12 怪談
ホラー(笑)注意
「幽霊屋敷の調査?」
「お願い! 筋違いとはわかってるのよ。けど……」
ポリポリとチップスをつまむハイガの前には、レーナの頼み込む姿があった。
昼休み。
ギルドの休憩は交代に取ることになっているのだが、今日はたまたまハイガとレーナの休憩が重なったのだ。
適当にチップスをつまんでいるところに、レーナが現れたのである。
「まあまあ、座って座って」
目の前の椅子を進めるハイガ。
レーナは素直に座った。
「もう一回聞くが、何の調査だって?」
「だから、幽霊屋敷よ幽霊屋敷。ついてきてくれない?」
「……レーナ。夏はまだ先だぞ? 今から楽しみなのか? ……食うか? うまいぞ」
「ちょっと、馬鹿にしてるでしょ。真面目な話なのよ。……もらうわ。ありがと」
ぽいと、しかし上品にチップスを口に放り込んだレーナは、あら美味しいと口元をほころばせた。
「……最初から説明してくれないか? 何が何だかわからない」
「それもそうね。えっと、この街には幽霊屋敷があってね……」
説明を始めるレーナ。
ポリポリ。
説明の間にもチップスをつまむ手は止まらない。
哀れ、ハイガの昼飯は僅かの間に半分以下になっていた。
レーナの話は、まとめると以下のようなものであった。
なんでも、この街には昔からある洋館が建っているのだと。
街の中心部から少し外れたところにあるそこには、昔、ある魔術師が住んでいたらしい。
そしてその魔術師が死んでしまって無人になってからは、街がその屋敷を管理しているのだった。
ある時、洋館に噂が立ち始める。
曰く、『あの屋敷は、魔術師に呪われているんだ――』と。
もちろんのこと、街の人々は一笑に付した。
何を言っているんだ、確かにあの洋館はずっとあそこに建っていて持ち主がいないからそんな噂を立ててしまうんだろうが、呪いなんてそんなものあるわけがないじゃないか。
と、まあここまではありがちな話である。
誰かが適当なことを言って、それに尾ひれがついて楽しんで、はいおしまいというわけだ。
が、話はここで終わらない――。
洋館の近くに住むあるご老人。
『呪い』の噂を聞いて、もちろんご老人も笑った。
何を言ってるんだ、あの屋敷はもう自分が知っているだけでも七十年も昔から、あのままに建っているんだ――。
あれ。
とご老人は気づいた。
あの屋敷、七十年前と寸分たがわない姿だぞ、と。
必死に昔のことを思い出しても、記憶は嘘をつかない。
何一つとして、壁の色も日に焼けず、窓ガラスの一枚も割れず、庭も美しいままだったのだ。
急に不安になってきたご老人。
引退するまで働いていた街役所に久しぶりに顔を出し、挨拶もそこそこに昔の資料をあさる。
何しろ街で管理されている洋館だ、誰かが定期的に管理しているのだろう。
ご老人はそれを確認し、このわけのわからない不安を払拭したかったのだ。
けれども、その思惑は反対の方向に外れることになる。
街の予算は、びた一エルもあの屋敷の整備には用いられていなかったのである――。
整備費を多く使った、ならともかく。
使った整備費を使わなかった、などそんなことを書くわけがない。
念のためにご老人は、担当の人間に話を聞いてみた。すると、その人はこう答えたという。
『ああ、今年も綺麗なもので、修繕の必要もなかったですよ。全く、手のかからない建物です。他の建物は大体十年もたてば何かしら塗り替えたり修繕したりとするのに。え? 七十年? あはは、そんな馬鹿な。確かにここ二十年は僕があの屋敷の担当ですけど……一回、も……』
そこにして初めて担当者は事態を悟り、顔を青ざめさせたという。
調べてみればなんということだろうか。
記録の存在した三百年ほどの昔から、一度たりともあの屋敷が修繕されたことはなかったのである――。
ご老人と担当者はこの事態の異常さに、ことを秘密にしようとした。
しかし口に扉はたたないもの。
いつしか、『朽ちずの屋敷』として洋館は有名になっていた。
すると出てくるのは、面白半分に屋敷に入り込む人間。
入り込むだけならよかったのだ。
洋館の扉は油を差したようにするりと開き、敷き詰められた絨毯には埃一つ積もっていない。
その静かな異常を存分に楽しんで、物見遊山の人間は洋館を出ていく。
