落着
翌日、湖西は檀家衆に声を掛けて回った。
寺の檀家は皆年寄りばかりである。古くから続いている家が大半であるので、湖西が探している品物は割りと早く見付かった。
値段の交渉をしようとする湖西に檀家の老人はただで譲るという。
「女雛は壊れてしまいましてな、これも何かの折りに処分しようと思っておったのです」
ありがたくいただくと湖西は寺に戻った。
一明と虎緒に貰ってきた物を見せる。
端正な顔立ちの男雛──御内裏様──であった。
一緒に運んできた壊れた女雛を供養して焚き上げる。
聞いたところによれば孫が遊んでいて壊れたのだとか。壊れるまで遊んでもらったのなら玩具として本懐だろう、焚き上げの炎を見守る虎緒と一明に湖西はそう云った。
そうして三人は蔵へ向かった。
件のものはすぐに見付かった。古びた桐の箱である。
箱を開けると一対の雛人形を納められる様になっており、虎緒が視た女雛だけが納められていた。
湖西が貰ってきた男雛をその隣に納める。
「これも古いものだからな、魂が宿るまでそうはかかるまい」
そう女雛に声を掛ける一明に、虎緒がにやにやしながら云った。
「いいのか譲ッちまッて?結構似合いの夫婦になれたんでねぇの?」
「馬鹿な事を」
料理に味が無かったり、屋敷に不自然な部分があったりしたのは、娘が雛人形であったからだ。
一定期間、物置から飾られる部屋に置かれるだけだった娘は、酒や料理というものの事は知っていても味に関しての知識が無い。部屋から覗き見える廊下や庭は知っていても雨戸などは見た事が無かったのだろう。
「だいたいお前が狩衣なんか着てッからだ」
そんな格好をしていたから男雛と勘違いされたのである。
「ま、もうちょっかいはかけてこないさ……なにしろトラに『自分の男』宣言された事だし」
「あ!?や!あれは、その、言葉のあや」
「君、言葉には言霊が宿るものだって教えたはずだよね?」
「ちょっ!?」
「いや~、責任とって貰わないとな~」
真っ赤になりながらじたばたもがく虎緒。そのせいで蔵の中は埃が舞い上がり湖西がむせる。
「では、な。仲好くしてやれ」
一明は女雛につぶやくと、桐の蓋を閉じた。
※※※※※※※※※
「……うん、こっちの方がオレにはしっくりくる」
右手が利かない期間、洋装を着ていたがやっとまともに動かせる様になった。
湖西の寺の湯が効いたのか、だいぶ具合が良い。
久方ぶりに大小を腰に差し、羽織に袖を通していると、玄関から呼ばわる声が聞こえた。
「おいトラ、遅刻するぞ」
「今行く……ッてまた狩衣かよ」
「仕事着だって云ってるだろ、ほら早く」
急かす一明の隣に並ぶ。謹慎が解けて初の出勤である。
虎緒は隣に並んで歩く一明を見た。
「ん?」
「なんでも無ッ!」
長い黒髪後ろに結って羽織る紋付き懐手、袴の裾をさばいて歩く下駄の音も軽やかに──
──武谷虎緒はおんなで御座る。
────────神隠し 了
別式虎緒妖物事件帳 終