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智識神の封印書庫  作者: 文月沙華
少女と精霊

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2話

 教室の扉を開き、足を踏み入れる。


 誰かと話したりはしない。真っ直ぐに教室の後ろを目指し、途中で近くを通ったクラスメイトたちとだけ軽く挨拶を交わす。

 ミレナは教室の一番後ろ、入口に近い側の席を選んで座る。ここに座れば、あまり人に見られることもないし、教室の中心も通らなくて済む。


 そう、教室の中心部。

 ちらりとだけ確認する。視線を向けなくても声だけを聞けば、いや、声を聞かなくてもそこに誰がいるかはわかる。いつも同じ、教室の真ん中ではクラスの中心的なグループ――リディアたちがいて、今度のお祭りについて楽しそうに盛り上がっていた。


 内心では以前のようにリディアに声をかけてもらいたがっている自分がいることもわかってしまい、また憂鬱な気分になる。お祭りだったら孤児院の兄弟たちと行ったこともあるし、私も混ざれる話題なのに声はかけてもらえない。あの輪の中にもう一度迎え入れられて、励ましてもらえることを未だに期待してしまう自分が、何より情けなくて許せなかった。


 誤魔化すように鞄から本を取り出し、内容が入ってこない文字の羅列に目を向けた。


 ふと、教室の窓から強い風が吹き込み、カーテンが大きく揺れる。そういえば、今日は登校中も風が強かった。鬱陶しく思ったのか、席の近かった生徒が立ち上がって窓を閉めた。


 あの子は……たしかアーシャって名前だった。アーシャ・ルクシアだ。


 鈍い灰色の、宝石みたいな二本の角。右手の甲も微かに宝石のようなものに肌が覆われている。瞳の白目の部分が真っ黒で、目が合うとちょっとドキっとする。

 アーシャはルシス族だ。基本的には洞窟や深い森の奥に住んでいる種族で、ヒュームの社会にいるのはかなり珍しい。私も存在は知っていたけれど、実物はこの教室で初めて目にした。

 初めて目にした時、思わずその角に目を奪われたのを覚えている。


 あの子もリディアから声をかけられていたけれど、人と関わり合いになりたくないらしく、私と違って相手にしなかったみたいだった。それから、今日までずっと一人でいる。リディアたちの噂によれば、あの子はルシスでは良い家の生まれで、この学校には留学してきているらしい。


 自分から一人を選んだあの子と、一人になってしまった私では全然違う。そんな考えがよぎり、それ以上考えたくなくて本に集中しようと視線を落とす。


 シェラトゥ教団の寄宿学校は、男女で校舎がはっきりと分けられている。講堂や特別教室の集まる校舎など、一部の例外を除いて男子は男子、女子は女子の生活圏で生きている。女子だけの教室はこんな感じだけど、男子だけの教室はどんなものなんだろうと、孤児院にいた兄弟たちを思い出しながらぼんやり考える。


 遠くで、授業開始を告げる鐘の音が鳴った。


* * *


 午前中の授業はつつがなく進行した。


 授業は嫌いじゃない。座っていることも、話を聞くことも、昔から苦にならなかった。孤児院にいた頃は、ただ兄弟姉妹たちと比べてそうなのだと思っていた。けれどこの学校に通い始めて、学ぶことを望んで集まった同世代の子供たちの中にいても、それは変わらなかった。


 授業の合間の短い休憩時間に、先ほどとったノートを簡単にチェックする。文明史の授業で、今日の内容は私たちの住んでいる双層都市の成り立ちについてだった。成り立ちといっても大昔の話。まずは安全を求めた人々が上層のある台地に集まり、少しずつ人が増えて下層にも住居が築かれていった。その後、災厄と呼ばれる獣が暴れて一度下層が全滅したこともあったという、嘘か本当か怪しいおとぎ話みたいな内容だ。


 正直に言うと、退屈な授業だった。おとぎ話というのは比喩ではなく、実際に子供に聞かせるおとぎ話として扱われている話でもある。子供の頃から何度か聞いたことがある話を、今更学校で習いたいとは思わない。新しい情報も特になかったし。


 誰にも気付かれない程度のため息をつき、ノートを片付ける。


 文明史の授業は退屈だったけれど、次の授業は楽しみにしている内容だ。魔術戦闘の実践授業。今までは基礎の授業だったけれど、今日からは実践になって先生も新しい人になる。戦闘の授業はあまり好きになれないけれど、それでも新しい授業となると好奇心のほうが勝る。

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