476 監獄島③
イーストシール監獄島は余りにも過酷な環境だ。ジャックとてハンターとして幾度も修羅場を潜ってきたし、自分の実力が低いとは思っていない。
だが、一人でこの難局を乗り切るのは絶対に不可能だ。
それが、イーストシール監獄島に近づいたジャックが――いや、ジャック達が抱いた正直な感想だった。
そして、そんな監獄島に収監されている連中についても、恐らくその監獄に相応しい危険人物が揃っているのだろう。
ジャックの見たところ、今回《千変万化》のおまけとして連れてこられた三人には奇しくも、共通点がある。
戦闘能力という面で突出した部分がない点。帝国から遠く離れた国出身だという点。そして、組織などに所属しておらず、後ろ盾がないという点だ。
監獄島には各地から賊が集められているはずだが、一番多いのはゼブルディア近辺で捕らえられた者だろう。
監獄内にも人間関係というものは確実に存在する。このままでは、後ろ盾もなく知名度も低いジャック達が監獄内で舐められるのは確実だ。
この状況を打開するためにジャックが考えたのが――《千変万化》である。
小国には一人もいない事も珍しくはないレベル8ハンター。その格たるや、元レベル6でペプリでは名の知られていたハンターでもあったジャックが挑む気にすらならないレベルである。
そもそも突然やってきて、ペプリで幅を利かせていたジャックを叩きのめした憎い相手だってレベル8ではなかった。
ゼブルディアで名の知られたレベル8らしい《千変万化》の下につけば監獄島内でもとりあえず安泰だ。
何より、その威光を利用すれば、監獄島内で新たな勢力を作る事も不可能ではない。
幸い、護送中、他の二人と示し合わせる時間はあった。拘束衣や目隠し、耳栓があってもできる事はある。
そこまで信頼できるわけではないが、目的は同じ。
監獄島に入る途中の通路。新米を食い物にするために集まっていたあの有象無象と同じになるのは御免だ。
ジャックの思惑通り、通路に群がる収監者達は大した格ではなかったらしい。
開けた扉からゆっくりと外に歩く《千変万化》。周りを一切警戒している様子のない男に、ジャックは周囲を警戒しながら続く。
これで、ジャック、グランド、ザックは《千変万化》の手下になった。
少なくとも、周りはそう認識したはずだ。
監獄の内部はまるで迷宮のようだった。
薄暗い通路に、幾つもの獄房の中に、何人もの顔色の悪い賊が座り込んでいる。天井や壁には血のしみがべっとり付着している場所もあり、とても先進国の監獄とは思えない。どちらかというとスラムのようだ。
前を歩いていた《千変万化》が眉を顰めて言う。
「酷い所だなあ」
「全く管理されていませんね。そもそもそういう話がなかった」
大抵のレッドハンターは捕縛されたら懲役を科される事が多い。ペプリでは魔物の討伐に駆り出される事が多かったが、ジャックは今回、刑務官からその類の話を一切聞かされていなかった。それどころか、監獄の内部に入ってから一度も刑務官を見ていない。囚人皆が好きにしている。
「データを集める必要がある。まずはこの手錠をどうにかするのが先ですが」
「まったくだな。こんなものつけてちゃ襲ってくれっていってるようなもんだ。《千変万化》さんはもう外れてるみたいですが」
あちこちを見る限り、収監されている者達の大半は手錠が外れていた。中には間の鎖がちぎれているだけで手錠自体はつけたままの者もいるが――これはつまり、刑務官に外して貰うわけではないという事だ。
ここに収監された者にとって手錠なんてどうにでもなるものだという事だろう。少なくともマナ・マテリアルがなくなる前ならば。
そして、ジャックの考えが正しければ、この手錠にどう対処するかでこの監獄でのヒエラルキーも決まるはずだ。
