表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日から始める脳梗塞  作者: おっとり魚
第二部 SCU編
11/61

第三話 他人の人生の物語

 ベッドの横にはテレビがある。わりとお約束の風景だ。

救急センターではテレビ(の設置されたテーブル)は希望者の取り合い抽選制だったらしいが、自分はそれの空きを尋ねもしなかったので、結局一度も触れる機会はなかった。

そしてSCUに移ってきた自分が初めにやったことが、ベッド横のテーブルにがっちり設置されている某有名メーカーのテレビを、明後日の方向に向けることだった。

こうすることでテレビだけでほぼ死んでしまうテーブルの機能が、十全に活かせるようになった。

そこに歯ブラシや歯磨き粉、箸やコップナンプレなどを置いた自分は、当然テレビを観ることも、テレビを観ることができるテレビカードを購入することすら一度もなかった。

これは入院する度繰り返される儀式となっていた。

2008年製(地デジ切り替え前、まだ地デジカが生まれてもいない頃)と書かれた裏側のシールと、自前のゲーム機持ってきたらただで使えないかなと興味をそそるアナログ端子(最近のテレビは価格のためアナログ端子はほとんど省かれているらしい)、表からだとめったに見ることはないB-CASカードが直接見えるのが新鮮な背面だ。

ブラウン管だったらもっとスペース取って邪魔だったんだろうなと思うが、残念ながらその頃入院施設とは全く関わりがなかったので、詳しいことは知らない。

液晶薄型テレビが出るまでは、こんなにどこにでもテレビは設置されていなかったのかも知れない。


たまに近隣の患者さんがテレビ前に座ってイヤホンをしてじっと見入っている。音の開放は許可されていない。

そんな姿を後ろからチラ見することはあるが、元々テレビ嫌いの側面がある自分は特に羨ましいとは思わなかった。

大体レコーダつきならともかく、その時間放送している番組しか観られないテレビは暇つぶしにもならない。

深夜アニメが観たいといっても放送が連続していなければ苦痛でしかないだろうし、そのために起きて寝てを繰り返すほうがしんどい。

そもそも深夜起きていると見回りの看護師に見咎められる可能性もある。

そんなわけで今テレビを入院中の暇つぶしの道具にできるのは、ほぼ年寄りだけではないだろうか。

なにより有料と言われると、ケチな自分にとってはもはや問題外の外である。

なんの興味も示せなかった。

せっかくうちにはない松○のテレビなんだから、もっと背面のアナログ端子見ておけばよかったなとたまに思い出す程度である。

次行ったらチェックしてみよう。できれば行く用事を作りたくないが。



 先にも触れたが、SCUは一定期間を過ぎるか安定したと診断されると一般病棟に移される。

新しく人が入ってくる時は、押し流される形でところてん式に人が入れ替わるのだ。

そういうわけでSCUでは無理矢理人間関係を構築してくれる雪花菜さんのような人材もおらず、他にもコミュニケーションの有無を問わず異彩を放つ人にもそう出会えなかった。

むしろ彼らはいい加減な自分などよりよほど重篤だったため、遊び半分で語るのは失礼に当たりかねない。

これまでだけでも十分失礼なことを散々書いているというツッコミはとりあえずなしで。


そんなわけでことさらネタにすることもなく、自分のことを語るしかないのだが、それでも一風変わった人もいたので、そんなエピソードを訴えられない程度に薄めて語ってみようと思う。



 隣の滝藤さん(仮名)は働き盛り。

だが脳卒中に倒れて病院に運ばれてきた。

息子さんや奥さんが連日大挙して現れ心配してくれる、いいお父さんだった。

大学生の息子さんは早く単位を取ってバイトしないとと決意している。

それを漏れ聞いている自分は、自分にはまるでない家族愛溢れる関係性に涙せずにはいられなかった。

だが症状は自分よりずっと悪かったようだ。


そんな体なのに早く仕事に戻らないとという思いに焦っているのが、ほとんど声しか聞けなかった自分にも伝わってきて辛かった。

復帰する仕事もない楽な身分(だが破滅寸前)の自分は、もう退院も見えて毎日入れる風呂に喜んでいる馬鹿っぷりだというのに。


滝藤さんは自分の病状に苦い顔をし、麻痺が残ることが多いと別の患者に看護師が話している声を聞いて、自分のことと重ねて畜生と一人悔し涙を零す頑張り屋の親父だったが、ある時看護師に物凄い剣幕で怒鳴り散らしたことがある。

最初冷静さを欠く声を滝藤さんだと認識できなかったくらい怒っていた彼は、どうやらトイレに取り残されしばらく放置されたらしい。

脳内出血もあり、車椅子必須で食事もおかゆなど柔らかいもの、お茶でさえとろみをつけないと普通に飲めなくなっていた彼は、当然一人では動けない。

それでトイレに置き去りでは、不安になっても仕方ないだろう。

看護師は別の患者の送迎に出てそちらについたことで、空白を作ってしまったらしい。

これは痛いミス。

看護師が常に複数常駐しているSCUでも、こんなことが起こるんだなと自分も驚いた。

他の緊急性が低い病棟、というか自分が知っているのは整形外科くらいだが、あそこなら一人の看護師が複数の患者を抱えていて、看護師個人がどれだけ迅速に動き回っていても反応はもっと遅かったが、患者数と互するSCUでも放置されるんだ。

