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刃の転界者  作者: 利々 利々
第四章 刃術師は幕を斬る
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第25話 ReRise <9> :才分化 -to Edge-

 それはきっと、偶然だった。

 けれど必定(ひつじょう)の偶然だ。


 起こったのが俺と戦っているときだった、というだけで。


 後に控えたシズカとヴァレットくんとの戦いの最中(さなか)でも良かった。最後の砦である――と、俺が思っているだけかもしれないが――軍の兵士との戦いのときでも構わない。

 アルキスやユミナとの戦いだって紙一重だったはずだ。


 一歩違えば、他のタイミングで起きていたこと。


 アルキスが、ユミナが、シズカとヴァレットくんが、俺が。

 ここまでマクスウェルを削り続けたからこそ起きた偶然。

 疲労と負傷。奴の集中力の糸がほんの一瞬、(ほつ)れた瞬間。けれど俺は予期していなかった。

 だからこその偶然。


 銃を狙ったはずの風の刃は、マクスウェルの左親指を根元から(えぐ)り。

 そして指を斬り落とした。


 赤く泡立つ剣を(かわ)し、普通の細剣(レイピア)を振るう。

 細剣(レイピア)溶解(とけ)ない。

 左手の動きは――銃撃は、ない。


 細剣(レイピア)は切っ先から尾を引いて。

 血が一条、空を走る。


 左肩口。まだ浅い。


「ふはっ――」


 それでも奴が表情を歪めることはなかった。

 よほど状況に熱狂しているのか。痛みをもう感じないらしい。


 だが親指を失った。

 失わせた。

 これで撃鉄を引き起こせない。

 他の指で代替しようなんて(ひま)は与えない。


 踏み込んできたマクスウェルと交差するように身体を運ぶ。

 離れる距離を追いかけるように、刺突。


 風の刃が腕を貫く――


 はずだった。


「てめえ……っ!?」


 撒き散らされる血。

 溶け崩れる剣身。

 落ちる拳銃。


 マクスウェルの左手に掴まれた風の(シルフィーズ)刃の(・ブレード)細剣(・レイピア)が、沸鉄剣に触れて溶解(とけ)る。


 (いや)、掴んだというほど上等なものじゃない。

 細剣(レイピア)に纏われた風刃の中に、指を突っ込んだだけだ。

 そして俺が魔法の(マジック・)武器(ウェポン)を解除する前に、沸鉄剣で破壊した。

 たったそれだけ。


 だが――


 手放されて地面に落ちた拳銃が、暴発することもなく転がって静止する。


「正気か、てめえ!」


「もちろん。これは必要な措置でした」


 ――元より拳銃は、もう通用しそうにありませんでしたからね。


 左手。その五指のうち三つまでを失って。おまけに手首から先に赤く煮える鉄を浴びてなお、マクスウェルはそう言って笑った。


 ――狂人め。怖い。怖い。怖い。

 ――違う。これは強がりだ。真に受けるな。


 偽りの伝心の奇跡アナザー・センド・マインドと、自分の思考が重なってうねる。


 思考を、流されたわけではない。

 けれど一瞬の空白は、確かに存在していて。

 間隙(かんげき)を縫うようにマクスウェルは剣を振るっていた。


 気付いたときには、もう遅い。


 何もかもが遅過ぎた。


 拳銃弾とはいえ。剣越しに弾丸の衝撃を受け流した左腕は重い。僅かな痺れが残っている。防御は不能。

 右手は無手。剣身のなくなった風の(シルフィーズ)刃の(・ブレード)細剣(・レイピア)を手放している。今から剣を握って、攻撃してマクスウェルを引き剥がす――間に合わない。