手錠をどうにかする力もないのでは、この監獄内に新勢力を立てるなど夢のまた夢というもの。
ジャックはにやりと笑みを浮かべると、前を歩く我らがリーダーに話しかける。
「へへ……《千変万化》さん。この手錠、どうにかしてもらえたりしますかね?」
ジャックが目隠しを取られた時にはもう《千変万化》の手錠は外れていて、近くにその残骸が落ちている様子もなかった。
蓄えた膨大なマナ・マテリアルはハンターに不思議な力を与える事がある。
レベル8なのだ、変わった能力を持っていても不思議ではない。
ジャックの問いに、《千変万化》が目を丸くして不思議そうな表情を浮かべる。
「え? ………………なんで?」
見れば見るほど強さを感じない間の抜けた面だ。
だが、そんなわけがない。
このマナ・マテリアルが奪われる環境下で何も感じていない程の男である。偽装や隠蔽に長けているのか、あるいは余りにも実力が離れすぎているせいで何も感じ取れないのか……。
「ここまで集めた僕のデータが正しければ、手錠の解除は必須です。もちろん、あえて襲わせるという策でなければ、ですが、さすがに今の状況で襲ってくるような馬鹿はいな…………い、でしょう」
そうだ。あえて襲わせる……先程、《千変万化》に監獄にぶち込まれたと言っていた賊達の言葉が本当ならば、あり得る話――いや、あり得た話である。
グランドの表情が曇る。ジャックと同じ事を考えたのだろう。
《千変万化》があえて襲わせようとしていたのを、ジャック達が邪魔してしまった可能性を。
このままではまずい。ジャック達が《千変万化》にすり寄った理由を、《千変万化》は察しているはず……役に立つどころか邪魔になると思えば《千変万化》はジャック達を切り捨てるだろう。
「も、もちろん、自分でも壊せますよ、このくらいなら…………ッ!!!!」
両腕に取り付けられた手錠を思い切り引っ張る。ジャックはレベル6ハンターだが、単純な腕力だけならばもう少し自信がある。
軋む肉と骨、両腕に奔る痛み。全力を絞り出し力を入れる事数十秒、手錠を繋ぐ鎖がはじけ飛んだ。勢い余って両腕が壁にぶつかる。痛みを堪え、ジャックは《千変万化》を見た。
「ッ……ど、どうですか、《千変万化》さん。この通りだ。マナ・マテリアルが抜けてなけりゃもっと余裕だったんだがな」
「…………う、うんうん、そうだね……」
しかし頑丈な手錠だった。この手錠を監獄内の大半の賊が破れているとするなら、ジャック達の立ち位置はかなり危ういだろう。
「僕は馬鹿力はないのでそういう外し方はできません。ですが、少し時間をいただければ、解錠のためのデータを集める事ができるでしょう。ついでに、閣下の手駒を少しばかり見繕う事も可能です」
グランドが早口で言う。グランドの立場もジャックと同様だろう。いや――見たところグランドは戦闘能力が高いタイプではないので、ジャックよりも悪いかもしれない。
《千変万化》と組めなければ、この監獄内で生き延びるのは相当きついはず。
最後の一人、ザックだが――。
ザックはじっと観察するような目で《千変万化》を見ていたが、一言も言い訳する事はなかった。その両手首にはしっかり手錠が掛けられていて、破壊しようとした形跡もない。
彼女の事だけは、ジャックにも読み取れなかった。
人肉食嗜好の殺人鬼らしいが、全くその気配が見えないのも不気味だ。五百人食らったというのはイカれてるが、ジャックの目にはそこまでの強者には見えない。
「とりあえず、この監獄にどんな人達がいるのか知りたいんだけど……」
「それなら、まずは勢力の確認ですね……へへ」
さすがレベル8、最初からやる気満々だ。護送を担当した騎士は《千変万化》が自らこの監獄にやってきたと言っていたが、もしかして何か関係あるのだろうか?
