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13 魔術師の館




 ゴーン……と街中に深い余韻を響かせながら鐘が鳴る。

 夜明けの鐘が七時で、一時間ごとに鳴り響くこの鐘の音によって人々は現在の時刻を確認している。

 この鐘の音は今日九回目。

 つまり指し示す時刻は十五時だった。


 ハイガはギルド併設の休憩所で、レーナが到着するのを今か今かと待っていた。

 幽霊屋敷の調査が楽しみであったために、割り振られていた書類仕事をいつもよりも早く終わらせたのだ。

 時折休憩所に顔をのぞかせるフェール支部所属の魔術師たちと挨拶を交わしながら、レーナを待つ。


 が、鐘の音の余韻が完全に消え去った後もレーナは現れない。

 屋敷の探索にこれまでになく心を浮き立たせているハイガにとっては、もどかしい時間であった。




 魔術師クラック・クロック……脳筋ではなく、本物の魔術師である。

 昨日ハイガはふと思いつき、暮らしに慣れてからはほとんど沈黙し、無用の長物と化していた『声』に疑問を投げかけた。


(『クラック・クロック』なる人物はこの世界で有名なのか?)


 ――是。クラック・クロックは魔術ギルドの創立に深く関与した人物として一般に知られています。


(クラック・クロックは、この世界での『いわゆる魔術師のうきん』として知られているのか?)


 ――否。この世界では、魔術師の中には、非常にごくまれな確率で身体強化以外の力を発現する者もいる、と、ある種の伝説として認識されています。クラック・クロックはその筆頭です。


 ハイガはこの『声』の応えを聞いて、もちろんため息をついた。

 この『声』、嘘はつかないし情報も過不足ないが、過不足が無さすぎるのである。

 今回だって、あえてこう問うてみなければ、クロックの扱うような、つまりハイガの扱うような魔術がこの世界での伝説に属するものだなんて分からなかったのだ。


 なにか、もっとこの『声』を有効に生かせはしないかと思案するハイガだったが、それとは裏腹に、このクラック・クロックという魔術師に魅せられていた。


(クラック・クロックがあの魔力測定器を作り出したというのなら……クラック・クロックは間違いなく、俺と同じ本物の魔術師……!)


 まあ、惜しむらくはそれが現代の人物ではなく五百年も昔の人物なのだ、という事実なのだが。

 が、それでもそんな人物の暮らしていた屋敷がこの街に存在し、しかも幽霊屋敷なんて呼ばれているのだから、その事実にハイガが並々ならぬ興味を抱くのも無理からぬことだった。


