最終話 支えなき風呂の果てに
入院して二日目、これは脳血管造影検査の前の午前中の話になる。
朝から採血があると看護師の女の子がやってきた。
まずやってきたのは若手看護師、痩せ気味のガリコさんだ。
本当はちと違うのだが、多少過剰なキャラ脚色を行っていると解してもらいたい。
血を取る小瓶は全部で十本。採血にしてはちょっと本数が多い。
私もこの本数は初めてという彼女に、自分は戦々恐々としていた。
現場の若手看護師というのは、大体この採血がとんでもなく下手である。
一応訓練はしているはずだが、自分は今まで何度もしくじられたことがある。
ようするに体重が重くて余計な肉がついているから血管を探しにくくて何度もしくじられるのだが、そこは自分の尊厳と名誉をこれ以上貶めないためにもあまり触れないでおこうと思う。
早速腕をまくって肘の裏の血管を探す看護師さんは、針を刺すものの血管を掘り当てることができなかった。
なおこの時使われたのは左手であった。
右手はこのあとカテーテルを挿入されてずたずたにされてしまうことになるので、自分は両手を痛めつけられたことになる。
慌てて応援を呼んだ彼女は、やがてかるーくふくよかなポチャコさんを連れてきた。
彼女も本当は言うほどぽっちゃりはしていない。
顔がちょっとそっち寄りかなという程度だが、便宜上ガリコさんよりふくよかということにしておきたい。
ちなみに看護師の中で採血がうまいのは断然男性である。
次が本当にぽちゃぽちゃな女性。
体重が少なめ、特に若いと大体地雷である。
これは自分の経験に基づく偏見だが、血管が見えにくい肉の多い層の人だけ参考にしてもらいたい。
ポチャコさんは早速勢い込んで交代し、自分に針を突き刺してくれたが、案の定うまくはいかなかった。
血管を探してぐりぐり刺し直しをされる度に腕が痛む。
やっと血が出ても、すぐ流れが止まってしまって採血は進まない。
その度にぐりぐり掘り直される身にもなって欲しいもんだ。
やがて諦めて針を抜いたポチャコさんは、より一層血管を探るのが楽な手首に狙いを定めて、早速消毒を始めた。
血管を探るのは楽だが、痛みは肘裏よりさらに強いのが手首である。
一応形だけの抵抗は試みたが、これ以上ぐりぐりされるのも御免だった自分は、項垂れて次の穿孔を許すことになった。
針を固定し、必要ならぐりぐりするポチャコさんと、採り終わった小瓶の血が固まらないよう振りながら入れ替えていくガリコさん。
その手つきはいかにもたどたどしく危なっかしかった。
手首の針の痛みを忘れるくらいそれが不安な自分は、早く終わってくれとだけ祈り続けた。
心理的にかなり長い時間が流れた後、二人はやーっと採血を終えて十本の瓶を携えて帰っていったが、本当の地獄はこれからだった。
「すみませんけど、採血失敗してたみたいで帰ってきたので、もう一度お願いしてもいいですか?」
いいですかと聞かれても、いやですと拒否するわけにもいかない。
「マジで?」
と項垂れながら、結局応じる程度の抵抗が関の山である。
しかもこの時現れたのは別の看護師。やっぱり痩せ型若いタイプだった。不安しかねえ。
さっきの二人に来られてもそれはそれでいやだが、また同じことを一から説明するのも億劫だ。
結局もう一度は三度目までおかわりされ、午前中はほとんど吸血鬼に血を吸われるが如く血を採られることに明け暮れることになった。
明けて三日目の朝。この日は二日に一度の入浴日だった。
自分は午前中に風呂が空いているのでそこに予定を組まれていた。
本当は入院当日も男性入浴の日だったのだが、当日は検査でごたごたしていたし予定さえ組まれていなかった。
二日ぶりの入浴だ。場合によっては木曜までお預けを覚悟していた自分はほっとした。
やはり以前入院した整形外科の三日置き(日曜日挟まる時は四日)というのが異常すぎただけなのだ。同じ病院だが。
ボディソープとシャンプー、タオルと着替えの用意はある。
