第50話 兄貴
「『異変の謎を解け』、ついでに『転生者を探せ』か・・・・・・」
俺はアムネイアに押し付けられた「お願い」を胸の中で反芻する。どちらも漠然としすぎて、どう動いたらいいのか分からない。
「転生者探しなんて、自分でやればいいのにな。といっても、そもそも街から出そうにないか」
魔道具作成の力があるとはいえ、お嬢様育ちのアムネイアには戦闘能力は皆無だ。魔物どころか、その辺の野盗に襲われただけでもひとたまりもないだろう。
「とにかく、なんだか変なやつがいたら、転生者かどうか調べればいいかな・・・・・・ッとと」
「おっと、ごめんね」
考え事をしていたので、よく周りを見ていなかったようだ。門の向こうから歩いてきた大きな荷物を重ね持った男とぶつかりそうになった。すんでのところで立ち止まったが、一番上に載っていた荷物がすべって俺の頭の上に落ちてくる。
「わッ・・・・・・と。お、落ちましたよ」
「ありがとう。割れ物だから助かったよ」
ひょろりと背の高いその男は身をかがめ、俺は受け止めた荷物をまた一番上に重ねてやろうとする。
「あ、あれ?まさか、クルク?」
「あああああああーー!ラジム!ラジム兄ちゃん!」
ややくすんだ赤毛に、そこそこ整っているが唇の薄い軽薄そうな顔立ち。やる気のなさそうなタレ目。間違いなく俺の3番目の兄貴、ラジムだった。
「今までどこにいたんだよ。『ギルド』からメッセージ受け取ってないのか?」
「受け取ったさ、でも、いまさら帰るのもな」
「近くに住んでるんだから、顔見せろよ。親不孝もん」
「ま、まあまあ、とりあえずおいら、まだ仕事中だからさ。ちょっと待っててくれよ。終わったらメシでも一緒に食おう」
そういうとラジムは荷物を抱えてアムネイアの家の門をくぐった。お屋敷のメイドに案内され、そのまま奥に消えて、しばらく経って出てきたときには手ぶらになっていた。
「アムネイアの家に用事だったのか?」
「ああ、ここの旦那様はおいらのお得意先でね。といっても、担当してるのはここ数年だけど」
「クルクさんのお兄さんですか?」
「おや、これは美しいお嬢さんたちだ。どうです、これから一緒にお食事でも」
「おいおい、俺の仲間を口説くなよ」
美少女(にしか見えない)ゲル子に生来のタレ目をもっとだらしなく歪ませる兄貴の後頭部をはたいて正気に戻らせてから、俺たちは兄貴の行きつけだという大衆食堂に向かった。
「この店は、味は普通だけど、早い、安い、大盛りってのがウリでな。おっと、美女を連れてるんだから、もっとおしゃれな店がよかったか?」
「いや、見た目よりも結構食うからな。ここで問題ない」
ゲル子は人間基準では大食らいだし、花子は体相応に食が細いが、シャルムもあの胸を維持するためなのか女性にしてはよく食べるほうだ。さすがに男のときとは体質が変わったのか、こっそり下半身の肉付きを気にしていたりもするようだが・・・・・・。
俺は穀物を練った薄いパンに野菜や肉をくるんだものを注文し、ゲル子に焼肉(レア)を、花子に果物を注文してやった。兄貴はスープに入った麺料理、シャルムは魚の香草焼きの定食を注文したようだ。奴隷に見えるシャルムが同じテーブルにつくと給仕の女は少し怪訝な顔をしたが、兄貴は全く気にした様子もない。
「クルクはもう独り立ちしてるよな。この街に住むのか?」
「いや、実家の近くに拠点を構えてるよ」
「実家の近くか、ふーん」
「なんだよ」
「いやあ、乳離れできないなと思って。違うな、シスコンのほうか」
俺は運ばれてきた料理を口に入れながら、ニヤニヤ笑いをする兄貴を睨みつける。
「そういう自分はどうなんだよ。俺は『街に住む』なんて言って、急に家を飛び出してさ」
「まあな、おいらのほうはそれなりだ」
「それなりってなんだよ」
「独り立ちといってもまだガキだったからな、仕事もなくて一時期はひもじい思いもした。だけど、今はそれなりに生活できてるよ。まっとうな仕事とは言わないけどな」
まっとうな仕事といえないのはお互い様か。ひとまず死んでもいないし体も弱っていなさそうだ。俺たちにとってはそれだけで十分ってとこだな。
