第一話 脳梗塞と言わせてください(1)
前回救急編のあらすじ
夜中突然脳梗塞となった『自分』は、三日間寝て過ごすというぽかをやり、ついに頭痛と高血圧に耐えられなくなり救急車を呼ぶ。
救急センターに運ばれて監視を受けながら脳梗塞の検査を受ける日々。
迫る雪花菜さんの猛威、腰をやっているのに狭い寝台に横にならないといけない苦痛、カテーテルを肘裏から入れられる痛みに耐えながら、ついに脳外科に移された自分は、新たなるステージに突入する。
果たして本当に脳梗塞なのか、運命の審判はすぐそこに迫っていた。
車椅子に乗せられて救急の看護師さんに案内された自分は、SCUという部署に運ばれた。
実はこの時点で脳外科という言葉は一つも出ていなかったため、自分はICU(集中治療室)とよく似たその名称に軽くビビっていた。
また連れて行ってくれた看護師が「ものものしい雰囲気」「出入りが厳しく制限されている」と率直な感想を言ってくれたおかげで、さらに緊張は高まってしまった。
実は救急受け入れ時から、自分はとっくに脳外科のカテゴリに所属していたらしい。
救急センターはあくまでSCUの受け入れ体制が整うまでの繋ぎだった。
最初に診てくれた医師も元々脳外科の医師である。
脳卒中(脳の血管が詰まる脳梗塞や脳内で出血が起こる脳溢血など、広義の意味でまとめて脳卒中と呼ばれる)患者は受け入れが決まった時点でそうなるのだろう。
SCUとはストロークケアユニットの略称。
簡単に言えば脳卒中患者を治療するための部署だ。
ストロークとは脳卒中のことらしい、スポーツ用語のそれを想像してしまうが、関連はあるんだかないんだか。
ここは看護師が普通の病棟に比べて多い。その分きめの細かい素早い対応が可能となる。
そういう意味ではICUと名前が似ているのも納得であるが、あちらほど物々しい雰囲気というわけでもない。
というか関わったことはないのでICU自体もあまりイメージがなかったりするが。
脳卒中は再発率が高く、それも起こってすぐの再発率が高いので、SCUでのケアはとても大事になる。
SCUは期間限定で、時間が経過するかベッドの空きが早急に必要になった場合は、突然一般病棟に移されることもあるらしい。
また移動があり得るわけだ。
病室費用は無料だが、個室は重篤患者のみに割り当てられ、部屋の選択はできない。
自分は当然大部屋に通された。
また男女同部屋、今度はすぐ斜向かいに女性もいた。無論若い女性ではないが。
脳卒中病棟に十代や二十代は滅多に訪れない。いたとしても相当なレアケースだろう。
来たとしてもその場合は個室割当などされるものと思いたい。
まあ病人に手を出す馬鹿はいないと思うが……こういう妄想ができるのも現場にいない間だけだ。そう信じたい。
多分いたとしてもその歳で脳卒中を起こすのだから、相当生活が乱れているだろうし……。
初めにここに着いて顔をしかめたのは、ベッドがあまりにも硬いことだった。
いかにも古い型のベッドは弾力も弱く、寝ていて腰に響いてくるくらいだった。こんなベッドは初めてだ。
なんとか頭を持ち上げて楽な姿勢を作れるように調整したが、危うく泣きが入るところだった。
一応ベッドのことを言うと看護師も納得していた。
「下(救急センター)のベッドは車一台買えると思います」
という言葉は今も忘れられない。
実は細かい話なので言い忘れていたが、自分は初日にルート(右手首に針を刺していつでも薬剤など点滴を流せるようにしておく措置)を取られていた。
この針は刺さったままで検査にも使われたが、その後もずっと点滴を受けていたのだ。
点滴で流していたのは生理食塩水というやつである。
これはようするに水のことなのだが、より体の成分に近いらしい。
なぜ水が必要かというと、検査で体に入った造影剤を流すためだったり、体内に水分が欠乏するのを補うためだったりするらしい。
血がドロドロになるのを防ぐためとも聞いた。他の患者さんに説明していたのを耳にしただけだが。
また心電図モニタも病衣の下に貼り付けられていた。
これは無線(LANなのかWANなのかブルートゥースなのかはよくわからない)でナースの詰め所にデータが送られていて、異常があればすぐ対応するためらしい。
心臓と脳梗塞の関係は後に触れようと思う。
バッテリは単三電池二本で、たまに電池が切れると看護師が交換にやってくる。夜中でもやってくる。
胸から外れて服についたりすると数値がめちゃくちゃになるため直しにやってくることもあり、粘着力がなくなるとテープで固定されることもある。
自分もしょっちゅうその洗礼を受けた。
バッテリ部分はスマホや携帯ゲーム機より重く、ズボンのポケットに入れておくよう求められたが、トイレに行った時などズボンを下ろすとコードが引っ張って、非常に邪魔な存在だった。
とまあ結構いろいろ面倒なことも抱えていたのだ。
自分は送迎の救急看護師さんと別れて、SCUの看護師さんから新たに説明を受けた。
ここは脳卒中になった患者を、危険な期間が過ぎるまで見守るための場所ということらしい。
ICUと混同してビビり気味だった自分も、案外普通の場所と知って安堵した。
むしろそんな場所なのに機材は古い。ベッドだけでなく、点滴を送るための機器なども旧時代製品を思わせる。
国もそこまでは面倒見てくれないのだろうか。
まあこんなもの常に最新式に更新しないといけないわけでもないし、巡りが悪かっただけだと思うが。
周囲には重篤な患者もいないことはない。
むしろ自分のほうが症状が軽すぎて浮き気味なくらいであった。
もちろん収容された患者の中では最年少。
この記録は最後まで破られることはなかった。当たり前といえば当たり前だが。
どちらかというと若いのに老人の病気にかかっていることを恥じるべきなのかもしれない。いや十中八九そうだろう。
だがこの時自分は自分の優位に酔っていた。とんでもない勘違い野郎である。
というわけでなにはともあれ新たな物語がここに幕を開けた。




