が外では相当危険な存在であった事を想像させた。
相手は武器持ってないけどこっちも持ってないからなあ……いや、待てよ?
そうだ、掃除とかの雑事をして食料を貰えばいいのでは?
どちらの陣営が相手でも仲間には絶対になりたくないが、清掃人をやれば囚人から襲われる事もないだろう。ずっとならばともかく、監獄見学もそんなに長くは続かないだろうしね。
僕は、舌をべろりと出し強面の男達を見て笑うジャックと、腕組みをしているグランドに提案した。
「君達、掃除は好き?」
「!! もちろんだ。へへ……こう見えても俺は、綺麗好きでね」
「僕は……手は汚さない主義ですが、この状況だとそうも言ってはいられないでしょうね」
どうやら二人とも僕の提案に乗ってくれるらしい。唯一の問題はずっと黙っている人食いのザックだが――。
「ま、まぁ、君は手錠が取れていないから、仕方ないな」
そもそもザックは人間のアレが好物なわけで、食料の入手にはそこまで焦っていないのかもしれない。
この世界には人間よりももっと美味しい物が沢山あると思うのだが――ザックに食べられないように気をつけないと。
外に戻ったら美味しい食べ物を出すようジンさんに提案してみよう。
さて、掃除をするから食べ物を分けて欲しいという提案は――いや、掃除以外の雑事でもいいんだけど――誰にすればいいのかな?
箱を囲んでいる人達、どう見ても話が通じる相手には見えないんだけど。
二の足を踏む僕の代わりに、ジャックとグランドが前に出る。
「へへ……俺達に任せてください。《千変万化》さんが出るまでもねえ。こういうのは俺達の仕事だ」
「……まぁ、この男の言葉にも一理ある。ボスは上で悠然と構えていてこそ全てうまくいくというデータもありますからね」
おお……なんと頼りになる犯罪者だ。なんかこう、彼らを頼るのも負けのような気がしてならないのだが、内容が掃除当番の打診だからまあ、よしとしよう。
一歩下がる。
ジャックは拳をぽきぽき鳴らしながら箱に向かって近づくと、すかさず包囲し睨みつけてくる強面の男達に向かって恫喝するように言った。
「命が惜しいなら、そこをどけ、雑魚ども。食料の管理はこれから我々がやる事にした」
!? いやいやいやいや、違う違う、そうじゃない!




