第23話 ReRise <7> :◇Sinker
『千早雷迎・山津喰』。
暗獄神が齎す、最終にして最強の攻撃奇跡。
アルキスの最大出力。
積んで、積んで、積んで、積み上がる雲霞。
乱れ乱れ乱れて、降り注ぐ稲妻。
爆音は音の波。
共鳴が共鳴を呼び、連なる大音響が暴風となって周囲を襲う。
術者たるアルキスすら、立っていられずにその場へしゃがみ込んでいる。
けれど最も致命的な場所は、やはり雷鳴の中心だ。
オーロラを纏うのは、直径十数メートルにも及ぶかという雷霆。しかしそれは、幾条もの――幾千もの雷が重なって生まれたもの。
その雷すべてがそれぞれにオーロラを発生させているのか、あるいは奇跡が束なったせいなのかは分からない。
確かなのは一つ。
ここにいる誰も、その光景を幻想的などと評することができなかった、ということだけ。
それは厳然たる殺意だった。
間隙なく、間断もなく、雷は落ち続けた。
たっぷり一分半。ぴったり九十秒にわたって顕現した光の柱は、残響だけを置いて消える。
後に残ったのは人影一つ。
「――なんで」
瞠目。
敵を視界に入れながら、しかしアルキスは詠唱も、弓を構えることもしなかった。
――否。
できなかった。
もはや奇跡を撃つ魔力も、弓弦を引く体力も残っていない。
だのに彼は立っていた。
総身を血の赤で染め上げて、彼は立っていた。
頭上に、崩れゆく半透明の天蓋を戴いて。
「……まったく、もって、度し難いですね。人間に向かって……放つものではありませんよ」
そんな恨み言を漏らしながら、"人間"はゆっくりと歩き出した。一歩ごとにふらつきながら。けれどその足取りは、徐々に確かなものとなっていく。
アルキスに、向かってはいない。
ユミナにも、近付いてはいない。
「なんで、まだ立てるのよ……!!」
「――『深淵の腕に抱かれよ』」
答えることすら億劫だとでも言いたげに、マクスウェルは左手を振るった。
偽陽神における初歩の奇跡の一つ。
本来ならば赤子の安眠にしか使わないようなものだが、気力と体力を使い果たした人間を眠りに導く程度の効果はある。
がくりと弛緩したアルキスには目もくれず、マクスウェルはさらに進む。歩みに合わせて傷が塞がっていく。
遅々とした回復。けれどそれは確かに、彼の身体へと活力を取り戻させていた。
「――――」
ぴくりとも動かないユミナに一瞥を与えて、けれど直後に興味を失って。マクスウェルは先へ向かう。
先へ。先へ。視線の先へ。
アルキスでも、ユミナでもなく、マクスウェルが見ているのは一人。
魔力はあまり残っていない。
身体も襤褸同然。防壁を抜けたダメージと反動による負傷を、どうにか『再生の奇跡』で治癒している状態だ。
――だが、動く。
剣士として鍛え上げられた両の足で確と大地を踏みしめると、マクスウェルは前を見据えた。
視線の先には一人の男。
"刃術師"ジンタロウ・ハザクラ――ジンと名乗る男だ。
「お待たせしましたね」
「お前のことを待ってたわけじゃないさ」
ジンが負った傷はすべて塞がっていた。
腹部と右胸の銃創は完全に消えている。それに、四発目――左胸を捉えたはずの銃撃は鎧にすら傷を与えていなかった。
とはいえ万全、という様子には見えない。
失血から顔色は白くなっているし、虎の子の『永世斬徹』もマクスウェルの後ろにある。
負傷の度合いはマクスウェルのほうが大きい。
しかし強力な魔法の武器は彼だけが握っていて、なけなしながらも魔力は残っている。
それに魔力についていうなら――シズカが結界を張る前から維持している奇跡は、未だにすべてが使い放題だ。
自身に分がある。マクスウェルがそう判断するに足る材料は揃っている。
しかしその判断以前。ジンに向かって進み始めた時点で、既に。
マクスウェルの心は凪いでいた。
決死のやりとりの中では心の在り様が結果を左右する。
その点で言えば、必要なときに必要なだけ、望むまま覚悟を決められる彼は、確かに十全の才覚を持ち合わせていたのだ。
剣身が溶解する。
二千度を超すエネルギーを得た鉄が、赤熱して飴のようにとろけて、なおも刃の形を保つ。
双剣が現出する。
魔法旅袋から取り出された細剣二つが、鞘を伴わずに掌へ落ちる。
「――いきますよ」
皮切りは、マクスウェル。
瞬間の、その四半にも満たない時間。
それだけ早く、マクスウェルは駆け出して。
ジンの細剣が、半歩早く振るわれた。
鉄飴の剣と鋼の細剣が、交錯する。