車椅子に乗せられてだだっ広い浴場に案内された自分は、一人で大丈夫ですねと言われたので、一人でシャワーを浴びた。
どうもここでは自分は一人で立って歩ける扱いらしい。
最初は必ず車椅子で看護師に連れて行ってもらってくださいと言われたのに、やってくる看護師は一人で大丈夫でしょと扱いが雑だった。
連絡の不一致があったのかも知れない。
とりあえずよろけて不安な自分は見張りが欲しかったのでついてきてもらっていたが、さすがに風呂の介助は気が引けたので、この時は断った。
椅子のおかげで座りながらでもなんとか頭を洗えるが、細かい部分はやはり立ち上がらないといけない。
手すりはあるのでそれに掴まってなんとか全身を洗い終えたが、それでも右手が頼りに出来ないこともあって、意外と苦戦した。
左手で支えて右手を使う分には楽だが、手の力が不安になる。
逆に右手で支えるのは、その手自体が不安要素になってしまう。
床が滑りやすいこともあって、これが中々怖い。
なんとか終わってタオルで拭いている頃にどうですかと入ってくる看護師は、もしかしてカメラで人を観ていたのだろうかというタイミングの良さだった。
向こうだって覗きたくはないだろうがこんなもの。
多分シャワーの水流の有無でタイミングを見たんだろうな。
なんとか無事に風呂から帰ってくると同時に、遷都の知らせが舞い降りた。
救急センターから脳外科に移動である。
荷物はまとめて銀色の台座に載せられ、病衣の貸し出し同意書を書かされるなどの残務処理が待っていた。
それが終わった後、自分は車椅子のままでしばらく待たされることとなった。
こうして自分は唐突にこの場を去ることになってしまったのである。
次の舞台はSCU(stroke care unit)、脳卒中治療室である。
ここがまたあれな舞台なのだが、その説明はまた機会があれば後日のこととしたい。
今は万感の思いを込めて汽笛を鳴らしつつ、さらば救急センターである。
後書きに代えて、雪花菜さんとの別れ
こうして自分は去ることになったが、ただ一つ心残りだったのは雪花菜さんとの別れだった。
いや別に心残りというほどでもないが。
とりあえず雪花菜さんに呼びかけた自分は、初めて自分から爺さんに話しかけた。
「雪花菜さん、お世話になりました」
別に大して世話にもなっていないが、とりあえずお礼を言う。
「部屋移るの?」
「はい」
「そうかあ、まあまた道であったら、その時はお茶でもしましょか」
「雪花菜さんも明日退院ですよね」
社交辞令的な会話である。
こんな時に気の利いたことを言っても、大抵聞き直されて話が通じないことが多い自分は、適当に相槌を打ちながら平凡なやり取りを繰り返した。
一応笑い混じりに
「雪花菜さんもあんまり無茶して怒られないように」
と言ったのだが、本人には全く通じなかったようだ。
一緒にいた看護師さんは精一杯同意して笑っていたが。
そして看護師さんに車椅子を押されて本当にお別れしたのだが、その時不覚にも泣けてきて、自分は鼻をすすった。
別に積年の友情を育んだわけでもない、ただ隣り合わせただけのちょっと迷惑なくらいの爺さんである。
遠目に見ている分には面白いが、これが隣人だったり同居人だったりしたら、えらいことになっているだろう、そんな人である。
だけどもう道で会ってお茶をすることもあるまい。それがわかるから悲しいのだ。
今まで何度も入院したが、再会したことがある同部屋患者は一人もいない。
みんな時と距離に阻まれて、同じ日本の近隣県に住んでいたとしても、もう会うことはないし、会っても多分思い出せないだろう。
偶然がほんの一瞬だけかすかに繋いだ縁がまたもたらした当然すぎる別れが、今は素直に悲しいと思える。
さらば救急センター、また覗いてみたいともちょっと思うが、できれば患者として二度と関わりたいとは思わない。
また脳梗塞、下手したら脳溢血でオカエリナサイされたんじゃたまったもんではない。
不義理こそ健康にやっている証と受け取ってほしい。
救急編 完




