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今日から始める脳梗塞  作者: おっとり魚
第二部 SCU編
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    体を動かす人(2)

 歩けるようになることは当然大事だ。

入院中でも歩けるかどうかで生活様式ががらりと変化してしまう。

理学療法士、足担当のグラサンさんは部屋のほぼ全ての患者について病状に目を配り、リハビリを計画している元気な人だった。

休みの日さえ出てきて患者に声をかけ仕事をしている、ほとんど仕事に取り憑かれたような人だった。

そんな彼は可愛い声に反して優しい(というか甘い)面はあまりなく、ライオンさんから引き継いだ後びしびし自分を鍛えてくれた。


足の力とバランスを想像以上に早く取り戻せていた自分は、グラさんとの初リハビリで早々に歩行許可をもらった。

その日からもうトイレも一人で歩いていけるようになった。

それどころか今まで骨折以後常に杖をついていたのだが、それも大して必要がないことを教えてくれさえした。

自分でも杖をついて歩くのはしんどいなと思いつつ、つい杖に体重をかけることを頼りにし過ぎていたようだ。

痛みもないのに自力で歩くことを忘れたのが、ただでさえ元から動かなかった運動不足を助長していた。

その行き着いた先が脳梗塞だったのかも知れない。

その悪循環から解放されるためにはもっと歩かねばと思ったのは、退院後の話となる。


歩けるようになった自分は、やっとトイレに遠慮することもなくなり、好きな時にトイレに行くようになった。

おかげで便秘も解消された。

実はSCUに来る前から、排便に関しては懸案事項だったのだ。

これは入院でお決まりのパターンと言ってもいい。

自力でトイレに行けないとつい我慢をしてしまう。

動かないと水分摂取もおろそかになる。欲しくもなくなってしまう。

飲むためには高い自販機代を払うことになるし、それも動けなければ買いに行くことさえできない。

結果体内の水分が減ると、便秘はさらに悪くなる。

便を柔らかくする薬もあるが、この薬も水分摂取が十分でないと、効果が薄くなってしまうらしい。

ただでさえ空調完備で乾燥気味の入院生活では、便秘はもはや入院生活習慣病と言ってもいいくらいメジャーな症状になる。

それを知っている自分は、食事前に配られるお茶の類など、水を飲むチャンスは逃さず利用していたが、それでも入院当初は毎日の排便が断たれることになった。

看護師も毎日「今日排便ありましたか?」と尋ねる。

これを笑い話やエロ話と思うのは間違いである。

多分言っても平時ではそういう風にしか見えないであろうが。

しかし若い看護師さんにス○プレイ想起させて喜んでいる場合じゃない。

放置しておけば本当にまずい事態なのだ。

どうせ彼女たちにそんな色気はないし、期待するだけ無駄である。

そんな不安も、歩けるようになったことで自然と解消された。


また毎日の洗面も楽になった。

ベッドの上から動けない時は、歯磨きしたいと告げると、看護師さんがうがい水とガーグルという横に長い容器(うがい薬に非ず)を持ってきてくれるので、そこで歯を磨いて口をゆすいでペッとする。

楽だが、後始末を任せるのはちょっと気が引ける。

こういう面倒も自分で洗面に行って洗えばそれで済む。

鏡も自由に使える。

使い終わった箸やスプーンやコップを洗うのも簡単だ。

寝たきりだとこういうことが自由にできない。

毎度看護師さんに甘えるのもわずらわしいものだ。


これに加えて点滴も必要ないと判断されて手首の針を外され、心臓の心配もないとモニターを外された自分は、一気に全てのわずらわしさから解放された。加えて毎日風呂にも入っている。

もうSCUにいるのが場違いなほどだった。

とはいえ十日間が過ぎるまでまだ安心はできない……はずだが、本当に安心できないなら監視の目が緩んだことが逆に怖いし、そうでないならSCUでも穀潰しの厄介者扱いで、自分は微妙な居心地の悪さを覚えざるを得なかった。


結局足のリハビリの回数はそれほど多くはなかった。

最後に現れたのはなんと退院が決まった水曜日の夕方、本日のリハビリも終わった夕飯時だった。

他のリハビリで大忙しだったグラさんは、自分を後回しにしていたらしい。

まあ症状と緊急性を考えれば無理はない。

「今日はできませんでしたが、また明日歩きましょう」

「明日退院することになりまして」

「え! マジ!?」

頷いた自分に、じゃあ卒業証書持ってきますと慌ただしく去ったグラさんは、その後戻ってきて三人の寸評が書かれたプリントをくれた。

今は若いので無理がきくけど、歳をとってくるとそれができなくなってくるのが不安だと心配していた彼は、無理のない範囲で動くようにと、ストレッチのやり方などをその場でレクチャーしてくれた。

これ以上身体能力を落とさないようにとのことだった。

確かにこれ以上落ちたら、また寝たきり生活に戻ってしまう。

これはタカミザワさんもそうだったが、自転車の利用に対して慎重な姿勢だった。

いきなり重い荷物を積んだり遠出したりしないように念押しされた。

退院後のことになるが、実際乗ってみると想像以上に力が入らず制御が不安定だった。

おかげで遠出もスピードを出すこともしなくなった。スピードは元から出さなかったが。

出せないとも言う。はいはい自重のせいですよ。無駄に低速の安定感良くてごめんね。

重い荷物だけは買い物の関係上どうしても避けられなかったが、以前ほどまとめ買いしなくなったので、そこまで無理はしていない。

不安もじきに解消されて、今は無理なく乗りこなせている。


結局ストレッチは学び方が中途半端だったこともあり、効果があるのかないのかよくわからなくなって、数日であまりやらなくなった。

その代わりではないが、毎日近所を歩くようにしている。

大した距離ではないが、疲れてくるまでは杖に頼らず、ちょっとでも長く遠くまで無理をしないで自分の足で歩く。

普通の人からすれば鼻で笑うような運動量ではあるが、全く動かないでずっと横になっていた以前よりは少しマシだと思いたい。

いずれ落ち着いたら、以前のようにまた遠出に出たい。


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