しかしここに不心得者がいた。
どうやら、あの屋敷には豪華な家財道具が当時の美しいままで残っているらしいぞ――
実際、その屋敷の所有者であった魔術師は広く尊敬されていたので、それもあって街では屋敷の家財を競売にもかけず、当時のまま放っておいたのだった。
不心得者はある夜、かねての計画を実行に移した。
何人かの悪だくみの仲間を集め、一気に家財を運び出してしまおうと計画したのだ。
見張りもいない屋敷のこと、それは成功するかと思われた、が――。
翌朝、街の詰所に一人の錯乱した男があらぬことをわめきながら飛び込んできた。
曰く――
『助けてくれ、ごめんなさい! 俺たちが悪かったんだ、もうこんなことはしない! だから、俺は、俺は俺は俺は俺はあああああああーーーーーーーー』
男は発狂した。
詰所の人間は屋敷へ急いだ。
男はうわごとのようにその屋敷の名前を繰り返していたのだ。
と、そこに詰所の人間たちが見たものは――
死体。
死体、死体、死体。
不心得者たちの、詰所に飛び込んできたもの以外の全員の死体が、門の前に静かに並べてあったのだ。
表情は驚愕に歪み、何か世界で一番恐ろしいものでも見てしまったかのよう。
しかしそれとは対照的に、体には何の外傷もなく、突然死であると結論された。
以来、この屋敷は人々の間で広く恐れられることとなる。
朽ちずの館、魂喰らいの館――
魔術師『クラック・クロック』の館――と。
「で、それが今から百年前のことらしいわ――」
レーナはそう言って話を締めくくった。
手を伸ばしたが、チップスはもうない。
食べきってしまっていたのだった。
レーナは残念そうにしながらハイガに感想を求めた。
「どうだった? 怖かったでしょう? この街の子供は、皆これを聴いて育つのよ。悪いことはしちゃいけませんよ、あの屋敷に近寄っちゃいけませんよ――と言い聞かせられてね。ハイガはどう思う?」
「zzz……」
「寝ないでよ!」
レーナは机をバン、と叩く。
ハイガはわざとらしく頭を振った。
「いや、そんなどこにでもありそうな怪談を聞かせられてもな……」
眠り込んだのこそフリではあったが、実際、ハイガは魔術調査をする中でそのような与太話にはいくらも出会っている。
出来が悪い、とまでは言わないが、とても今までで一番怖かった、などとは思えなかった。
が、レーナにはそうでもないようで。
「私はこれより怖い話なんて知らないわよ!」
とまあ、普段のクールさをかなぐり捨てている。
もっとも、ハイガとレーナとでは育った環境が違いすぎる。
情報に氾濫した世界を経験してきたハイガと違って、情報伝達の遅いこの世界に生まれたレーナにとっては、本当に怖い話なのかもしれなかった。
ハイガはため息をついて、この話に真面目に取り掛かることにした。
「それで? 俺にその観光地について来いと?」
「だから幽霊屋敷よ! 私が行かなきゃならないのよ! 怖いのよ! わかるでしょ!?」
見れば、レーナの足は本当に震えている。
どうやら、本当怖がっているようだった。
ハイガは両手を挙げて降参のポーズをとった。
「悪かった。悪かったよ。……お詫びについていくから……な?」
「……本当? 本当についてきてくれるの?」
「もちろん。このチップスに誓って」
「もうないじゃない! ……でも、ありがとう」
レーナは気が抜けた、とでも言いたげに机に突っ伏した。
「よかった……。私一人で行くなんて、本当に怖かったのよ……」
その様子のレーナに、ハイガは疑問を投げかける。
「あのさ」
「なにかしら?」
「なんで、そもそもレーナが調査に行く必要があるんだ?」
怪談の中では、屋敷は街が管理していたとのことだった。
ならば、魔術ギルドに所属するレーナが調査に行く必要などなかろうに。
レーナはハイガの言わんとすることに思い至ったのか、起き上がって説明を始めた。
「確かに、もともとは街の管轄の建物だったのよ。けど、さっき語った怪死事件。あれをきっかけに、街役所そのものがあの屋敷のこと怖がっちゃって……。『魔術師の家だったんだから』とか適当な理由をつけて、管理を魔術ギルドに押し付けてきたのよ。……誰だか知らないけど、当時のフェール支部長に会ったら文句言ってやるわ。そのせいで私がこんな目に合わなきゃいけないんだから」
