尾行
一明が日に一度、何処かへ雲隠れする。
幼い頃とは違うのだから始終くっついているつもりは無い。無いが、湖西の寺に間借りしている現状、何処へ行くかくらい一声あってもいいのではないか?
夕飯には戻ってくるのだが、何処へ行っていたのか、何をしていたのか訊いても生返事ばかりが返ってくるのだ。
湖西の手前、腹を立てて声を荒げる訳にもいかず、虎緒は憮然とするばかりだった。
(『おでかけ』か?)
一明が立ち上がるのを見て、竹箒を持つ虎緒の手が止まった。
見ていると狩衣に着替え、裏口へと向かう。
足音を忍ばせ後をつける。
一明が後ろ手に閉めた裏口の扉をほんのわずか開けて覗くと、狩衣姿が蔵の扉を閉めるところだった。
(あいつ、あんなところに何の用だ?)
蔵からは依然よく判らない気が漏れている。
まさか暇だからといって曰く付きの物を祓っている……とも思えなかった。
(……覗いてみるか)
一明に見付かったら掃除をしにきた、とでも云えばいい。
虎緒は重い蔵の扉を開けてみた。
特段変わったところの無い、薄暗い土蔵の姿だ。
古い書物や木箱、行李などが積み上げられ、物置の様な案配である。
高窓から射し込む陽が唯一の光源だった。
何処にいるのかと耳をすませる。が、物音一つ無い。
(……おかしいな、確かに入っていったのに)
蔵の中には『よく判らない気』が充満していた。何処から発しているのか判然としない。仕舞われているいくつもの古い品々がそれぞれに気を放っている。そのせいだ。
「……カズ?」
虎緒は声を出してみた。
はじめは見付からない様に、と思っていたのだが、当の一明が見付からないのだ。
「カズ?……おいカズ!」
二階への階段を駆け上がる。これだけ音を立てて上がれば何事かと顔を見せるはず……
……二階にも一明の姿は無い。
(何で?)
確かに一明は蔵に入ったのだ。狩衣の後ろ姿が扉の奥に消えるのを見たのだ。
一明の姿は何処にも無かった。
訳が解らない。虎緒は二階から下りて今一度辺りを見渡す。
さっき階段を駆け上がったせいで、埃が舞っている。明かり採りの窓から射し込む陽にふわふわと。
(……ん?)
ふと、虎緒は足許に目を落とした。
埃の溜まった床には、虎緒の足跡。
一明のものは無い。
「……何で?カズ!何処だよ!」
虎緒の声が蔵の中に響いた。