13話
傭兵として成功するまで孤児院の世話にはなりたくない。
そう思っていたのに、怪我が治るまでの間は世話になるしかなくなってしまった。なにせ、今の僕には自分の治療費すら払えないのだ。
それでも、思ったほど悪い気分ではなかった。報酬も実績も得られなかったけど、何かを成し遂げた気分になるには十分な出来事だったし、実際に何かを掴めたような感覚もあった。まだその正体がはっきりとはわかっていないけれど、次以降はもっと上手くやれそうな感触もある。
そんなわけで、お金がなく病床から動けないにも関わらず、僕の気分はそれほど沈んではいなかった。
院長が切ってくれた林檎を頬張りつつ、手元の本を捲る。フェルと一緒に戦って使い魔に興味を持って院長が持っていた本を貸してもらったのに、文章が古くて読みづらい。専門的な単語も多く、僕には少々難解な内容だ。
なんだか疲れを感じ、読むのを諦めて本を閉じる。それをベッド脇のサイドテーブルに置いてから大きく伸びをした。
傷の痛みはもうほとんどなかったが、医者からはもうしばらく安静にしておくように言われている。そのため、今の僕はかなり退屈していた。
改めてベッドに横になり、何かやることはないか、それともまた一眠りするか、そんなことを考えていた時。部屋の窓が軋む音が聞こえて顔を上げると、ちょうど窓から黒い猫が入ってきたところだった。
最後に会ってからそんなに経ったわけでもないのに、大きな蒼い瞳が妙に懐かしく感じられた。
「元気そうだな」
「フェルも元気そうでよかった」
フェルは窓枠からひらりと跳び、僕の寝ているベッドに着地する。優雅さも感じる余裕のある所作を見て、怪我が治ったことを実感して嬉しくなる。
ふと、首輪に巾着が結び付けられていることに気が付いた。僕の視線に気付いたフェルが、首輪から解いて中身を確認するよう言う。僕は言われた通りにした。
中には数枚の金貨と、指輪が入っていた。
「これは?」
「オレの主人から、今回のお前の働きに対する報酬だ」
僕は驚いて、目を丸くした。
当初の猫探しの報酬よりも遥かに多い。そもそも、あれはフェルの頼みを聞いただけで、依頼を受けたわけじゃなかったのに。
「いいの?」
「貰っておけ」
フェルはぶっきらぼうに言った。なんだかちょっと機嫌が悪くなったのかと思ったけど、続く言葉でそうではないことがわかる。
フェルはベッドに身体を伏せ、耳を寝かせて頭を下げた。
「今回はオレの問題にお前を巻き込んで済まなかった」
また驚いて、先ほどよりも目を丸くすることになってしまった。
フェルが、僕に頭を下げた?
なんだかんだ、僕は巻き込まれた側だし、感謝はしてくれていると思っていた。けれど、頭まで下げるというのはなんだか意外だった。せいぜい、いつもの調子で一言二言お礼を言われて、それで終わりだと思っていた。それすらないかもしれないと思ったほどなのに……。
フェルは頭を上げ、なんだかばつが悪そうに言葉を続ける。
「主人からこっぴどく叱られてな。私の手を借りないのは勝手だが、そのせいで他人に迷惑をかけるなと、きちんと謝罪してこなければ餌抜きだと言われたよ」
フェルは面倒くさそうに溜息をついた。不服そうだけど、言われた通りにはするんだなと思うとなんだかおかしくて笑ってしまった。
そういえば、主人とリンクが繋がっていると感覚を共有できるんだったっけ。今も監視されているのだろうか?
「あれは僕から手伝うって言ったんだし、気に病む必要はないよ。むしろこっちこそ、足を引っ張ったみたいで申し訳なくて」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
疲れた様子のフェルというのはなんだか新鮮だった。叱られたというのは本当なんだろう。
せっかく会いに来てくれたんだし、いくつか気になることもあったから聞いてみることにした。
「僕が気絶した後、どうなったの?」
「ん、ああ。ミアは無事に飼い主のところに帰されたよ。あの後、騒ぎを聞きつけた衛兵たちがやってきてな。オレとお前を病院に運んだのも衛兵だ」
猫が無事に帰ったのは、お礼の花を貰っていたから知っていた。事情を説明してくれたのがフェルだということも。
「それから、猫を誘拐したやつらのうち、倉庫で見張りをしていた下っ端二人についてはその場で衛兵に捕らえられたよ。もう一人、オレたちを圧倒したアイツは……」
続きを話すのに少しだけ間があった。
「あの場では逃げられたんだけどな。後で死体で発見されたよ。自分のナイフで自分を刺していたらしい」
自分で自分を……?
