第24話 ReRise <8> :復戦
前話まで三人称でした。
ここから一人称に戻ります。
『この囲いから出ちゃダメよ。あんたの剣術なら斬れるでしょうけど……勝手に動いて傷が開いても知らないから』
そう言い含めて、アルキスは戦場へ戻っていった。
引き止める暇もない。
というか銃で撃たれて意識が飛んで、気付いたらこの……仮称・『擬結界の奇跡』の中にいたのだ。重い病気が顕在化して目が覚めたら集中治療室――なんてのはこんな気分なのかもしれない。
記憶の最後は、マクスウェルの銃撃。
現状はヴァレットくんが――なぜか『永世斬徹』を奪われた上で――撤退中。ユミナは倒れていて、アルキスが時間を稼いでくれている。シズカは蚊帳の外だ。まあ、自衛能力のない彼女に矛先を向けられても困るわけだが。
最後に、結界モドキ。
俺を囲むように展開された球状の膜だ。触ろうとするとゆるやかに指先を躱す動きをした。風に揺れる花びらのようだ。
心なしか時間経過とともに色が薄くなっているような気がする。目が慣れたせいかもしれないが。
……これが消えてようやく、俺は動けるようになるってわけだ。
それまでの時間は、アルキスが稼ぐつもりなのだろう。
カエデ様から預かった道具は……『永世斬徹』はマクスウェルが持っている。
集中力が上がるという小石は、いつの間にか割れていた。銃で撃たれた位置に入っていたわけでもないのに、どういうことなのか。
いや。それはこの際、脇に置こう。
――俺が考えるべきは、どのタイミングでこの結界モドキを破って加勢するか、だ。
このペースで結界が薄まっていくとなると、時間が掛かり過ぎる。
二百秒か、ひょっとすると三百秒くらい掛かるかもしれない。それをアルキス一人で稼げというのは、どだい無理な話だろう。
だから――
「――ジンさん! 意識がお戻りになりましたか!」
「うわぁ!? ……ああ、ヴァレットくんか。びっくりした」
「はい、僕です。それと申し訳ありません。『永世斬徹』を敵に奪われてしまいました」
「別にいいよ」
別に刀身が真っ二つなったわけじゃないんだ。
取り返せばいい。
それより……
「役には立ったか?」
「それはもう。――と、そうでした。その件について、あなたにお伝えしなければならないことがあったんです」
ほう。
伝えたいことか。
それはおそらく、『永世斬徹』を媒体にしてから増えたと考えていいのだろう。
なんだろう。
すごく嫌な予感がする。
◆◆◆
クソッタレめ、クソッタレめ、クソッタレめ!
刃術師って連中は、どうしてバカしかいないんだ! ああ、俺も刃術師だった! クソッタレめ!!
弟子は手違いで異世界に送るし! 幼女のフリして山賊のお宝の中に紛れるし! 試し斬りで世界に三つしかない貴重品を喪失するし!
挙げ句の果てに――継承失敗ならともかく――『理屈が分からないから』が理由で秘奥を一つ失伝した!? 仮にも古武術がそんな理由で継承諦めてんじゃねえ! ――あぁっ、そもそもそういう流派だった!
「だ、大丈夫ですか? ジンさん……恐ろしい顔色になっていらっしゃいますが……」
「ああ、平気だ……ちょっと歴史に文句を付けてただけで」
「大丈夫じゃなさそうですね……」
大丈夫だって言ってるだろ。
「それで? 他に伝えることは?」
「ええと……『同じ才能があるかどうかは分からないが、異なる境地へ至る可能性はある。そのための鍛練は怠らないように』と」
異なる境地――『祓心斬徹』以外から派生する秘奥、か。
難しいことを言ってくれる。
だけど今のままでは、五分――否、どう贔屓して見たって三も分があればいいほうだろう。
やるしかない。
問題はその秘奥とやらに、戦いながら至らないといけないってことだけだ。
――光と音が止む。
アルキスの呼び出した光の柱は、結界モドキの中にまでは影響を及ぼさなかった。同源の奇跡だから干渉しないようになっているのか、元々この結界モドキが極端な音と光を遮断できるのかは知らないが。
とにかく最後の反撃が終わったのだ――俺以外の。
マクスウェルは、まだ、立っていた。
血塗れになりながら。しかし分厚く巨大な魔法防壁で、天上から降り注ぐ雷を凌ぎ切って。奴はまだ立っている。
まだ、斃れていない。
「ヴァレットくんはシズカについててやってくれ」
「え? ですが――」
問答の終わらぬうちに、ゆっくりとマクスウェルが進み出す。