自分なら文句は言うけどここまで熱くはならないだろうなと思いつつ、そりゃあんた入院慣れしているし元気だからだよとも思う自分は、つい滝藤さんに感情移入しかけた。

だが彼は遊び半分の自分よりずっとオトナだった。

看護師の釈明と謝罪を一通り聞いた彼は、驚くほど素直にそれならと態度を改め、いつもの柔和な声に戻ったのだ。

自分が本気で怒ったらきっとこれではすまないだろうなと思いつつ、まずそこまで怒らないけどとも思う。

もし自分がトイレに取り残されたら、多分それをどうネタとして書いてやろうかと考えて悦に入るに違いない。

自分のことながら、そんな奴はもうずっと放置しとけという話である。



看護師というのは損な仕事だ。

患者との接点は多いが、自分でできることはあまり多くない。

目の前で患者が苦しんでいるからって、勝手に薬を出すこともできない。

せいぜい様子がおかしい患者の血圧を確かめるくらいだ。

そこで血圧が異常ならともかく、数値が正常ならもうお手上げ。あとは医師に連絡して指示を仰ぐ程度。

だが患者の要求は生で看護師に伝えられる。

それをいかに上手にあしらうかも看護師の仕事なのだ。

そこでいくら不平や不満を言っても、彼女彼らに問題を解決する能力も判断する権限もないのだ。


それがわかるので、いつの間にか自分は看護師に対してあまりきつい態度が取れなくなっていた。

ちょっと強めに要望を出しても、ああまたごまかしに入っているなというのが態度でわかるのだ。

そういう時にゴリ押ししても話が通るわけもなく、さらに逃げ口上が積み重ねられるだけなので、まともに相手にしても益はない。

(ここからただの愚痴)

採血で何度失敗されても、自分が激怒したってすぐ腕が上がるわけではないのだ。

なら少しでも腕を上げてもらうために訓練してもらうしかない。自分の体を犠牲にして。

次全然別の看護師が来てまた同じミスを繰り返すとしても、これは宿命なのだ。借りを返してもらえる日はまず来ない。

(愚痴終了)


この辺の看護師との付き合い方も意外と見極めが難しいのだが、滝藤さんは仕事人としてその辺りを弁えているのか元々の性格か、自然に態度を軟化させた。

見事な引き際である。これ以上傍で面倒を看てくれる看護師さんと喧嘩しても、敬遠されるだけだという側面もある。

だが見事すぎて、彼は看護師とのつきあいをまた誤ったようだ。


それは後日、昼食後車椅子でトイレに連れて行ってもらい、帰ってきた後のことだった。

「少し車椅子に座っています」

と言った滝藤さんは、ベッドに帰らずそのまま過ごすことを所望した。

看護師は了承してなにかあったら呼んでくださいと彼の元を離れた。ここまではよかった。

だが彼は、じきに車椅子に座っている辛さが身に染み出したらしい。時折大きく動いて、軽く痛みを堪えている風だった。

車椅子は椅子としての居住性はあまりいいとは言えない。

そういう時はナースコールを押して看護師を呼べばいいのである。

ただでさえすぐ横に詰め所があって、数人の看護師が待機しているのだから。


だが彼は先日怒った引け目があったのかも知れない。看護師を呼ぶに呼べず、延々痛みを堪えていた。

カーテン越しとはいえすぐ横にいた自分にはそれがよくわかった。

よっぽどナースコールを自分で押してやろうかと思ったが、でしゃばりすぎもよくない。

これは彼が決断すべきことなのだ。

結局彼は偶然看護師が別の用事にやってきて、やっとベッドに戻れた。

その時ちょっとつらかったと正直に認めていたが、なら素直に看護師を呼べばよかったのである。

そこで遠慮をする必要はない。


人を使うということに慣れないと看護師さんとはつきあえない。

日常ならあれ取ってこれ取って、トイレ連れて行ってなんて他人に要請することはまずないので、こういう時に普段の態度が出てしまうが、今は非常時、病床なのだ。

「看護師は使わないと損」である。これ自体が看護師の仕事でもある。

例え連続してトイレに行きたくなっても、看護師に迷惑がかかるとか嫌われると考えてもしょうがない。

それを言うなら漏らしてベッドを汚して後始末させるほうが余計迷惑だ。

彼らにとってはそれすら仕事の内ではあるのだが。

でも自分の態度次第で避けられるなら当然避けたほうがいい事態だ。


だけど「看護師はできないことはできないし絶対しない」こともよく覚えておかないといけない。

この関係性は一度入院してみないとわかりにくいことなんだろうなと思う。

上手に甘えられるようになりたいものだ。


看護師さんに甘えてお口アーンして欲しいなんてのは創作だけの都合のいい妄想で、どんなに甘え上手でも通らないと思うが。

だが世の中には個人的にこれが通る人もいるらしい……その方法教えて欲しいもんだ。

いくら病院慣れしてもこれだけは実現できません。

若い看護師さんを一人嫁に欲しいなあ。

まず収入からなんとかしないと始まらないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