ロ・ルキとブラッド・ベル・レイムーン子息について①キシェラ区のマフィアと兄
ベガ。クールガー。そして、ロ・ルキ。
父から出てきた名前の中で、このあたりが自分の盟友にふさわしそうだと目をつけた私は、さっそく調査に乗り出していた。
前世の記憶を得たことで、アドバンテージが取れたことの一つに、魔法スキルの継承がある。前世のエルチェカが17歳で死ぬまでに習得した魔法や、それに付随する能力が、4歳の私にも付与されていた。
このチートスキルをフル活用して調べたあげた結果を、脳内で反芻する。
ベガは何代か前に潰えたのか、今は消息不明だった。
クールガーについては、血筋の特徴なのか暴力的な性格で、軒並み刑務所に入っていた。
ルキ一族だけが唯一、今でも地元のキシェラ区で尊敬を集めている。
クールガーの家系は、爪弾き者という点で、世間的にしがらみがなく、そこは破滅回避の盟友としてふさわしい。しかし、何をするにも派手で利己的らしく、公衆の面前で罪を犯すことも日常茶飯事とのこと。警察に捕まってもヘラヘラ笑っているというサイコパスっぷりだ。そこまでアウトローな人間を私がコントロールできるのか・・・。手懐けられず、ヒロイン側に寝返られたら抜身のナイフと同じだ。
ロ・ルキについては、周囲からの人望が厚い点で信頼が置ける。彼らの存在が裏社会に秩序をもたらしており、夜闇の豹という通り名があるらしい。家族の繋がりがかなり強く、ルキ家は一族相伝の完全な親族経営だった。おそらく、現代風に言えばマフィア的な存在だろう。そこまで強い繋がりの中で生きてきた人間が、いざという時、家族を捨てて私に付いてきてくれるか・・・。
きっとこれは正解がない問題だ。答えがわかるのは13年後、私が断罪される時だろう。
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今日は家族そろって屋敷の庭でピクニックしていた。芝生にシートを敷いてみんなでランチを食べている。
私はサンドイッチを食べながら、うーんと首をひねった。最近はずっと、盟友問題に悩まされている。
「おい、ブサイクな顔になってるぞ」
兄のブラッドが私に向かってうんざりしたように言った。明らかに侮蔑の表情を浮かべている。かわいい妹に対してあまりの態度だ。
ブラッドとは昔から仲が良くなかった。物心ついた時から嫌われていたように思う。その証拠にゲームの中でブラッドは、他ルートと同じように私を断罪して修道院送りにした。家族なのに、他の攻略対象と全く同じ仕打ちだった。
私が一度目のエルチェカとして体験したのは、ミラルートの展開である。ブラッドルートについては、佐藤綾がプレイしたゲームの知識として知っているだけだ。そのためブラッドとのやりとりを、ミラとの記憶ほど鮮明に感じることはできない。しかし、ゲームのブラッドルートでも私はかなり傷付いたに違いなかった。
なぜでそこまで憎まれていたのか。
ブラッドの心を計り知ることはできないが、考えられることとして、例の噂があるだろう。ブラッドは母の不貞の子だ、という噂のことである。
ブラッドは、黒い髪に深緑の瞳を持っている。つまり父の特徴を受け継いでいない。心無い人間は、黒髪は浮気相手からの遺伝だと噂した。そのせいでブラッドは、長男ではあるが、正当なレイムーン家の跡取りでないと陰口を叩かれていた。
一方私は、母の髪色、父の瞳の色である。両親の子であることが明白な私を見るたびに、ブラッドは嫌な噂を思い出したのかもしれない。
ブラッドから憎まれ口を叩かれるたびに、次第に私も言い返すようになった。それからは顔を合わせるたびに嫌味の応酬。私が自分からブラッドの髪色を引き合いに出して、悪口を言ったこともあった。・・・今思えば、本当にひどいことをした。
私の本心を打ち明ければ、ブラッドとは仲のいいきょうだいになりたかった。
関係がおかしくなってからは諦めていたが、子どもの時は兄と遊びたくて仕方なかった。遊びに誘って、ブラッドから断られるたびに、ギャン泣きしていた記憶がある。
ブラッドルートで私がヒロインのソフィに嫌がらせをした理由に、自分が欲しくても得られなかった兄の愛を、彼女が惜しみなく受けていたことがあったと思う。
もちろん、どんな理由があってもやっていいことと悪い事があるので、自分の行動を正当化するつもりはない。ほんと、反省・・・。
「兄さま、ごめんさない」