「この後、どうするんだ?街を観光でもするのか」
「いやいや、少しこいつらの服を買ったらすぐ帰るよ」
「ふーん、服ねえ」
兄貴は助平ったらしい目でゲル子達を眺めた後、そっと俺に耳打ちする。
「で、どの子が彼女なんだ?」
「ち・・・・・・違うぞ、みんな大事な仲間だから」
「なるほど『みんな』か。うらやましいことだな」
「ご、誤解だ」
「大丈夫だ、アマナに会うことがあっても、内緒にしててやるよ」
そんな風に馬鹿話をしながら、俺たちは食事を楽しんだ。味は普通という話だったが、そこそこうまかったように思う。店内が賑わっているのも当然ということか。
「じゃあ、おいらはこの後も仕事があるから。買い物楽しんでこいよ」
「ああ、へまはするなよ・・・・・・そうだ、実家にも顔見せろ。『実りの祝日』にでも帰れよ」
「そうだなあ、前向きに検討しておく」
ちょっと困ったような笑顔で答える兄貴に、俺は前から思っていた疑問をぶつける。
「なあ・・・・・・なんであの時、急に出て行っちまったんだ?」
「ん・・・・・・そうだな」
兄貴の長く節くれだった指が頬を掻く。俺の記憶では、その指は爺さんに何度も褒められるぐらいに『優秀』だったはずだ。
「嫌になっちまったんだよ、遺跡に行くのが。怖くなったんだ」
「ラジム兄ちゃん・・・・・・」
「お前は覚えてるのかな。おいらが独り立ちする年のことだったよ。山向こうのコタラの村が、危険種の魔物の襲撃で滅ぼされた。話を聞いた親父が討伐に向かったけど、村はもうなくなってて。親父も戦いでぼろぼろになって死にそうになったんだよ。あの、殺しても死にそうにない親父がだぜ」
「もちろん、覚えてる」
「そうだよな、おいらたちにとっちゃ家族が増えた日でもあるもんな。覚えてるよな・・・・・・」
そういうと兄貴は俯き、息を吐き出した。
「おいらはあの時、もうすぐ初めての遺跡に挑む予定だったんだ。でも、ぼろぼろになった親父を見て、怖くなっちまった。魔物に出くわすのが。おいら、親父のこと誰にも負けないぐらい強いと思ってた。兄さんだって、親父には全然かなわなかったし。だけど、魔物はそんな親父をぼろぼろにできるほど強いんだって。おいら、戦闘は得意なほうじゃなかったからさ。怖くて怖くて。遺跡に行くことを考えただけで、足がすくむようになっちまった。だから、こっそり家を出て街に住むことにしたんだ。あてなんてなかったけど、人がいっぱいいるなら何とか生活できるかもしれないってな」
兄貴の腕なら、人からくすねてでも生活することぐらいはできただろう。『ギルド』に目をつけられなければ、だが。
「おいらのすぐ下の弟、サリードは遺跡で死んじまったんだってな」
「知ってたのか」
「ああ、おいらと違って、剣の腕のたついい男だったのにな。まっすぐで、性格もよくて。あいつもあいつで、何か焦っちまったのかなあ。おいらは・・・・・・今の生活が正しいとはいわないけど、間違った選択をしたとは思わないよ」
そういって兄貴は何かを思い浮かべているかのように、青空に浮かぶ雲を見上げた。
「ねえねえ、これすっごくかわいくない?」
「そうですか?わたしはこちらのほうが目立っていていいと思いますが」
「もー、ゲル子センスわるーい!」
女同士の買い物というのは、なぜこんなに姦しいのか。人間も魔物もそこは変わらないらしい。庶民向けのやや懐に優しい服屋で大量の商品に埋もれながら花子とゲル子は嬉しそうにはしゃぎまわっている。
「お前らは、2着までだからな。それと・・・・・・気をつけろよ」
「分かってるって!」
周りの客や店員に正体がばれてはかなわない。迂闊に足(根)を出すなとジェスチャーで伝える。
「シャルムは決まったか?着替えも必要だろうから、部屋着も入れて何着かは買っていいぞ」
「だいたい決まったんだけど・・・・・最後の1枚で迷ってる。こっちがいいか、あっちにするか」
「どっちも地味じゃないか?せっかく美人になってるんだから、もっと華やかなやつにすれば?」
「ええっ?なんだかあまり女性っぽいのは恥ずかしいよ」