ヴァレットくんが怪訝な視線をこちらに向けるのを、俺は結界モドキの中から真っ直ぐに見つめた。
「ユミナやアルキスと違って、俺には遠くを射抜く手段がない。シズカに矛先が向けば、また奇跡が使い放題になる。それは避けたい」
「……分かりました。お嬢様と結界を、必ず守り抜いて見せましょう」
「ああ、頼んだ」
ヴァレットくんの背中を見送って、マクスウェルを見る。それを合図にするかのように、ほとんど透明で分からなくなっていた膜が、ぱちんと弾けた。
……シャボン玉かよ。
「――ふうっ。なんにせよ、これでようやく動けるってわけだ」
立ち上がって、深呼吸。
アルキスとユミナは倒れている。
二人には目もくれずにマクスウェルは向かってくる。どうやら脅威の排除が優先らしい――あいつが無視までするってことは、本当に戦力にならないところまで消耗したのだろう。
――かすかな眩暈。
傷が塞がっても、失われた血液までは戻らない。
だけど満身創痍は俺だけではない。
日焼けした皮が剥がれるように、動く度どす黒い血の鱗を撒き散らしながら。
マクスウェルは俺へと歩を進めている。
そして、止まった。
「お待たせしましたね」
「お前のことを待ってたわけじゃないさ」
いや本当に。
できればアルキスの超雷撃で死んで欲しかった。
まあしかし、もしもの話に意味はないわけで――
俺は魔法旅袋から細剣を取り出す。
呼応するように、マクスウェルの握る剣も赤熱した。
「――いきますよ」
いやに響く声。
四半瞬だけ早く、マクスウェルが駆け出す。
けれどそれは有利に繋がらない。
後から駆け出しても、斬り合うのは同時だ。
否――
――俺のほうが半歩早い。
本来の間合いよりも遠く。
距離にして一メートル。
普通ならば刃は届かない。マクスウェルの喉元から一メートルだけ遠くで、鉄の刃が空を斬る。
しかし。
その軌道の先で、マクスウェルは回避した。
回避せざるを得なかった。そうしなければ傷を負うから。
「奇襲禁止ってな、キツいルールだ!」
「使える才能を使っているだけです!」
切り返し、一刃。
おっと、今度は普通の細剣も届くから合計二撃だ。
普通のほうの細剣が沸鉄剣の犠牲になって、交差が終わる。
振り返りざまの一刃。
空を裂いて訪れた一撃を、マクスウェルは背中越しに避けてみせた。
ちっ。
相変わらず近接戦の才にも恵まれてやがる。
「……いい性能ですね。興味が湧きました。譲ってくれませんか?」
「やなこった」
細剣補充。
今度は俺が先に駆ける。
そしてやはり、半歩だけ先に攻める。
刃は届かない。
けれど斬撃は届く。
『風の刃の細剣』。
剣身と柄はごく普通。鍔の部分だけ銀製の地にエメラルドの装飾をあしらった細剣は、この戦いの前夜にカエデを通じて渡されたアルキス大好き印の魔法の武器である。
効果はいたってシンプル。
剣の先端から約一メートルほどの長さで、風の刃を作り出すというもの。風の刃で『斬り徹し』はできないが、素でチェーンソーのような切れ味を持っているので十二分だ。
ただし一つだけ気を付けなければならないのは――
「疾ッ!!」
「――っ危ねえぇ!」
鍛冶神の御手の剣が掠めそうになって、慌てて剣身を引く。
――気を付けなければならないのは、奴の持つ沸鉄剣だ。
こちらの剣が一メートル長く届くとはいっても、刃を届かせるためにはマクスウェルの身体から一メートル以内に剣身が存在せねばならない。
それはすなわち鍛冶神の御手の剣の間合いだ。
総じてこの戦いでは扱いにくい武器、と評価せざるを得ない。
……折角の厚意ではあったが、溶解してしまう前にしまっておきたいな。
「おや。折角の御厚意を無下にするおつもりですか?」
訊いながら、マクスウェルは左手を体軸の影に隠した。
次瞬。
「壊すよりマシだろ――っぎ!?」
銃声。
弾丸が当たって軌道を逸らされた普通の細剣が、ひしゃげて曲がる。
まだ撃てたのか。忌々しい。
銃を叩き斬ってやるのが一番だが――チャンスより先に弾が切れそうだ。
「とはいえ、狙いはさせてもらうぜ……!!」
普通の細剣が先に壊されたことで、すぐさま収納というわけにはいかなくなった風の刃の細剣。
だが戦いに使えないわけではない――むしろ戦術用としては一級品だ。
そんなことを思いながら、風の刃を唐竹に振るう。
苦し紛れの一太刀。
だが、見えない刃は――俺にも全容が掴めない刃は、きっと天人にも捉えられないということで。
そして切っ先が。
標的に届いた。