何に対する謝罪なのかわからない声を出し、私はうつむいた。
「・・・顔にケチャップがついている」
ブラッドがナプキンで乱暴に私の口元を拭った。地味に痛い。
「あ、ありがとう、ございます」
乙女ゲームのヒーローなら、もっと優しくケチャップを拭えないのだろうか・・・。攻略対象として、女の子みんなをキュンとさせられるくらいの度量がないと困る。ブラッドはゲームの中で、クールキャラに属していたので、この不器用な感じがうけたりするのだろうか。
私は赤くなっているであろう自分の口元を隠した。
「お前はもう少し、公爵令嬢として自覚を持った立ち振舞をしろ」
ぶっきらぼうにそう言ったブラッドは、確かにサンドイッチをキレイに食べていた。
しかし、ブラッドは6歳、私は4歳だ。できることに違いがあるのは当然・・・のはず。
「あぁ、僕たちの天使は、どうしてこんなにかわいいんだろう。ね、シャーリー」
私達きょうだいのやり取りを見ていた父が、のんきな感想を述べた。どこをどう見れば、そんな脳天気な感想が出てくるのだ。
母も同じことを思ったのか、父から肩を抱き寄せられても無視していた。さらに母は食べていたサンドイッチを置くと、シートから立ち上がって花壇の方に歩いていってしまう。父が慌てたように母の後を追った。
最近、両親の関係はあまり良好ではなかった。何か喧嘩でもしたのかもしれない。
シートに残された私たちきょうだいは顔を見合わせた。気まず過ぎる。
しばらく沈黙した後、ブラッドが口を開いた。
「お前、何か考え事をしていただろう」
私はぎくりとした。責められているような気持ちになる。
「そ、そんなことは・・・」
「違うのか?最近はずっと上の空だ」
むむむ、なかなか鋭い。ブラッドはゲームの中で、頭脳明晰なキャラクターとして描かれていた。事実、今もブラッドは神童ともてはやされている。不貞の子という噂があるにも関わらず、兄が立場を追われなかった理由は、その優秀さからだったと思う。
私は逡巡した。例の問題、兄に意見を聞いてみるのもいいかもしれない。そのぐらい私の中で盟友選定は煮詰まっていた。
「最近、カードのゲームを覚えたんです・・・」
真意を悟られないように、たとえ話にする。計画がバレて、断罪の前に邪魔されたら、もとも後もない。
「勝負どころで相棒にするなら、兄様はどんなカードを取りますか?
いざというときに切り札になるけど行動が予測できないジョーカーと、信頼はできるけど自由には動けない制限の多いカード」
「カードゲーム?なんてゲームだ?」
「わ、忘れました。図書室に本があったから、見れば名前は思い出せますけど」
ブラッドに疑い深い目を向けられる。
・・・さすがに無謀だったか。もともと本心を語ってもらえるような関係じゃない。
「あの、やっぱり・・・」
「まあ、普通に考えれば、信頼できるカードだろうな」
しかし予想に反して、ブラッドは答えてくれた。私は用心深く兄の顔を見る。
「理由を聞いてもいいですか」
「そんなの簡単だろう。絶対に外せない場面を任せるなんて、信頼がなければできない。それに行動に制限があるなら、その制限をクリアできる状況を整えてやればいい。
どんなに力があっても、コントロールできないんじゃ意味がない。俺は結果を運に任せるのは嫌いなんだ」
私はブラッドの声を聞きながら、すーっと胸が晴れていく気がした。兄の顔をじっと見る。
「・・・なんだよ、答えてやったんだからお礼くらい言えないのか。まあ、あくまで一般的な考え方だ。判断には情報が足りない。一番はカードの特性を熟知して、より詳細な情報を・・・」
私は思いのまま兄に抱きついた。
「兄様、ありがとう!やっぱり兄様は天才だわ!」
自分が場を掌握できることを前提とした、いかにも支配的なブラッドの答えだったが、私のコンセプトにも合っている。
私は短い腕を懸命にブラッドの身体に回し、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。ブラッドが焦って悪態をついてきたが、私はやめなかった。
今回の人生では兄と仲良くなりたい。佐藤綾が兄の孝之から大切にされたように、ブラッドからも大切にされてみたい。
私たちがじゃれていると、父が母を連れて戻ってきた。そして、明らかに一方的な抱擁をみて「僕の子どもたちは仲がいいな」とまたもや脳天気な感想を述べた。