とりあえずこの監獄内のルールを知る事からだろう。
「閣下、このグランド、その手の調査には長けております。データの取得に向かいたいと考えているのですが」
「え? ……あ、ああ、うん。もちろんやってくれるって言うならありがたいけど……閣下って何?」
「閣下は閣下です。詰めが甘く、捕まった上に弁論を重ねたあげくどうにもならなかった僕と比べれば自らここにやってきた貴方は閣下と呼ぶに相応しいお方でしょう。是非これからも閣下と呼ばせていただけると」
「あ、はい……まぁ、君がそれでいいならいいけどね」
ふん……媚びを売る、か。だが、ジャックにはわかっていた。
その眼差しは、放っている言葉のように聞き分けのいい人間のものではない。いつ寝首をかいてやろうかと考えている獣の眼差しだ。そう考えると、その丁寧な言葉も慇懃無礼なものに聞こえてくる。
だが、それもジャックにとっては好都合だった。《千変万化》に取り入るのならば、仲間は無能な方がジャックの価値が上がるのだから。
勝ち目もなくレベル8を謀ろうなど馬鹿げた話だ。ジャックは違う。
「なら俺達は滞在拠点になる部屋でも探しましょう。ここは敵だらけだ、いくらレベル8でも安全に眠れる部屋くらいあった方がいい」
今は信用される事。ジャックの力を見せる事。そして、可能であれば脱獄を唆し協力させる事。
じろじろ観察するような目つきでこちらを見ている同族達を見返し、ジャックは笑みを浮かべた。
この血塗れのジャックをこんな所に閉じ込めた事を後悔させてやる。
§ § §
参ったな。これからどうすればいいんだ。
監獄の中は僕が想像していた以上に酷い所だった。常に鼻を突く悪臭に、薄暗い通路。すれ違うのは老若男女、全員生気がなく、眼だけが暗い光を宿している。さすがは重犯罪者向けの監獄である。帝都で最も治安の悪い『退廃都区』だってここまでではない。
何故か一緒に付いてきてくれる、共に護送されてきたジャック達三人が居なければ僕なんて五秒で身ぐるみを剥がされていただろう。
まぁ、ジャック達も重犯罪者なんですが。
まったく、僕は見学を求めただけだってのに、こうもストレートに監獄の中に入らせられるとは、刑務官のジンさんの正気を疑わざるをえない。
…………いや、もしかしたら僕がレベル8だから大丈夫だと思ったのかな?
その場合、一番悪いのは誰なんでしょう?
ジャックが用意してくれた獄房の一室で休憩していると、聞き込みに行っていたグランドが戻ってくる。
目つきの鋭い眼鏡を掛けた優男である。ジャックのように暴力的な雰囲気はない、インテリマフィアみたいな雰囲気だが、彼は一体何をしでかしてここに来たのだろうか。
先ほどまで両手についていた手錠は外れていた。まぁ、解錠スキルはハンターにとって珍しいものではないんだけど……。
「閣下、どうやらこの監獄内では現在大きく分けて二つの勢力があるそうです。縄張りも真っ二つに分かれ、収監されている者のほとんどはそのどちらかに所属しているのだとか」
「…………最初に出迎えてくれたあの人達は?」
「あの者達はどちらの勢力にも入れなかった有象無象です。まぁ、あの程度の脅しに屈するような奴らは雑魚だという事はデータで既にわかっていましたが」
めちゃくちゃ沢山いたし、かなり強そうだったんだけど……まぁ、グランドにとって有象無象なだけで僕にとっては恐れるべき存在である事は間違いないだろう。
「グランド、でも僕のデータでは油断してはいけないと思う。僕のデータだと、彼らもなかなかの強者だよ」
「!? それは…………」
これまで僕達も散々レッドハンターとは戦ってきたが、明らかに格下だった者に苦戦したパターンはいくらでもある。相手が十人だと思ったら百人いたとか……。
言葉に詰まるグランドに、ジャックが笑いながら言う。
「がはははは、《千変万化》さんの言うとおりだ、グランド。使いっ走りもできねえ奴らにも使い道はある。このジャックならばな!」
「? どういう事だ?」
訝しげな表情のグランドに、ジャックは自信満々の笑みを浮かべて言う。
「血だよ。俺は、相手の血を浴びる事でマナ・マテリアルを奪う力を持っている。それが、この《血塗れ》のジャックだ! マナ・マテリアルさえあればこんな監獄容易く破れる。残りものでもまだ多少はマナ・マテリアルを残しているはずだ」
「!? そんな……僕のデータにもない能力を!? ならば、捕まったのは――」
「ペプリのハンターの大半からマナ・マテリアルを吸い尽くしたら賞金かけられて捕まっちまったんだ。ライバルを減らすと同時に力を高める良い手段だと思ったんだがな」
「それは……」
グランドが度しがたい者でも見るかのような眼差しでジャックを見ている。
…………世界には色々な賊がいるんだなあ。これまで僕達も相当な数の賊と遭遇してきたつもりだったのだが、世界は広いらしい。そして、捕まってこんな所にぶち込まれたのも納得である。この時代、どの国もハンターを集めようと必死だからな。
「確かに……マナ・マテリアルをかき集める事ができれば脱出も可能かもしれないな。まだデータが足りていないが」
「データなんていらねえ。俺達には《千変万化》さんが居るんだぜ? さっさと監獄島の頂点取って脱出しておしまいよ。刑務官の数だって少ねえ、なんとか監獄島の外に出られれば勝ったようなもんよ。ねぇ、《千変万化》さん?」
この人達、普通に脱獄の話をしてるんだけど、僕はどう判断したらいいのでしょう?