めらめらと闘志を燃やすレーナ。
その様子をしり目に、ハイガは呟く。
「へー。それじゃ、確かに怪死事件はあったんだろうな」
その不用意な一言に、レーナの闘志がハイガに向く。
「……信じてないのかしら?」
「い、いや! 別に疑ってない!」
レーナの睨みから逃れるように、ハイガはレーナに質問をする。
「えっと……じゃあ、なんでレーナはこの仕事を引き受けたんだ? 他の職員に押し付けたってよかっただろ」
レーナはその言葉を聞くと身を縮め、うなだれた。
「……くじよ」
「くじ?」
「……だから、くじ! 一か月くらい前、くじ引きをして私が負けたのよ! 誰もやりたくないからくじで決めるしかなかったの!」
フェール支部の人員は三十人くらいだから……
「運悪いんだな、レーナ」
「うっさい!」
ボソッと言った一言をレーナは聞き逃さなかった。
慌ててハイガはレーナをなだめにかかる。
「あー……調査ってのは毎年やるのか?」
「……そうよ」
「じゃあ、去年調査した奴は誰だったんだ?」
今年レーナがくじで負けたというのなら、去年くじで負けた者もいるはずで、その人が無事なのなら、少なくとも命の危険はあるまい。
「……ネーバンさんよ」
「なんだ、じゃあ別に何も気にすること……」
「どこがよ! ネーバンさん、毎日奥さんと喧嘩してるじゃない!」
「いや、それはただの性格不一致……」
「呪いよ呪い!」
フェール魔術ギルド支部中間管理職の幸薄い男・ネーバン。
屋敷の呪いを疑われるほどに妻とうまくいってないのであった。
「……うん、呪いな。ちなみに一昨年は?」
「……シルファさんだけど」
「なんだ、じゃあ何も……」
「どこがよ! 幸せな結婚をしていたのに、突然離婚したのよ!?」
「あの人バツイチなのか!? ……いや、でもそれはどうせただのシルファさんの不倫……」
「呪いよ呪い!」
「……うん、呪いな」
日ごと夜ごとに男をとっかえひっかえする恋多き女、事務員のシルファ。
彼女もまた、レーナ視点では屋敷の呪いの被害者であるようだった。
レーナはふぅ、と息を吐いた。
「私も、呪われるのかしら……」
その背中は煤けていた。
このうら若き乙女は、筋肉男どもを舌鋒でやり込めるその手腕とは裏腹に、こうしたことにはまったくもって弱いらしい。
ハイガは仕方なしに言った。
「……まあ、いざとなったら俺が代わりに呪いにかかってやるから。安心してろ」
するとレーナは、怒ったような顔。
「あら、そんなのだめよ。あなたにくっついてるカルまで不幸になるじゃないの」
「でも、俺についてきてくれと頼みはするのな……」
「……そ、それはそれということで……」
レーナは目をそらした。
「ま、いいや。……で? いつにその調査するんだ?」
「明日よ」
「明日!? ……なんでまた急な」
「……考えたくなかったのよ……」
またもやレーナは目をそらした。
ハイガは頭をぼりぼりと掻いた。
「ハァ……明日の何時だ?」
「えっと、十五時にギルドの休憩所で。いいかしら?」
了解の意を込めてハンドサインを返すと、レーナは頷き、よし、と気合を込めて立ち上がった。
「……さ。そろそろ休憩も終わりね。仕事に戻りましょう」
席を立とうとするレーナに、ハイガはふと、気になっていた最後の質問を思い出した。
「えっと……なんだったか……『クラック・クロック』? その魔術師は、いったい何を成し遂げて、そんなに尊敬されてたんだ?」
「……えっと、その」
レーナは何か言いづらそうだった。
「知っているんだろ? 教えてくれよ」
「えーっと。うーん……」
レーナは迷っていた。
「焦らすなって」
「……気を悪くしないでね?『クラック・クロック』という魔術師は……」
ハイガはこのレーナの言葉を聞き、『クラック・クロック』なる魔術師の名を永遠にその脳髄に刻むこととなる。
「あの、『魔力測定器』を開発した魔術師が、クラック・クロックなのよ……」
ホラーというジャンルは、実は滅茶苦茶難しいんじゃないかと思います。
要するに、人間の一番本能的かつデリケートな部分に上手に触れなければならないのですから。
何が言いたいかと申しますと、つまり私の考えた怪談が怖くないのは、これはもう仕方がないことなのではないかということです(言い訳)