 ハイガははやる気を押さえつけてレーナを待つ。

 本当のことを言えば、昨日のうちにでも一人で屋敷に忍び込んでやろうかと思っていたのである。

 が、普通に不法侵入であるし、そもそもレーナに頼まれたことなのだからと、自重の心を思い出したのであった。

 待つこと十分、レーナが現れた。


「あっ……! よかった……。ハイガ、遅れてごめんなさい。仕事が長引いて……」

「いや、大丈夫」


 ハイガは席を立ち、二人連れだってクラック・クロックの館を目指す。


「なんで、ちょっと安心した感じだったんだ?」


 出合い頭のレーナの反応に、遅れて申し訳ないというものとは少し異なるニュアンスを感じ取っていたハイガが、レーナに聞く。

 レーナは恥ずかしそうに言った。


「……もしかして私が遅れてしまったせいでハイガが帰ってしまっていたら、と考えるとね……ぞっとしないわ」


 見れば、表情は硬い。

 どう見たって、ちょっとお出かけしようとかそういった雰囲気ではなく、決死行を敢行しようという面持ちだった。

 レーナの放つ異様な迫力に、いつもは騒がしいフェールの街の商人たちも声をかけてこない。


「レーナ、深呼吸」

「何を……」

「はい吸ってー……吐いてー……」


 訝りながらもハイガの言う通りに行動するレーナ、常には見られぬ素直さが見て取れる。

 少しだけ悪戯心の湧いたハイガは言葉を続ける。


「吸ってー……吐いてー……吐いてー……吐いてー……吐いてー……」


 五回目の吐いてでレーナは明らかにおかしいことに気づき、息を大きく吸った。


「……っはあっはあっはあっ。……何するのよ、窒息するかと思ったわよ!」


 と、すぐに復活していた。素晴らしい肺活量である。


「素直に従うのが悪……いてっ、いや、俺が悪かった……」


 太ももをきりきりと抓られ、ハイガは反省の言を述べる。

 その心のこもってなさに逆に冷静さを取り戻したのか、レーナはため息をつく。


「……落ち着いたわよ。ありがと」


 ふいっと歩き出してしまう。

 ハイガはあえて何も言わなかった。

 黙々と歩き続け、ついに二人はその洋館の前にたどり着いた。


「へえー」

「はぁー……」


 ハイガはその目の前の洋館に感嘆の声をあげ、レーナはいかにも気乗りしないというため息をつく。

 その洋館の外見を一言で示すならば、『いかにも高級そうな感じ』で伝わるだろうか。

 あまり派手派手しいわけではなく、しっかりと落ち着きの感じられる外壁。

 どこにも汚れはなく、人の住んでいない家だなんてまるで思えない。


 庭は若々しい緑に包まれ、しかし生命感は感じさせない。

 管理のされた樹木の集合体といった風情を醸し出す。

 正面玄関に続く石畳は落ち葉もゴミも見えず、綺麗に整っている。

 全体的に優美さと余裕が感じとられ、なるほど、ある意味ではこの賑やかなフェールの街においては異物のような建物だった。


(……確かに、これが何百年も昔から全く変わらない姿で建っているのなら……明らかにおかしいよな……)


 ハイガは門を潜り抜け、庭に入る。

 が、しかし。


「……レーナ。置いてくぞ」

「だ、だって、心の準備が……」


 レーナは怯えていた。

 いつもの凛とした姿が嘘のようである。


「レーナ。ここに入ってひどい目にあったのは、悪いことをした奴らだけ。で、俺らは悪いことをしようとしてるわけじゃない。ただ業務で、家の様子を見て回る必要があるだけ。……オーケー?」

「で、でも……」


 一つ一つ確認するようにハイガがそう言うも、レーナの顔は晴れない。

 ……まあ、気持ちは分かる。

 小さなころからずっと言い聞かせられてきた『怖い所』に、これから入らなければならないのだ。

 理性ではなく、感情の面でどうしても拒否が先行してしまうのは仕方のないことだろう。


 しかし、このままではどうすることもできない。

 ハイガはこの屋敷に入りたくて仕方ないし、止められたとしても入るつもりだが、この仕事の担当はレーナなのだから。

 彼女が入らないことには何も始まらない。

 ハイガは仕方なく、ある事実を口にすることにした。


「レーナ。そこな……お前の立ってるそこ」

「……何よ」

「怪談で、死体の転がってたとこじゃないのか?」


 反応は劇的だった。

 レーナは反射的に飛び上がり、次いで門をくぐって庭に足を踏み入れた。

 一刻も早くそこから離れたいといった様子だった。

 庭に入ったレーナはハイガに縋りつき、口をパクパクとする。


「…………っ! ………………っ!」


 何かを言いたいようだが、声になっていない。

 ハイガは口笛を吹いて誤魔化した。

 ひゅ~と間の抜けた音が響く。


「ば、ば、馬鹿じゃないの!? なんてこと言うのよ!? ……こ、怖いでしょ!?」


 レーナは言葉を回復したらしく、矢次ざまにハイガをなじる。

 ひゅ~とハイガはまた口笛を吹いて誤魔化した。


「無視すんなあ!」


 レーナはいつもの大人ぶった態度など投げ捨て、もうほとんど泣き声だ。


「……ほら、庭に入っても何ともなかったろ? 庭も屋敷も同じようなもんだろ。行くぞ」


 ぽんぽんと頭を軽くなでて屋敷に足を進めると、レーナは一瞬幼い少女のような顔をして、次いでハイガが屋敷に入ろうとしていことに気づき、慌ててついてきた。


 トントン、と礼儀として一応ノックをしてレーナから預かった鍵で扉を開き、屋敷の中に入る。

 鍵の回る音と共に、大した力も込めないのに扉は開いた。


「……お邪魔します」


 ぺこりと頭を下げてから中に入ると、レーナも慌てて同じ動作をなぞって中に入る。

 当然のことながら灯りはなく、薄暗い。

 そこは玄関ホールで、差し込む日の光でおぼろげにその全容を晒していた。


 天井は高く、シャンデリアがつってある。足元には絨毯が敷き詰められ、ふわりと足を包み込む。

 それでいて埃っぽさはない。とても、人の長年住んでいない家とは思えなかった。

 壁には絵画がかけられているが、明るさの問題でそれがどういったものなのかはよくわからない。どちらにしてもハイガはこの世界の画家のことなど知らないということもあるのだが。


 正面には階段。

 外から見た限りこの家は三階建てであり、あの階段を使って二階へ移動するのだろう。

 それにしても、空気すらよどんでいない。

 締め切った部屋特有の、あのどこか籠ったような陰気さすらも感じられないのだ。

 さしものハイガも、少なくとも何かがあるのだと思い始めていた。


「レーナ、どうする? とりあえず階段使って三階まで行って、そこから一階まで各階を見回る、ってことでいいか?」

「……りょ、了解よ。あなたに任せるわ」


 いやいや、これはお前の仕事だろう、とハイガは思ったが、別に問題もない。

 とりあえず階段へと足をかけた。

 