聞かなかった事にしとく?
「……聞かなかった事にするよ。僕は理由があって監獄島に来ただけですぐに帰るつもりだからね」
まだシトリーが欲しそうなデータは集まっていないが、僕は帰らせて貰う。
僕は賊と相性が良くないんだよ(相性いい人なんていないだろうけど)。
僕の言葉に、ジャックがもったいぶった様子で頷く。
「確かにねえ、頂点を取る必要なんてないかもしれませんね。監獄島から脱出できた時点で箔をつけるには十分だ。いいでしょう、従いましょう」
「…………うんうん、そうだね。好きにしなよ」
僕は意図が全然通じていない気がしたが、とりあえずうんうん頷いた。
もはやどうでもいい。僕が安全に帰れるならそれでいい。頃合いを見計らってジンさんが迎えにきてくれるのだろうか?
「おい、ザック。お前はどうする?」
「……大いなる意志の導きに従う。それだけだ」
僕をじーっと見ながら素っ気なく言うザック。もう嫌だ……この空間にいたくない。でもどうしたらいいかわからない。詰んでる。
「そう言えば食料なんですが、毎日一回まとめて支給される物を監獄内の二大勢力――『狐』と『蛇』が仕切ってて、他の者には下りてこないらしいですよ。どうします?」
「狐と蛇…………? ……………………どっちも嫌いだな」
蛇――『八岐の大蛇』と言えば、犯罪組織の中でも特に武闘派で知られた存在である。その腕っ節と残虐性で各国で恐れられた組織であり、その構成員は高レベルハンター並の実力者が揃っているとされていた。
何故僕がそんな事を知っているかというと、帝国にも強い影響力を広げつつあったその組織の頭が偶然あつまっている所をうちのメンバーが襲撃したからだ。ちなみに、評判程は強くはなかったらしい。
狐の方は……まあ動物の事ではないだろう。【迷い宿】の狐の事でもないはずだ。
といっても、なんかこう詳しい情報を持っているわけではないのだが、とにかく余り好きではない。最近、狐関係のわけわからないあれこれが多かったからな……。
うん、テルムとケチャチャッカの事はちゃんと覚えているよ。
「関わりがあったり?」
「まぁ関わるっていうほどの関わりじゃないけど……」
戦ったのは僕ではなくリィズ達だし、僕の顔はバレていない可能性もあると思う。そもそも他の犯罪組織についても、僕が実際に手を下した事は一度もないのだ。顔がバレていたのも偶然だろう。
うん、何事もポジティブにいこう。
「蛇の下にはバレル大盗賊団を始めとした武闘派系の組織が、狐の下にはコードで捕縛された賊を含めた幾つかの組織が付いているらしいです」
「ふむふむ、バレル大盗賊団に、コードの賊ね……」
「知っていますか?」
「いや、全然?」
見た事も聞いた事もないよ。コードでも物騒な連中達とは結局関わらなかったからな。
「とりあえず、食いもんは奪い合いって事だな。よし、いっちょやったりましょう、《千変万化》さん」
「いや、僕そんなお腹減ってないし……」
「そう言わずに! ほらほら!」
僕は食事よりも命の方が大切なんだよ……遠からずジンさんが迎えに来てくれるはずだから尚更だ。
ジャックに背中を押され、僕は声に出さずに悲鳴をあげた。
そもそも何で僕はこんな事になっているのでしょうか?




