第五話 お願い、検査に時間を(かけないで)
入院して二日目午後、自分は脳血管造影検査に呼ばれた。
造影CTは既に初日に撮っているが、それとはまた違う機材を使って、脳の細かい血管まで調べる検査だ。これも造影剤の出番である。
車椅子に乗せられた自分は専用の部屋に通されて、事前に説明を受ける。
この時主治医も一緒だったが、室内の装備が手術室並に物々しいので驚いた。
実は脳梗塞の検査は、MRIでも造影CTでもなく、この検査が大トリだったのだが、案内されて初めて気づいた自分は手遅れ気味におののいていた。
簡単に説明すると、この検査は肘の裏辺りからまずカテーテル(鉛筆の芯ほどの管らしい)を頭部に向かって射し込む。
その管から脳の血管に直接造影剤を流し込み、CTの固定輪っかよりフレキシブルに動く機材によって脳を撮影、脳内の血管をより詳しく検査する。
当然狭い台に固定されてしまう。聞いてないよー、もっと普通に座ってできるもんだと思っていたのに。
渋るというか淀む自分に、主治医はにこやかな顔で説得モードである。
いつもの理解を示す柔らかな顔ながら、心のうちではなんとか宥めて撮影を強行しようとする鉄の意志を感じたが、もはや後の祭り、まな板の上の鯉である自分に抵抗の余地はなかった。
今まで理解を示して優しかったのも、全てはこの時一気に押し込むための戦略だったと言われても驚かないというのは、さすがに自分の穿ち過ぎだろうか。
その後狭い台に乗せられた自分は、いつもの上を向いて寝る姿勢を作らされた。
MRIは高さを増やすと筒に入らなかったが、オープンスペースな分こちらは多少余裕があった。
が、それもCTほどではないので、姿勢作りはかなり強引であった。それが腰に響く。
最初から耐えられないかもと泣き言を言う自分に、医者は少しだけ、超特急でやるから、できるところまでやりましょうとやはり強行ムードであった。
こっちとしても検査はしてもらわないと話が始まらないので、執拗に無理とは言えない。
だが器具で下半身も上半身も固定されて逃げられない状況でどれほど耐えられるか、手術前より不安なまま作戦は進行した。
これなら本当に普通の外科手術のほうがマシである。
全身麻酔なら薬クサっと思った次の瞬間には(本人だけ長時間の意識断絶に気づかずに)「終わりましたよ」の声が聞けるのに。
動かないように固定された腰のゆるい部分を使ってなんとか姿勢を崩してごまかしながら、造影検査は幕を開けた。
まずは右手からカテーテルを入れるための麻酔が打たれる。
最初だけちくっとする普通の注射だ。
それが効いてから本番のカテーテルが血管に入ってくる。これが麻酔していても中々痛い。
鉛筆の芯くらいと言うが、よくよく考えたら結構な太さである。
自分はほぼ自動でシャープペンシルの芯を思い浮かべていたが、その倍以上ある。
それを腕からぐいぐい。血管を通って脳方向に登らせていく。
何故か麻酔を打った部分が一番押されている感覚が強く、その上っていく先では全く感覚がないのが不思議だ。
とにかく腰と、ぐいぐい鉛筆の芯(イメージ)に押される肘裏の痛みを、自分は訴え続けた。
看護師は話を聞いてくれるが、聞いてくれるだけでなにをしてくれるわけでもない。
本気で耐えられないと暴れれば違ったかも知れないが、この時の自分はうわ言を言っているだけ状態だったので、作業は続行された。
それでいいけどでもやっぱり痛いのだ。早くしてくれい。
撮影中一切動いては駄目なMRIに比べれば多少動く余地はあるのだが、それでも延々押し込まれ続けるカテーテルが痛くて泣けてくる。
やっとそれが一段落してから、本格的な撮影が始まる。
機械が動いて位置合わせをする動作さえ腰に響くので、必死で我慢する。
そして位置が固定されると、外から技師と思しき人が「しばらく動かないでくださーい」とマイク越しに声を送ってくる。
その後造影剤が流れ込んできて頭部を刺激する。
いきなり酒を飲んで酔っ払ったような感覚と以前言ったが、この時は頭部をピンポイントで攻められたので、どちらかというと頭に小便を引っ掛けられたような感触を覚えた。いや熱いお湯でもいいのだが。
普通なら水滴が飛び散るが、体の奥の話なので当然液体は飛び散らない。あくまで中を熱い液で濡らすだけだ。
これがCTよりもさらに不快に顔の裏を流れていく。
そして動けないまま撮影後「楽にしてください」と言われ、今度は血管のポイントを変更するためまた腕をぐいぐい押される。後はこの繰り返しである。
途中一度だけ「(腰)もう無理そう?」と尋ねられたので「もうちょっと、あと一回くらいなら」と答えた。
まだもうちょっとくらいいけそうだったが、本音を言えば早く解放して欲しいところである。
気を良くした医者はじゃあと撮影を続行し「これで50%くらい終わったから」と告げた。
まだ半分か。しかし続けて「これで75%」と言ったので、結局自分は最後までつきあうことになった。
うまく乗せられたと思うが、これなんだよなあ自分が求めていたのは。
他の患者が待っていて時間がない急いでいるんだと人のせいにして、もういいです中止しますなんて逆ギレをする病院とは大違いだ。
いやその事情だってわかるよ。わかるけど痛いもんは痛いのだ、と延々以前かかってひどい目にあった病院の態度に噛み付いてしまうが、こういう搦め手を使えないほど切迫している現場というのもどうよという話だ。
機材の優位性もあるとはいえ、やはり全てのベースが違いすぎるなあ以前の病院とは。人間の差とでも言おうか。
この病院に収容してもらえてよかったと思う。
こういう出会いと相克も病院にありがちな物語なのだろう。
そんなわけでなんとか耐え抜いた自分は、この検査を終了した。
途中一度だけ造影剤が逆流した時だけ脳の中央部に痛みが走り、不快感がピークに達したが、それを除けばせいぜい小便を引っ掛けられた程度の苦しみですんだ。
まあカテーテルはとんでもなく痛かったが、泣きたいほどでもない。
このカテーテルはこの後想像以上に自分を苦しめることになってしまうのだが、それはまた機会があればSCU編で触れたい。
まるで大手術の後のように疲れ果てた自分は病室に帰されて、今日の検査はなんとか終わった。
この後新井さんのトイレ攻撃や雪花菜さんのうるせーぞ! を聞くことになるのだが、自分の中では太陽系絶対防衛線を死守したくらい晴れやかな気分であった。
はー、ほんとに疲れたよ。




