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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第47話:継ぎ手の証明

銀色に煌めく切断の嵐を、七色の光条が一瞬にして貫いた。


 ルークとセラのふたつの魂が編み上げた巨針——『天衣縫合・氷晶の大針《パッチワーク・ニードル》』。

 天橋を揺るがす轟音とともに射出されたその光針は、空間を切り裂くのではなく、空間に生じたあらゆる亀裂を縫い閉じながら、一直線にギルフォード・ヴァルシュタインへと迫った。


「無駄だと言っているッ!!」


 ギルフォードが叫び、魔導指揮刀を水平に一閃させた。

 男の全魔力を注ぎ込んだ絶対切断の刃糸が、網目となって氷針の切っ先へと激突する。


 キィィィィィィィンッ!!


 甲高い衝撃音が大気を震わせ、氷針の先端が音を立てて十文字に両断された。

 切断の法則は完璧だった。分子の結合は確かに寸断された。

 だが——


「な……に……!?」


 ギルフォードの双眸が、驚愕に見開かれた。

 両断されたはずの氷の切断面から、無数の白銀と黄金の魔糸が弾け飛んだのだ。

 切られた端から、ルークの接糸(せつし)が切断面を再結合していく。

 それだけではない。切断によって生じた衝撃波とギルフォード自身の刃糸の魔力が、パッチワークの縫い目へと瞬時に吸収され、氷針の推進力へと転換されていた。


 切断されればされるほど、針はより強固に、より巨大に、速度を増して突き進む。

 壊されることを恐れず、傷つくたびに当て布をして蘇る——それこそが、ルークの『継ぎ接ぎ』が持つ不屈の真髄!


「壊れたなら……何度でも縫い直すッ!!」


 ルークの咆哮が、大渓谷の暴風を圧した。

 氷針がギルフォードの指揮刀の刀身を捉えた瞬間——


 バァァァァァンッ!!


 名門ヴァルシュタイン家に代々伝わる名剣が、耐えきれずに粉々に砕け散った。

 無数の刃糸がプツプツと音を立てて千切れ、処刑人の胸元へと七色の切っ先が深々と突き刺さる。


「ぐ、あぁぁぁぁぁッ……!?」


 ギルフォードの体が天橋の石畳を滑り、黒水晶の杭の根元へと叩きつけられた。

 だが、男の胸から血は流れていなかった。

 氷針は肉体を貫いてはいなかった。

 ルークが放った七色の魔糸は、ギルフォードの心臓部——長年にわたって『絶対切断』の反動を浴び続け、ズタズタにほつれ、軋んでいた男自身の魔力回路を、優しく、緻密に縫い合わせていたのだ。


「が……はっ……!? な、何だ、これは……」

 ギルフォードは胸を押さえ、荒い息を吐いた。

 冷え切っていたはずの体内に、信じがたい温もりが広がっていく。

 完璧主義を貫くため、痛みも感情も切り捨て、ただ冷酷な刃糸を操り続けてきた代償として、自らの体を蝕んでいた慢性的な魔力壊死。

 そのすべての傷口が、色とりどりの不揃いな魔糸によって、丁寧に塞がれていく。


「……私を、直しただと……? 敵である、この私を……!?」


「直すのが、僕の魔術ですから」

 ルークは息を切らしながら、静かにギルフォードを見下ろした。

「どんなに冷たく切り刻む刃でも、元々は世界を仕立てるための糸だったはずです。……あなたの魔術も、心も、壊れたまま終わらせたくありませんでした」


「馬鹿な……不完全な……出来損ないの分際で……」

 ギルフォードの手から力が抜け、純白の手袋が石畳に落ちた。

 男の瞳から、それまでの絶対的な冷酷さが消え失せ、底知れぬ茫然自失の色が広がっていた。


「叔父様」

 セラが歩み寄り、静かに視線を交わした。

「私は、ルークに教えられました。完璧でなくても、歪んでいても、人は互いを繕い合って生きていけるのだと。……さようなら、ヴァルシュタインの処刑人。私はもう、二度とあなたの敷いた冷たい世界には戻りません」


 ギルフォードは何も言い返せなかった。

 ただ、自らの胸の奥で脈打つ、温かな継ぎ接ぎの鼓動に、震える指を当てることしかできなかった。


     * * *


 だが、安堵の時間は一瞬すら与えられなかった。


 ドゴォォォォォォォォォンッ!!


 大渓谷の底が、まるで天地がひっくり返ったかのように激しく爆震した。

 黒水晶の大封印杭が、中央から真っ二つに圧し折れ、巨大な轟音とともに谷底へと滑落し始めたのだ。


「しまっ……! ギルフォードの刃糸で切られた亀裂が、杭の自重に耐えきれなくなったんだ!」

 ガレットが叫ぶ。


 杭が折れた瞬間、大渓谷の奈落から、空を覆い尽くすほどの漆黒の瘴気が噴煙のように立ち昇った。

 その黒雲の中から現れたのは、巨大な山岳ほどもある超弩級の上位ほつれ(アンレイヴ)の本体だった。

 無数の千切れた腕と怨嗟の顔が蠢く、旧世界の崩壊の残滓。

 それが、西大陸の境界を支える大封印杭を完全に貪り食おうと、巨大な顎を開いて天橋へと迫る!


