第25話 ReRise <9> :才分化 -to Edge-
それはきっと、偶然だった。
けれど必定の偶然だ。
起こったのが俺と戦っているときだった、というだけで。
後に控えたシズカとヴァレットくんとの戦いの最中でも良かった。最後の砦である――と、俺が思っているだけかもしれないが――軍の兵士との戦いのときでも構わない。
アルキスやユミナとの戦いだって紙一重だったはずだ。
一歩違えば、他のタイミングで起きていたこと。
アルキスが、ユミナが、シズカとヴァレットくんが、俺が。
ここまでマクスウェルを削り続けたからこそ起きた偶然。
疲労と負傷。奴の集中力の糸がほんの一瞬、解れた瞬間。けれど俺は予期していなかった。
だからこその偶然。
銃を狙ったはずの風の刃は、マクスウェルの左親指を根元から抉り。
そして指を斬り落とした。
赤く泡立つ剣を躱し、普通の細剣を振るう。
細剣は溶解ない。
左手の動きは――銃撃は、ない。
細剣は切っ先から尾を引いて。
血が一条、空を走る。
左肩口。まだ浅い。
「ふはっ――」
それでも奴が表情を歪めることはなかった。
よほど状況に熱狂しているのか。痛みをもう感じないらしい。
だが親指を失った。
失わせた。
これで撃鉄を引き起こせない。
他の指で代替しようなんて隙は与えない。
踏み込んできたマクスウェルと交差するように身体を運ぶ。
離れる距離を追いかけるように、刺突。
風の刃が腕を貫く――
はずだった。
「てめえ……っ!?」
撒き散らされる血。
溶け崩れる剣身。
落ちる拳銃。
マクスウェルの左手に掴まれた風の刃の細剣が、沸鉄剣に触れて溶解る。
否、掴んだというほど上等なものじゃない。
細剣に纏われた風刃の中に、指を突っ込んだだけだ。
そして俺が魔法の武器を解除する前に、沸鉄剣で破壊した。
たったそれだけ。
だが――
手放されて地面に落ちた拳銃が、暴発することもなく転がって静止する。
「正気か、てめえ!」
「もちろん。これは必要な措置でした」
――元より拳銃は、もう通用しそうにありませんでしたからね。
左手。その五指のうち三つまでを失って。おまけに手首から先に赤く煮える鉄を浴びてなお、マクスウェルはそう言って笑った。
――狂人め。怖い。怖い。怖い。
――違う。これは強がりだ。真に受けるな。
偽りの伝心の奇跡と、自分の思考が重なってうねる。
思考を、流されたわけではない。
けれど一瞬の空白は、確かに存在していて。
間隙を縫うようにマクスウェルは剣を振るっていた。
気付いたときには、もう遅い。
何もかもが遅過ぎた。
拳銃弾とはいえ。剣越しに弾丸の衝撃を受け流した左腕は重い。僅かな痺れが残っている。防御は不能。
右手は無手。剣身のなくなった風の刃の細剣を手放している。今から剣を握って、攻撃してマクスウェルを引き剥がす――間に合わない。
足は踏み出されている。
剣は振り上げられている。
感情は混線していても、思考は冷静だった。
きっと、躱せないだろう。
論理的に、そう解する。
理解しながら、少しでも距離を離すために――少しでも傷を浅くするために、本能から俺の身体は動いていた。
一瞬一度、視界から消えていた真剣が、いつの間にやら端へと戻ってきていた。あとはこれが、俺の視界を縦に割るのを待つだけだ。
たったそれだけで、大勢は決する。
理解しているからこそ、マクスウェルは止まらなかった。
『同じ才能があるかどうかは分からないが、異なる境地へ至る可能性はある』
――走馬灯。
『俺様の鎧をあれだけまとめて貫かれたのは初めてだ』
――走馬灯。
『最後の「斬り徹し」。お前さんを六面世界へ送った刃術、「断界斬徹」だ』
――――走馬灯。
引き延ばされた時間感覚の中で、刃だけがゆるやかに迫ってくる。
まだ、死なない。
まだ、死ねない。
それは直感だった。
それは本能だった。
論理ではなく。理性ではなく。
選び取ったのは『断界斬徹』。
刹那の間に刃が滑る。
僅かな距離を刃が徹る。
捉えたのは剣理の弥終。
初代が辿り着いたのとはまた別の、ある境地。
刃が地球を通過して、六面世界へと戻ってくる。
そして。
「「ちぃ――ッ!!」」
悔恨の呻きが二つ重なる。
俺とマクスウェル。
マクスウェルは当然、俺を仕留め損ねたから。
そして俺も、マクスウェルを仕留め損ねたからだ。
「今のを躱すのかよ!!」
「ふはっ! 忘劇的ですねえ! 天人の特性をお忘れですか!?」
マクスウェルが身体を仰け反らせ、そこに――奴の首のあった位置に鍛冶神の御手の剣を置く。
溶解た細剣を手放す。
そして次を抜……かない!
「味わえ俺の痛み!!」
動かすのは足。
蹴り上げた拳銃をそのまま握り。
マクスウェルに向けて撃鉄を起こす。
そして引鉄を、引いた。
思わず耳を塞ぎたくなるような銃声がして、反動で右手が跳ねた。
掻き消されるように、金属音。
右手で浅く握った、剣の状態の鍛冶神の御手の剣。
剣身にかたく添えられた左手。
真に支えているのは、右手ではなく左手だ。
――銃弾を確実に受け止めて、その上で右手にかかる衝撃を緩和しやがった。
撃鉄を起こす。
輪胴が回る。
……残り一発、か。
銃把と引鉄。
小指と人差し指に力を込める。
そして俺は、ここから攻撃に移る流れを思い描いて――銃を撃った。
想像した通りに銃を投げる。
予定した通りに左腕を振るう。
やはり。
左手で支持した剣で弾丸を受け。喉元を狙って投擲された拳銃を紙一重で避け。そして虚空から飛び出た細剣を――沸鉄剣で溶解した。
想定通りに、マクスウェルは動いた。
回避と迎撃。
体軸を傾けて、唯一握った武器は振り抜いている。いわゆる無防備。防御不能の姿勢。
魔法旅袋から取り出した細剣の、剣身が消える。
沸鉄剣に触れたわけではない。
魔法の細剣、だったわけでもない。
消えた先は地球。
そしてその先でもう一度――俺は経験を頼りに『断界斬徹』を放つ。
言うなれば、それは。
『断界』そのものが『顕理』の離型に近いものだが。それでもあえて、己を奮い立たせるために俺は言おう。
「断界斬徹・破型――『両界破断』」
刃の煌めき。
六面世界から消えたはずの刃が、三度虚空を裂いて。
マクスウェルの背後から現れ、奴の左胸を貫いた。