 足は踏み出されている。

 剣は振り上げられている。


 感情は混線していても、思考は冷静だった。


 きっと、(かわ)せないだろう。

 論理的に、そう解する。


 理解しながら、少しでも距離を離すために――少しでも傷を浅くするために、本能から俺の身体は動いていた。

 一瞬一度、視界から消えていた真剣が、いつの間にやら端へと戻ってきていた。あとはこれが、俺の視界を縦に割るのを待つだけだ。


 たったそれだけで、大勢(たいせい)は決する。

 理解しているからこそ、マクスウェルは止まらなかった。


『同じ才能があるかどうかは分からないが、異なる境地へ至る可能性はある』


 ――走馬灯。


『俺様の鎧をあれだけまとめて貫かれたのは初めてだ』


 ――走馬灯。


『最後の「斬り徹し」。お前さんを六面世界(こちら)へ送った刃術、「断界(だんがい)斬徹(ざんてつ)」だ』


 ――――走馬灯。


 引き延ばされた時間感覚の中で、刃だけがゆるやかに迫ってくる。


 まだ、死なない。

 まだ、死ねない。


 それは直感だった。

 それは本能だった。

 論理ではなく。理性ではなく。

 選び取ったのは『断界(だんがい)斬徹(ざんてつ)』。


 刹那の間に刃が滑る。

 僅かな距離を刃が(とお)る。


 捉えたのは剣理の弥終(いやはて)

 初代が辿り着いたのとはまた別の、ある境地。


 刃が地球を通過して、六面世界(キュビリス)へと戻ってくる。


 そして。


「「ちぃ――ッ!!」」


 悔恨の呻きが二つ重なる。

 俺とマクスウェル。


 マクスウェルは当然、俺を仕留め損ねたから。

 そして俺も(ヽヽ)、マクスウェルを仕留め損ねたからだ。


「今のを(かわ)すのかよ!!」


「ふはっ! 忘劇的ですねえ! 天人(デイヴァ)の特性をお忘れですか!?」


 マクスウェルが身体を仰け反らせ、そこに――奴の首のあった位置に鍛冶神の(シージング・)御手(シース・)の剣(ブレード)置く(ヽヽ)


 溶解(とけ)細剣(レイピア)を手放す。

 そして次を抜……かない!


「味わえ俺の痛み!!」


 動かすのは足。


 蹴り上げた拳銃をそのまま握り。

 マクスウェルに向けて撃鉄を起こす。

 そして引鉄を、引いた。


 思わず耳を塞ぎたくなるような銃声がして、反動で右手が跳ねた。


 掻き消されるように、金属音。


 右手で浅く握った、剣の状態の鍛冶神の(シージング・)御手(シース・)の剣(ブレード)

 剣身にかたく添えられた左手。

 真に支えているのは、右手ではなく左手だ。


 ――銃弾を確実に受け止めて、その上で右手にかかる衝撃を緩和しやがった。


 撃鉄を起こす。

 輪胴(シリンダー)が回る。

 ……残り一発、か。


 銃把と引鉄。

 小指と人差し指に力を込める。

 そして俺は、ここから攻撃に移る流れを思い(ヽヽ)描いて(ヽヽ)――銃を撃った。


 想像した通りに銃を投げる。

 予定した通りに左腕(レイピア)を振るう。


 やはり。

 左手で支持した剣で弾丸を受け。喉元を狙って投擲された拳銃を紙一重で避け。そして虚空(ヽヽ)から(ヽヽ)飛び(ヽヽ)出た(ヽヽ)細剣(レイピア)を――沸鉄剣で溶解(とか)した。


 想定通りに、マクスウェルは動いた。


 回避と迎撃。

 体軸を傾けて、唯一握った武器は振り抜いている。いわゆる無防備。防御不能の姿勢。


 魔法(マジック)旅袋(・バッグ)から取り出した細剣(レイピア)の、剣身が消える。

 沸鉄剣に触れたわけではない。

 魔法の(とくべつな)細剣(レイピア)、だったわけでもない。


 消えた先は地球。

 そしてその先でもう一度――俺は経験を頼りに『断界(だんがい)斬徹(ざんてつ)』を放つ。


 言うなれば、それは。

 『断界』そのものが『(けん)()』の()(けい)に近いものだが。それでもあえて、己を奮い立たせるために俺は言おう。


断界(だんがい)斬徹(ざんてつ)()(けい)――『両界(りょうかい)()(だん)』」


 刃の煌めき。

 六面(この)世界から消えたはずの刃が、()(たび)虚空を裂いて。

 マクスウェルの背後(うしろ)から現れ、奴の左胸を貫いた。

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