レオナルド・ベル・レイムーン公爵①父
母からは反対されたが、私がとてもいい情報を掴んだことは間違いない。庶民の武闘大会!最高ではないか。
思わず廊下をスキップする。4歳という年齢だからこそ、スキップしている姿を人に見られても全く恥ずかしくない。
そして、父の書斎の前で立ち止まると、ドアをノックした。
「入っていいよ」
のほほんとした父の声が聞こえて、中に入る。父は私の姿を見ると相好を崩して、椅子から立ち上がった。
「僕のかわいいエル。どうしたんだい」
父は私のもとに近寄ると、軽々と私を抱き上げて頬にキスをした。
父は赤毛に琥珀の瞳という、なかなか整った容姿をしている。甘いマスクのイケメンに分類されるだろう。今日は仕事のせいか元気がないように見えるが、それでも父のルックスは間近で見ても非の打ち所がなかった。うん、母が惚れてしまったことも納得できる。
・・・実の父に対してこんなことを思うのも、きっと佐藤綾の記憶があるからだろう。
父の頬に自分のぽてっとした手を添えて、私はキスを返した。父の琥珀の瞳を真っ直ぐに見る。
「父様は、武闘大会に出ていたのですよね。庶民の」
そして、さっそく本題に入った。
「え・・・?」
私の突然の質問に、父がかすかに目を泳がせている。
「なぜそんなことをエルが・・・」
「わたし、武闘大会を見てみたいのです!庶民の!」
重要なことなので、『庶民の』のところを強調する。
私は手をそろえて顔の横にくっつけ、お願いのポーズを取った。母がダメなら、父を籠絡するしかない。
「どうして急にそんなことを思いついたんだい?それに僕がお忍びで出ていた大会のことまで・・・」
「やっぱり出ていたのですね!どんな大会だったんですか?」
キラキラと目を輝かせた。こんな身近に貴重な情報源がいたなんて。
「いや、出ていたというか・・・。そもそも誰からそのことを聞いたの?」
「それは・・・」
母から秘密と言われたばかりなのに、すぐにばらしてしまうことに抵抗がないわけではない。それに、両親の恋愛事情は謎が多すぎる。なぜ、母の恋情があそこまでこじれたのか。
両親の恋愛事情は、もう少し事情を確認してから処理したい爆弾だった。
でも自分のために、庶民の武闘大会の情報は欲しい。
「父様には秘密と約束したのです」
「誰と?」
私は悩んだ。悩んだが、しかしそこは悪女の血が勝った・・・ということにした。
「エルが言ったってこと、秘密にしてくれますか?母様に怒られちゃう・・・」
「母様?」
私はしまった、という顔を作る。うん、全ては悪役の血である。
困惑した顔をしている父を手招きして、私は父の耳元に顔を近づけた。
「母様は父様のことが、とっても大好きなんですって」
そう言って、父の耳元から離れると、私は口を抑えてふふっと笑った。
「シャーリーが・・・?まさか。そんなはず・・・。母様が直接エルにそう言ったのかい?僕のことが好きだって」
シャーリーは母の愛称だ。
私は笑顔でうなずいた。母が父のことを好いてるという事実は、私にとっても嬉しいことだった。
父は眉を寄せて混乱している。私は手足をばたつかせた。
私が腕の中で暴れたことで思考の世界から戻ってきた父は、私を近くの長椅子の上におろした。父が私の隣に腰掛ける。
「父様、武闘大会の話が聞きたいですわ!庶民の!」
私は興奮して腕を振ってせがんだ。
私の様子に父は困ったように頬をかいた。
「分かった、分かったよ。・・・そうは言っても、昔はいろんな大会に出ていたからなぁ。
父様の一族は騎士がたくさんいる家系でね。いくつか大会のタイトルを取って力を示さないと、一人前として認めてもらえないんだ。武者修行でこっそり庶民向けの大会にも出たんだけど、貴族の大会とは違って、荒っぽい大会ばかりで・・・」
「キシェラ区の話がいいです」
「キシェラ区?当時、住んでいた屋敷からは遠かったから、1度しか出たことがないけど・・・。キシェラ区はもともと治安の悪い地域だから、強い奴が多かったなぁ」
「強い人!」
「決勝であたった相手が群を抜いて強くてね。正直負けるかと思ったけど、ギリギリで勝てた記憶があるよ。もう一回戦っていたら分からないなぁ」
私は長椅子に手をついて身を乗り出した。クッションにシワがよる。
「相手のお名前は覚えていますか?」
「うーん、確かゴードンだったと思うよ。なんでもキシェラ区の自警にあたっている一族みたいでね。確か、ファミリーネームはロ・ルキだったかな。ほんと荒くれ者、みたいな容姿でね。顔に傷があった」
私はぱん、と手を合わせた。ファミリーネームが出てくるなんて、父の記憶力に感謝だ。脳内の盟友候補者リストに書き込む。しかし私は貪欲なのだ。
「もっと他にも聞きたいです!!どんな強い人たちがいたのですか」
私は父の手を引いてせがんだ。あまりの私の勢いに、父が若干顔を引き攣らせている。しかし私はめげない。目をキラキラさせて再度お願いのポーズを取った。
「そ、そうか・・・。あとはそうだな」