 三階の部屋は寝室ばかりだった。

 数えたところ十幾つの寝室があり、どう考えてもこんなに使い道もないだろう、と思うのだが、よくよく考えてみればこんな広い屋敷のことだ。

 全ての部屋を有効活用しようなんていうのは無理な話だろう。

 余った部屋をとりあえず寝室にするというのは、金持ちの発想としては当たり前なのかもしれなかった。


 しかし異様なのは、その寝室までもがベッドメイクされ、いつでもすぐ利用できるような清潔さで保たれているのだ。

 ここまでくると、笑い話ではなく不気味な話である。

 実際、無人の家に無機質な生活感があるというこの状況に、何とも表現しづらい異様さを感じ始めているハイガだった。


 ちなみに、レーナはほとんどハイガの後をついてきている。

 時折ちいさな物音に飛び上がり、その度ハイガに抱き着いた。

 レーナはカルーアなどと違い、体つきは子供ではない。

 が、ぶっちゃけハイガにとっては少なくとも、この屋敷より興味のある対象ではなかったので、反応は無かった。


 二階に降りて部屋を見回ると、二階の部屋は三階の部屋と比べ用途のはっきりとした、存在意義のわかりやすい部屋が多かった。

 書物が本棚にぎっしりと納められた部屋に、机と椅子と豪奢な家具に満ちた、執務室といった風情の部屋。変わったところでは、何もなく、絵画だけがかかっている部屋もあった。


 気になることに、その部屋にかかっている絵画の内、一枚だけは取り外されていた。

 そこだけ壁の色が違うのである。

 あるいは、この屋敷の主、クラック・クロックの在りし日の姿が肖像としてかかっていたのかもしれなかった。


 しかしハイガの目をもっとも引いたのは、屋敷で一番大きな、様々な工具や材料の納められている工房だった。

 間違いない、この部屋でクラック・クロックは魔術を開発していたのだろう。

 部屋には等身大の人形が三体ほど並んでいた。

 しかしそれはマネキンのような無機質なものではなく、瞬きさえすれば人間だと信じてしまえそうな、とてつもなく精巧なもの。

 

 レーナなどはこの人形のことを不気味に思っていたのだろう。

 この部屋に入るなりハイガにくっつき、離れようとしなかった。


 ハイガは棚に収められているスクロールらしきものを片っ端から開き、分析したいという欲望と戦わねばならなかった。

 さすがに、この怯えている様子のレーナの前でそんな行動をとることははばかられたのだ。

 あまり長くとどまっているというわけにもいかず、ハイガは名残惜しく思いながらもこの部屋を後にした。


 一階に降りて探索を続けたものの、後はこれといったものはなかった。

 食堂や厨房、洗濯場といった、生活するのに必要だったのであろう部屋が存在しているだけだった。

 しかしやはり、そのどの部屋も管理が行き届いている。

 食堂などは、食卓の上にある燭台に火をつけ、暖炉に火を入れればすぐにでも豪華な晩餐が開けそうな様子。


 ここにいたってハイガは、怪談の中にあった『街の人々は魔術師を尊敬していたので、屋敷の家財を競売にかけなかった』というのは半分は嘘なのだろうなと思っていた。

 さすがに、ここまで生活感を残したままで放置する理由もない。

 競売にかけようとすれば、何らかの理由で、そう例えば関係者に不幸が起きて、競売にはかけることがことができなかったのだろうと容易に想像できた。




 ハイガとレーナが屋敷の外に出たころには、既に日は落ちていた。

 二人、足早に酒場へと足を向け、乾杯し、今日の労をねぎらいあった。


「ほらな、何ともなかっただろ?」

「でも、怖いものは怖かったわよ。もう二度と行きたくないわ」


 二人の益体もない雑談は延々と続いた。

 夜がふけるにつれレーナはしたたかに酔い、ハイガは彼女の分をおごる羽目になった。

 ハイガはレーナに肩を貸して酒場を出たが、なまめかしい展開があったわけでもなく。

 普通にレーナをギルドの女子寮に送り届け、その足でまた目的地へと歩いた。


 行き先は言うまでもない。


 ハイガは先ほど出てきたばかりの門をくぐり、扉の前で立ち止まった。

 あえて、気取った調子でノックをする。

 コホン、と咳ばらいをして、口上を述べたのであった。


「夜分遅くに申し訳ない。私は魔術の探究者、三矢ハイガ。是非、偉大なる先達、クラック・クロック殿にお目通り願いたい」


 扉は滑らかに、静かに開いた。



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