『オオオオオオオオオオオッ!!』


「第二結節点が崩壊します!」

 ミーシャが悲鳴を上げた。

「これが折れたら、西大陸全土の世界帷(せかいい)が裂け、何十万人もの人々が深淵に飲み込まれます!」


「ルークッ!!」

 ヴァルドが叫び、折れかけた杭の切断面へ雷糸を伸ばすが、あまりの質量に焼き切られてしまう。


「間に合わせる……絶対に、間に合わせるんだ!!」


 ルークは折れて谷底へ落ちていく数十トンの黒水晶の頭頂部へ向けて、迷わず飛び出した。


「ルークッ!?」

 セラの叫びを背に、ルークは空中で右手にはめた古い革の指貫を天へと突き上げた。


 母ステラの言葉が、脳裏に木霊する。

 ——『あの子は、世界中の壊れたものを抱きしめ、繋ぎ合わせるための唯一の継ぎ手になる』。


「僕には、火を織ることも、雷を織ることもできない! でも……繋ぐことなら、誰よりもできるんだァァァッ!!」


 カッ……!!


 ルークの右目が眩い白銀に、左目が神々しい黄金に、同時に極限の輝きを放った。

 両目の色が反転し、原初の紡ぎ手の紋章が瞳の奥に浮かび上がる。

 ルークの全身の毛穴から、何千、何万、何億本もの光の魔糸が、星雲のように大渓谷全体へと解き放たれた。


「解糸(かいし)——世界の断裂を捉えよ! 接糸(せつし)——あらゆる境界を縫合せよ!!」


 空中で、ルークの魔糸が落下する黒水晶の巨杭を捉えた。

 だが、杭の重さとほつれの引力は凄まじく、ルークの細い腕がミシミシと悲鳴を上げ、皮膚から鮮血が滲み出す。


「くっ……ぐあぁぁぁぁぁッ……!」


「一人で背負わせるわけ、ないでしょう!!」


 銀色の閃光が、ルークの背中を抱きしめた。

 セラだった。

 セラは空中に氷の足場を連続して織り上げ、ルークの体をしっかりと支えると、自らのすべての氷魔糸をルークの指貫へと接続した。


「私の糸を使いなさい、ルーク! あなたの当て布に、私を使いなさい!」


「俺の剣もだッ!」

 ガレットが天橋の縁から剛剣を突き立て、紅蓮の魔力を光のロープにしてルークへ繋ぐ。


「私の記述術式も使ってください! 古代の結節構造をすべて転送します!」

 ミーシャの青白い魔導文字が、光の帯となってルークの周囲を取り巻く。


「……親父の創る偽りの世界など、俺の手で終わらせてやる! 持っていけ、ルーク!」

 ヴァルドのプラチナの雷光が、天を裂いてルークの全身へと注ぎ込まれた。


 氷、炎、知識、雷——

 不揃いで、凸凹で、決して教科書通りの美しい織物ではない。

 けれど、互いを信じ、互いの傷を補い合う、五人の魂のパッチワーク。


「みんな……ありがとう!!」


 ルークの涙が光の粒子となって散った。

 五人の魔力を束ねた七色の魔糸が、大渓谷の底へと突き刺さる。


「原初大縫合——『|万象修繕・世界の継ぎ接ぎ《グランド・パッチワーク》』ッ!!!!」


 ピカァァァァァァァァァッ!!


 虚無の大渓谷が、昼よりも眩い七色の光で満たされた。

 落下していた黒水晶の巨杭が、まるで逆再生のように大気の中で停止した。

 折れた切断面から無数の光の根が伸び、台座の結晶と噛み合わさる。

 七色の魔糸が、巨大な針となって結晶の亀裂を一針、一針、力強く縫い合わせていく。


 ギギギギギ……パチンッ! カチィィィンッ!!


 黒水晶は、かつての黒さを脱ぎ捨て、七色に輝く奇跡の結晶石へと生まれ変わった。

 さらに、ルークの魔糸は大渓谷そのものへと広がり、谷底から這い上がってきた巨大な上位ほつれを、優しく、柔らかく包み込んだ。

 破壊するのではない。

 行き場を失い、千切れて狂気に沈んでいた旧世界の意識を、温かな縫い目で抱きしめ、大地へと還していく。


『ア……アァ……』


 ほつれの巨体が、安らかな光の粉となって虚空へ溶けていく。

 そして、大渓谷の頭上に広がっていた紫色の亀裂が、綺麗な幾何学模様のパッチワークの光となって縫い合わされ、完全に閉ざされた。


     * * *


 静寂が、大渓谷に戻ってきた。


 吹き荒れていた暴風はピタリと止み、谷底からは温かな大地の息吹が立ち上っていた。

 天橋の中央に、再生された第二結節点の七色巨杭が、力強く天を突いてそびえ立っている。


 ドサリ、とルークの体が前のめりに倒れかけた。

 全魔力を使い果たし、指一本動かせない完全な脱力。

 だが、その体が冷たい石畳に落ちる前に、柔らかな温もりがそっと抱き留めた。


「……よく頑張ったわね、ルーク」


 セラだった。

 セラはルークの頭を自らの胸元に抱き寄せ、その泥だらけの頬を愛おしそうに撫でた。

 その瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ち、ルークの頬を濡らした。


「直せたよ……セラさん。第二の結節点も……みんなの世界も」


「ええ。見たわ……世界で一番美しい、奇跡のパッチワークだったわ」


 セラは泣きながら、けれど世界で一番幸せそうに微笑んだ。

 駆け寄ってきたガレットがルークの肩を叩いて大笑いし、ミーシャが手帳を胸に抱いて涙ぐみ、ヴァルドが静かに満足げな笑みを浮かべていた。


 天橋の向こう、茫然と立ち尽くしていたギルフォードが、修繕された七色の巨杭を見上げ、震える声で呟いた。


「……これが……『継ぎ手』の力か……アーヴェル様……貴方の創ろうとしている完璧な世界は……最初から、この少年の一針にすら及ばなかったのだ……」


 西の空に、夕焼けが美しく広がっていた。

 帝国に追われ、出来損ないと呼ばれた少年少女たちは、確かに世界の命をその手で繋ぎ止めたのだった。

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