赤くなってもじもじするシャルムにアドバイスしようと、笑顔の店員さんが声をかけてくる。あ、この店員さん、ゴウプ族を見ても嫌がらないんだな。
「このお店は、お客様のように奴隷を飾りたいというオーナーの方も利用されますので、わたくしが対応をさせていただいております。残念ながら、試着などはして頂けないのですが」
俺の不思議そうな顔に気づいたのか、そういって笑顔を向けてくる店員さん。試着ができないのは、ゴウプ族が一度身につけたものは買うのを嫌がる人もいるからということのようだ。
「店員さんの服、セクシーだね」
「ありがとうございます。これもうちのお店の服なんですよ」
店員さんの服は、首の辺りまで布が覆っているものの、胸の辺りは小さな逆三角にくりぬかれている。飾りは少なくシンプルだが体にピッタリ添うようなデザインで、スカートには下着が見えそうなぐらい深いスリット。むきだしになったふとももは半ばまでつややかな素材のオーバーニーソックスで覆われていて、露出面積は少ないにもかかわらずかえって扇情的だ。
「いやあ、眼福眼福」
ついつい逆三角形のあたりに目を吸い寄せられてしまうな。見られ慣れてるのか店員さんは嫌がっている様子もなく、俺も堂々と楽しませてもらう。
「むぅ」
「あ、シャルム、すまん。えーと、決まったか?」
放っておかれたせいか、シャルムが不満そうな顔で腕組みをしていた。俺は会計を済ませようと一旦シャルムから服を預かろうとするが、シャルムは手に持っていた最後の1着を俺に渡さず、店の商品の中に戻してしまった。
「その服ください」
「へ?」
「お店の服なんだよね?最後の一着はその服にするよ」
どうやら店員さんの服を要求しているらしい。
「いや、だって、シャルム、こういうのは恥ずかしいから嫌なんじゃ・・・」
「いいんだ。絶対あれにする」
その瞳にはなぜか強い意志の光を感じる。シャルムよ、何がお前を駆り立てているのか。
店員さんは俺たちのやり取りにプッと噴出したが、プロらしくすぐ立ち直って同じデザインの服を持ってきた。色違いが何着かあって、シャルムはその中から白い色合いのものを選んだ。
「この服、薄く見えますけど意外と丈夫なんですよ。白鋼蚕の繭から取れる糸でできた素材なんです。お値段は少し張りますけど、肌触りもいいですし、とてもよい品ですよ」
そんな店員さんの言葉をききながら会計を済ませる。その1着は「お値段が張る」という言葉通り他の4着の合計の値段と同じぐらいの金額で・・・・・・売り上げの稼げた店員さんは上機嫌だ。
「・・・・・・申し訳ない」
会計をしているうちに冷静になったのだろう、シャルムが俺の財布を見ながら眉尻を下げる。
「元々はシャルムにもらった金なんだし、気にするなよ。その代わり、後でちゃんと着るんだぞ」
「うう、わ、わかった。とりあえずは家の中だけでもいいかな?」
「まあ、最初はそれでもいいだろ」
ゲル子と花子の分も会計を済ませてから、俺たちは店を出た。
その夜、遅く。家に戻ってから、我が家ではファッションショーが開催された。モデルはもちろん、いつもの3人。
ゲル子の服は朱色の上着にベージュ色のスカート。上着は胸元の開いたデザインで、下に着た黒いインナーが首元まで伸びてその色合いの組み合わせがきれいだ。
花子は細い肩紐で吊るした肩の出る水色のワンピース。寒いんじゃないかと思ったが、袖の膨らんだタイプの短い上着もセットになっているらしい。白いフリルが波のようでかわいらしい。
そしてシャルムだが・・・・・・。
「や、やっぱり、変かな?」
「いや、イイ。かなりイイぞ」
「そ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど・・・・・・」
当然ながら、シャルムには高かったあのセクシー服を着てもらった。本人はふとももが出るのが恥ずかしいようで、顔を赤くして半泣き状態だ。
「まさか自分がこんな服を着る日が来るとは思わなかった」
「そりゃま、今まで男だったわけだし」
「クルクくん、今、私のことを変態だと思ってないか?」
「いや、別に?」
