第四話 体を動かす人(1)
手のリハビリはタカミザワさんの担当だが、思ったよりも彼女との接点は多くなかった。
作業療法士自体は救急センターにいた時から関わりがあったのだが、担当が彼女に決まったのはSCUに来てからで、それまでは顔合わせ程度に別の人が会いに来ていた。
SCUに上がってきてやっとタカミザワさんと会ったわけだが、二日ほどリハビリをしたあと、連休だったため週末から週明けにかけて、ほとんど会う機会がなかった。
それでも意外に色濃い記憶が残っているのは、彼女の持つキャラのせいだと自分は思っている。
ようするに彼女自身が濃いネタキャラだ。それを語ってみたい。
まず彼女と会った初日は、ナンプレに対する憎しみから話が始まったことは先にも告げた。
あれほどナンプレを憎む人と今後出会える可能性がどれほどあるだろうか。
卒論でナンプレがもたらすストレスを書いたというが、一体どんな卒論だったのか。いいのか卒業させてという気もする。
彼女は手を使うことを中心に講義と訓練を行った。
インナーマッスルを鍛える運動をしないといけないらしい。
どこそこの筋肉を鍛えてと個々の名称をあげていたが、残念ながら覚えきれなかった。
ようするに筋トレである。
失った筋力を回復させるには、鍛え直すしかないらしい。意外と単純な力技だなと思った。
ちょっと鍛えるだけですぐ戻るということは、いかに自分が軽症だったかということなのだが、そのことに気づいたのは悲しいことにずっと後になってからのことだった。
現場であれだけ悲惨なケースを見てきたのに……我ながら呆れるぜこの真剣味のなさ。
まず握力を調べることになった。
握力なんて中学生くらいで調べて以来だ。
まず通常の左手。30kgほど。
次に右手を調べたが、たしかこの時は24kgくらいだったと思う。やはり左と比べて筋力が目に見えて落ちている。
手を上げて目を閉じて十秒待つだけで、勝手に手が落ちていくわけだ。
これを日常レベルで使えるように鍛え直す苦行が始まった、
セラバンドというトレーニング用のゴムバンドがある。
これを使って腕を鍛える。
運動は十回でワンセットだが、これが意外としんどい。
しかもへにゃへにゃな右腕は想像以上にちゃんと動かない。
まずポーズからしまらないのが気になるくらいに弱っている。
なんとかブートキャンプのように(あそこまでじゃないが)煽られながら無理矢理二セットずつ運動させられ、自分はそのゴムを引っ張り続けた。
そういえば彼女はどこぞのスポーツジムの話を愚痴り出したこともあった。
一時期CMで有名だった結果にコミットするジムのことだ。
彼女はお試しの無料期間を経て契約に挑んだらしい。
だが期間を短く設定すると費用がとんでもないことになるらしく、結局彼女は契約しなかったそうだ。
全然コミットしてくれないと嘆いていた。
その日の締めにおはじきを全力で的にぶつける訓練をした。
だがこれが自分の腕を予想以上に痛めつけた。
ただでさえカテーテルをぐりぐりされた自分の右腕はズタズタだ。これは改めて語ろうと思うので置いておく。
さらに右手首にはルートの針が刺さっていた。
これが手首のスナップを効かせる度にぐいぐい押し込まれて痛みが走る。
挙げ句チューブに血が逆流していた。まあこれ自体はわりとよくあることではあるが。
彼女はルートを邪魔者扱いし、権限があれば自分が抜いてしまうのにと愚痴っていた。
この後点滴を早々に打ち切られた自分は割と早く右手の自由を取り戻したので、彼女のスパルタは思惑通り進行することになった。
二日目に会った時、彼女は今週末は連休で、しかも火曜日も休暇なため、次に会うのは最短で水曜日になると語った。
もしかしたらその頃には退院しているかも知れないと危惧する彼女に、いや水曜日は栄養指導で栄養士と会うのでと予定があると告げると、彼女はヨシと呟き、自分にセラバンドを渡してこの数日間の宿題を与えた。
彼女が与えた自習課題は、セラバンドを左手で固定しながら、右手を正拳突きのように前に突き出す運動と、同じように左足の太ももでバンドを固定しながら、右手をショッカーのように持ち上げる運動の二つだった。
これを十回でワンセット、毎日二セットはやってくださいと課題を与えて彼女は休暇に入った。
こういう時だけは律儀で、また入院中は他にすることもなく暇な自分は、結局毎日二セットどころか平均すると五セットくらいは日々精進を続けた。
言語聴覚士の自習も毎日行っていた。こういう時だけは真面目なのだ。家に帰ると途端に自堕落に戻るのだが。
この日彼女は自分につきあって筋肉痛だと嘆いていた。
だがよくよく考えれば、あれだけ派手に患者につきあって動く作業療法士の彼女が、自分一人を相手にしただけでいまさら筋肉痛になるとは思えない。
しかも肝心の自分にその兆候はなかったので、彼女の話は不発気味だった。
彼女なりに患者に話を合わせようと気をつかっているのだろうなと、やや冷ややかに分析してしまう。
これを優しいと取るか気安いと取るかはお任せするが、自分はやや後者寄りだった。
