第26話 ReRise <10>:Game Set
左胸。
それは人体の急所。刺し貫かれれば傷は心臓に至って死ぬ。よしんば即死しなかったところで、血が巡らなくなった全身はやがて死ぬ。
つまり、どうあっても心臓を失えば人間は死ぬ。
――はずだ。
疑いの間に世界の繋ぎ目が閉じる。
引き抜き損なった細剣が、世界の断面に引き千切られて折れた。手元に残ったのは柄と鍔だけ。
おそらくほんの数センチほどの剣の根元が俺の(地球上の)寝室に取り残されていることだろう。なにせ剣身は、その体積のほとんどがマクスウェルの左胸に突き立つかたちで六面世界に残っている。
だが、そんなことはどうでもいい。
「――っ」
左手に再び取り出した細剣で、『両界破断』を放つ。
マクスウェルはそれを溶解した。
やはり、左胸に剣身を突き立てたままで。
「――ふ、」
そして口端を歪める。
愉快だとでも言いたげに。
「ふははははは!! はぁーっはっはっはっ!」
「何が……何が可笑しい! てめえは……!!」
――もう死んだようなものなんだぞ。
そう口に出そうとした途端、マクスウェルの眉がぴくりと跳ね上がった。俺から見て左側、つまり右眉だけ。
まるで心外な台詞を聞いたかのように。
「……それではお見せしましょう。僕の秘奥を。劇的に、ね。――『神節太陰』」
どくり、と心臓が跳ねる。
俺の、ではない。マクスウェルの心臓が跳ねたのが――突き刺さったままの細剣が蠢いたことで、目に見えたのだ。
「――『虚ろの陽を胸に掲げよ』」
告げた奇跡の名は、とても単純で。
だからこそ分かりやすく、起きた事態を理解する。
動かないはずの心臓が脈打ち、黒い血液がマクスウェルの全身を駆け巡っていく。
ほんの少しだけ黒くなった肌からは、天人特有の読心の輝きが失われていた。
「……おいおい。奇跡は封じられてるんじゃなかったのか」
「封じられていますよ。こうして僕の人格が残っているでしょう? ――」
中身ごと挿げ替える奇跡を、半端に封じてしまったわけだ。……天人の発光読心がなくなったのはそのせいか?
神様の人格を相手にするよりはマシ――って感じはしないな。不発でそのまま死んで欲しかった。
「――さて。……正真正銘、これで終劇です」
ゆっくりと。
左胸から細剣の刃を抜き取りながら、マクスウェルはそんな言葉を吐いた。
刃に血は付いていない。手品師のようにそれを俺に見せて、マクスウェルは細剣の刃を放り捨てた。
「この奇跡の効果が切れるまで、あなたは時間を稼いでもいい。僕と本気で殺し合ってもいい。この効果が切れたら、僕は死ぬでしょうからね」
「そんなもん、決まってるだろ」
細剣を取り出す。
双剣スタイル。これが刃術師ジンの基本戦法。
「――お前にとどめを刺してやる」
「ふはっ! ――喜劇的ですね! ……正直、時間稼ぎを選ぶと思っていましたよ」
「選びたいさ。お前の後ろにアルキスとユミナがいなければな」
ここに俺とマクスウェルしかいなかったのなら、間違いなく選んだだろう。
だが今は違う。時間を稼ごうなんて真似をすれば、こいつは俺の本気を引き出すためにアルキスとユミナを殺しにかかる。もう後がないからだ。もう後がないところまで、追い込まれたからだ。
戯劇的とやらを追い求めた末にそうなったのか、あるいは最初からそうだったのかは分からない。
分からないが――
「さあ、幕切れまで時間がないんだろう? だったら早く始めようぜ、戦闘狂」
――こいつには間違いなく戦闘狂の素養がある。少なくとも魔刃将を万全で召喚できる程度には。
幸いにしてガンデントと同じタイプ……つまり戦いの結果、自分が負けても、あるいは死んでもいいと考えているタイプのようだが。
俺の言葉に、マクスウェルが嗤う。
「では、お言葉に甘えて――『蒼炎の鏃』!!」
十二の蒼炎が飛来する。
だが生まれた時点で『両界破断』で六つを破壊し。発射された直後にもう六つを破壊した。
マクスウェルの左腕、手首から先――溶鉄を浴びていた部分が、魔法の反動で潰れる。……いや、こいつは光の奇跡で詠唱を代行させていた節がある。詠唱の省略ではないとすれば――
「もう魔力欠か!? 降参したらどうだ!」
「降参は論外ですが! 悲劇的ながらその通りでしてね! ここから先は命を削らせて頂きましょう――『六戈の烈風』!」
代償はまた左腕。
今度は肘と手首の間、ちょうど中間のあたりから先が失われる。
風の魔法。
光の奇跡による詠唱――面倒だ、とりあえず光波詠唱とでも呼んでおこう――が持続していることから推理して、目に見えないものを『斬り徹』すのは難しいのだと判断したのか。それとも単に、炎とは別の系統で攻めようとしただけか。
だが。
「――標的がいなくなれば意味ねえよな?」
細剣が地球を通じて再び六面世界に現れるように。
俺のいる場所を狙っているのなら、俺が別の場所に現れればいい。
マクスウェルの背後をとった俺は、さらに『両界斬徹』――じゃなかった、『両界破断』を双剣で使ってマクスウェルの喉を狙う。
正確には、首だ。
もしかしたら首を落としても死なないかもしれないが、左手を失った今、頭がとれてしまえば抱えるのは難しい。
右の細剣が液化して崩れる。左は首を浅く裂いただけだった。
……それでも刀傷程度には斬りつけている。血管だって傷付いたはずだ。
しかし、出血はない。
右手に細剣を補充しながら、マクスウェルを窺う。
振り返った奴の首からは、やはり血が溢れていない。
そして、もう一つ。
左腕の失われた部分に、黒い血液が巡っていた。
最初は断面から滴る血なのかとも思ったが――それは脈打つたびに蠢いている。
間違いなく奇跡の範疇――さっきの『虚ろの陽を胸に掲げよ』とやらによるものだ。
「……不死身のくせに殺し合いってのは、ちと甘ったれてるんじゃねえか?」
「そうかもしれませんね。ですがこれほどの戦いを、一秒でも長く味わいたい――それも人情というものでしょう?」
「冗談きついぜ!」
突撃。
刃を交わす。
反転。
刃を躱す。
考えろ。考えろ。考えろ。
奴の奇跡の名前はなんだ?
血液をわざわざ血管を通っていたときの形状で保持している理由は?
どうしてあいつは、俺が目の前にいる状況で……奇跡を発動してから、見せびらかすようにして細剣を左胸から抜き取った?
推論。
そして剣を振るう。
双剣を突き入れ地球へ徹し、再び六面世界へと迎える。
『両界破断・刃両喰』。
そして魔断ちの刃が二つ。
偽りの心臓を貫いた。