シャルムの胸は店員さんよりもずっと豊かで、心なしか逆三角形が広がってはちきれそうに感じる。元々一部サイズが合わなかったので帰ってから自分で少し調整したらしいが。白い布地からはみ出る褐色の肌は扇情的で、たよりない布地をついつい引っ張ってやりたくなる。
「自分で欲しがったんだから、恥ずかしがるなよ」
そういってももの上の手をどけさせると、顔がますます真っ赤になった。
その晩。俺はそのままの格好で寝てもらっても一向に構わなかったんだが、シワになるとか恥ずかしいとかでみんな無難な部屋着に着替えていつもの並びで寝ることになった。ああ、ゲル子はスライム姿なのである意味一糸まとわぬ姿なんだが。
俺の脇の辺りに頭を擦り付けてくる花子を撫でながらウトウトしていたら、シャルムが後ろから話しかけてきた。
「今日会ったラジムさんってクルクくんのお兄さんなんだね」
「ああ、うちの3番目の兄貴だよ」
「そうか、家を出ていったって言ってたけれど、ずっと会ってなかったのかい?」
「ああ、俺の家は基本的に盗掘が商売で、皆15歳で独り立ちして家を出ることになってる」
俺は実家のしきたりを簡単に説明する。
「ラジム兄ちゃんの時までは確か、近くの遺跡に2階層まで入って帰ってくることが一人前になるための試練みたいになってた。兄ちゃんも遺跡に入る日が決まってたんだけど、その前日に急に「街に住みたい」とか言いだして、夜の間にいなくなっちまったんだよ。俺たちは探そうって言ったんだけど、どうせ独り立ちの時期だったからいいってじいちゃんが言って、そのまんまだな」
街はそれほど離れているわけでもなく、探そうと思えば探せたし、帰ろうと思えばいつだって帰れた。でもそんな別れ方だったから、そのまま会うことも連絡を取ることもなく、何年もが過ぎてしまったわけだ。
「だけど、この間親父が急に兄ちゃんの名前を出したんだよ。いきなりだからびっくりしたけど、やっぱり親父も気になってたんだろうと思ってギルドに伝言頼んだんだ。あんなところで会うとは思わなかったけどな」
「会えてよかったね」
「そうだな、少しは気になってたから、よかったと思う。でも、サリード兄ちゃんが死んだこと知ってたみたいだからうちの誰かとは連絡とってたのかもな」
サリード兄ちゃん。俺の4番目の兄貴で、兄弟で一番剣の腕がよく、かっこよくて俺たちの自慢の兄貴だった。だけど、独り立ちして1年経つか経たないかってぐらいに、遺跡に入ったまま帰って来なくなってしまった。遺体もないままで葬式もしたけど、いつまで経っても実感が湧かなかったな・・・・・・。
「コタラの村の話もしてたよな。俺の実家の山ひとつ向こうにあった小さな村だよ。母さんの妹が嫁に行った場所なんだが、変異した魔物に滅ぼされた。親父が気づいて助けに行ったときはほとんど村は焼けていたそうだ。叔母さんのことはほとんど会ったこともなくて俺はよく覚えてないんだけど、あの時親父が死にかけたってのは覚えてる。魔物は親父でも倒せなくて、国から兵士が派遣されて退治されたとかだったかな。すごく強力な魔物だったみたいだから、兄貴が怖気づいたのも分かる気がする」
「そうか・・・・・・危険種の魔物の被害にあった村や街は、私も見たことがある。つらいものだ」
「ある意味、災害みたいなもんだからな。どうしようもなかったと思うしかないんだろうが」
肉体的に傷ついた親父を見るのもつらかったが、いつも自信にあふれた親父が自分の無力を嘆いていたということのほうが印象に残っている。それまで俺たちは、世の中で親父が一番強いのだと思っていたから。
「コタラの村はなくなったが、わずかに生存者がいた。その中には叔母さんの子供もいて、母さんがその子供を引き取ることにしたんだ」
俺と同じような年頃の、栗色の髪のよく似た二人の子供。1人は暗い眼をしてうずくまり、もう1人は何もかも忘れて無邪気に笑っていた。
「その子たちは、今は?」
「ああ、1人は出て行ったけど、1人はうちにいるよ」
「そうか」
そんな話をしたせいか、その日は久しぶりに兄ちゃんたちの夢を見た。