少なくとも彼女の発言に対する信用度は若干減少した。
そうして彼女と別れた後、夕食を終えた自分は受け取ったバンドを手に取り、教えられた自主トレを始めた。
調子はまあまあかとバンドを置いた自分は、その後彼女の嫌いなナンプレで消灯前の時間を過ごしていた。
その日は疲れていたので少し横になったが、まだ二十時過ぎ。すぐに眠れはしない。
まんじりともしない時間を過ごしていた自分の体を、突然ビリビリした痛みが襲い始めた。
それは痺れのようでそうではなく、痛いのだけど痛みでもなく、まるで感電でもしているように不快なだけで、それ以上なにが起こるでもなくただ苦痛が続くだけの症状。
そう、筋肉痛である。
歳を取ると一日遅れてやってくると噂のあれが、本当に一日遅れできやがったよ……。
ベッドの上で悲鳴にならない声を周囲に遠慮して人を呼ばれない範囲で上げ続け、ただただ迷惑をかけないようにのたうち回る自分は、下手をすれば数十年ぶりに訪れたえぐいくらいの痛痒さというかなんとも形容しようがない苦しみに、何度もエビのように反り返っていた。
助けを呼んでどうなるわけでもないとわかりきっている自分は、人知れずタカミザワさんに謝罪しながら、終わりのない悶絶を繰り返した。
この痛みは結局翌朝まで続いて自分を苦しめ続けた。
強烈なインパクトを残したこの苦痛はしかし、今回思い出すまで当日以降すっかり忘れられていたので、結局タカミザワさんに「一日遅れで筋肉痛来ました」報告はできなかった。
彼女と再会したのは宣言通り水曜日のことだった。
自主トレ毎日五セットはしましたと告げると彼女は喜び、実際の動きを見ても今までと違っていると褒めてくれた。
自分でも動きが違うのがわかった。
今までは右手をまっすぐ上げることさえ不格好で様にならなかったのだが、この自習で思った以上にパワーは回復していたらしい。
握力を計ってみたが、右手はさらに回復していた。
だが彼女は利き腕ならもう少しあってもいいとやや不服そうだった。
実は自分も忘れていたのだが、自分は右利きだが、腕のパワーは左のほうが強いはずだ。
なぜなら利き腕は右だが、利き目は左だから。
野球で言えば右投げ左打ちというやつである。
器用さなら右のほうが上だが、力仕事は左手が基本になる。
ボーリングの玉も左手で投げる。
これは左目で見ている影響で自然とそうなったからだと思うが、若かりし頃は右手で投げると疲れて文章が書けなくなるからとうそぶいていた。
別になにを書いていたわけでもなかったのに。
そんなわけで自分のリハビリは一定の効果を示しつつあったのだが、この訓練再開は唐突に打ち切られることになった。
リハビリは専用の部屋で行われていたが、その戸口に不意に担当医が立ったのだ。
先にその姿を見つけ、挨拶する自分に気づいて振り返るタカミザワさん。
部屋に入ってきた担当医はこうのたまった。
「栄養指導も終わりましたし、もういつでも退院していいですよ」
「いつでもというと……」
「明日でも、ご希望どおりにします」
「じゃあ明日(木曜日)で……」
「わかりました」
そうして去っていった担当医。
驚きを隠さないタカミザワさんは、最後にリハビリ担当の三人から卒業に際して一言添えた卒業証書を渡しますと告げた。
「そこでも書くと思いますが、最初はあまり無理はしないように。バンドは差し上げますから、帰ってからもしばらくは自主トレに励んでください。突然のお別れで慌ただしいですが、今日は終わりましょう」
そう告げて帰っていく彼女はなんとなく縁が切れてせいせいした感も多少なくはなかったが、素直に退院を祝ってくれたので、まああまり深くは考えないようにしよう。
別にお別れするのが辛いと泣かれることを期待していたわけでもない。
その後別の人から三人の寸評が書かれた卒業証書を渡されたが、彼女は最後に言ったこととほぼ同じことを書いていた。
関わった時間は短いが、SCUで一番濃かった人材は彼女かもしれない。
そういえば最初に
「大部屋意外と好きなんです」
という話題になった時、そこで知り合う人との交流が楽しいと言うと、例えば? と振られたので雪花菜さんがスタッフオンリースペースに忍び込んだ話をしたら、彼女は大ウケしていた。
いやいや、貴女も結構似たレベルでしたよなんて死んでも言えないな。
バンドは今も持っている。
自主トレは退院後一週間くらいは頑張っていたが、最近は思い出した時たまにやるくらいだったりする。
今回書くに当たってしばらくサボリ気味だった自主トレを再開するようになった。
表面の名称でググってみたが、意外と安くないことを知り驚いた。
だがこのバンド、匂いが結構強い。
最初はチョコレートに似た香りがするので、チョコを食べたくなってしまう。
すぐにゴム独特の香りに変化するので、チョコに対する思いは薄れるのだが……病室のテーブルに置いていたので食事時によくこの香りを嗅いだものだ。
罪作りなやつ。その匂いはだいぶ薄れたが今でも健在である。
ある意味二月にはぴったりな相棒であった。即座に夢を壊す相棒だったが。