どうしてそんなことをしたのか気になるけど、フェルにもわかるはずもない。逃げきれないと踏んで……ということだろうか。それにしたって、自ら命を絶つほどの重犯罪とも思えないし、そんなタイプにも見えなかった。
気にはなったけれど、フェルに聞いても仕方のないことだろうと思い、この話はここまでにすることにした。解決して犯人も捕まるか死亡したのであれば、もう気にする必要はないだろう。
「じゃあ、この指輪は?」
フェルが持ってきた巾着に入っていた指輪だ。フェルの主人からの報酬の一つ。
「ああ、それは特殊な合金で出来ていてな。魔力の伝導率が他の金属よりも良くなっていて、術式を刻み込むのに向いているらしい」
え、それって一緒に入ってた金貨よりもよっぽど高価なものなんじゃ。
金貨だけでもかなり高額な報酬のはずなのに、もしかしてフェルの主人ってすごい人なのか?
「えっと、本当に良いの?」
「良いんだよ。命がけの仕事の報酬としちゃ妥当だろ」
なんでもないことのように言って、フェルは小さく欠伸をする。
貰いすぎて申し訳ないような気持ちになり、林檎の余りを皿ごと差し出してみた。
「お、いいのか?」
こくこくと頷く。
林檎を一切れ齧り、あむあむと頬張るフェルをみてなんだか和んでしまった。食べさせてから思ったけど、猫って果物を食べても平気なんだろうか?
使い魔だし気にしなくていいのかな。まぁ、本人が普通に食べてるから別にいいか。普通の動物と違って、そのあたりは自分で判断できるだろう。
林檎を一切れ食べ終え、口の周りと前脚をぺろぺろと舐めながら、フェルはこちらに視線を向ける。なんだか何か言いたそうな雰囲気を感じて次の言葉を待つ。
「お前、これからどうするんだ?」
「これからって?」
「傭兵なんだろ。助けてもらっておいてなんだが、今のお前は傭兵として十分な実力を備えているようには思えなかったぞ」
かなりストレートな物言いだけれど、不快な気持ちにはならなかった。フェルらしいし、なにより事実だし。
けど、これに関しては僕にも言えることがある。
「実は、僕の師匠にって父さんの友人を紹介してもらえる予定なんだ」
紹介してくれたのは院長だ。ちょうどその人が街に来てる時に僕が大怪我をして帰ってきて、傭兵としての師匠を頼んでくれたらしい。その人も快く引き受けてくれたとか。
剣技にしろ魔術にしろ、傭兵としての心得にしろ、僕のはほとんど我流だったから誰かに教えてもらえるのはすごくありがたい話だった。
「そうか」
それだけ言って、フェルはベッドの上で丸くなり、僕の腰のあたりに背中を預けて目を閉じてしまう。
「魔術であれば俺も多少は教えられる。ほとんど主人の受け売りにはなるがな。たまに様子を見に来てやるよ」
「ありがとう」
嬉しくなって、フェルの背中を何度か撫でた。
話し相手も眠ってしまうようなので、僕も一緒に一眠りすることにする。
ベッドに潜りなおし、フェルの柔らかい毛並みに手を添えて目を閉じた。
* * *
「加減はどうですか」
アシェルが休んでいる部屋の扉を開けながら、院長は声をかけた。
返事はない。ベッドの上では、一人の少年と一匹の猫が、仲睦まじく穏やかな寝息を立てていた。
嬉しくなって目を細め、二人の寝顔を覗き込んで微かに微笑む。
サイドテーブルに置かれた空になった皿だけ回収し、音を立てないように部屋から出て、そっと扉を閉めた。




