第20話 ReRise <4> :◇始まりの刃術師
風を切って、刃が迫る。
間一髪。まさにその言葉が示す通りにユミナは剣を躱した。
はらりと銀髪が舞って、それを追うように縛鎖が伸びる。
転がったユミナが立ち上がるだけの時間を、二体の下級魔族が稼ぐ。
さらに距離を離す時間を、"魔六道佐"の放った鎖が稼ぐ。
魔族は天人ではないために致命打を与えにくいが、最適化しても回避には行動が必要だ。
だからユミナは、数を用意することにした。
佐級魔族を完全召喚して下位の魔族をさらに喚ばせ、自分は魔法でそれを援護する。
ユミナがやっているのは時間稼ぎだ。
彼女は知っている。
――否、知っていた。
カエデが『永世斬徹』を使って、策を練っていることも。その過程でジンが倒れれば、アルキスが治療しようとすることも。
シズカに記憶操作が施されていることまで、ユミナは承知していた。
アルキスの治療にどれだけの時間がかかるのかは分からない。
とにかく『万雷掌』を使ってジンとともに遠くへ移動させている。
アルキスはユミナより速く、今のところマクスウェルは追いつきやすいユミナを狙っている。だからユミナが倒れない限りは安全だ。
ユミナの目とジンの思考では、マクスウェルの用いた暗器は拳銃で間違いない。しかし拳銃だから魔法の武器でない、とは限らない。
ゆえに彼女は死力を尽くしている。
喉の底から遡る血を、鼻の奥から漏れる血を、緻密な魔法操作で胃袋の中にに押し込む。口から吐き出す前に。鼻腔から流れ出る前に。
天人は天人の心が読めない。
だから目に見える範囲で血を吐いたりしなければ、マクスウェルはユミナが自分を削っていることに気付けない。
もしもマクスウェルが気付いていたら、彼は声高にそれを指摘しただろう。
しかしマクスウェルは黙して語らず、目の前のユミナと彼女への直接攻撃を阻む魔族"魔六道佐"に対して、通常の剣形態の鍛冶神の御手の剣を振るっている。
ユミナは金属製のものをほとんど身に付けていないし、魔族は金属のようなものを使っていてもほとんどが『金属のような硬度を持つ自分の身体』なので効果がない。
今に限れば、溶鉄形態はユミナの服の金具を溶かすくらいにしか使えないのである。
「……『常磐の拳打』」
「『焔尾の戟』!! ――っふ、流石に天人相手はっ、やりにくい、ですね!」
「それは重畳。私はやりやすい」
炎の大槍が岩の拳に当たって爆ぜる。
並の質量魔法なら弾き飛ばすほどの暴風は、しかし壁の如き岩石に防がれる。想定外に自分のほうへと飛来した礫を躱しながら、マクスウェルは顔を顰めた。
魔法の読み合いはユミナの勝利。
さらに"魔六道佐"の鎖が剣に絡み、剣身を液化することでマクスウェルは拘束されずに進む。
それでようやく、距離が縮まらなかった。
マクスウェルが前進するのに対し、ユミナは後退せねばならない――という人体構造上の不利は、もちろんある。
だがそれ以上に、根本的な筋力差だ。
ユミナは読み合いに勝てば距離を縮めずに済むが、マクスウェルは読み合いに負けなければ少しは距離を詰められるのである。
何より分が悪いのは、既に間合いがユミナのものではなくなっていること。
追撃こそ"魔六道佐"の横槍で免れているが、一つ距離を詰められただけで転がって回避したり、小さな魔法を詠唱なしで行使せねばならない。
そうしなければ剣が喉元まで届くような状況なのだ。
ゆえに――
「……『波打つ灼岩』」
地面が溶岩に変わっていく。
それはユミナの足先を追うように、見方によってはユミナが踏んだ場所を溶岩に変えていくように、ゆるやかに広がっていく。
「ふはっ! ――『風運びの揺り籠』、さあ追劇的に、終劇的にいきましょう! もう一つ――『蒼炎の鏃』!!」
けれどその踏み得ざる泥濘を、マクスウェルは当たり前のように跳び――否、浮き越えた。
――ゆえに。
その博打すら打たせないために、マクスウェルは動いた。
目の前の事象を、ユミナはそう理解した。
連続魔法。
宙空に浮かぶのは二十の鏃。
反動による外傷は見られない。まだ現れていないのか、それとも見えない箇所に傷を受けたのか。考察と並行して状況を計算する。
思考を回す。極限まで引き延ばされた時間の中で、打つ手を探す。
それが自分の生存のためなのか、仲間の生存のためなのかは、分からないけれど。
だから彼女は掌を翳した。
「――『残滓の大嵐』」
身体が軋む。視界が歪む。
余波ではなく反動。
通るべき道筋を用意されないまま撃ち出された魔力の奔流が、溢れて術者に寄せ返る。
遅れて、暴風。
熱気と水滴が擦り合う乱気流の中で、雷が唸りを上げる。
今のユミナが発揮できる最高威力。
超長射程砲撃――本来なら交戦していない軍隊同士ほどの距離を一瞬にして劈く大魔法を、彼女は躊躇なく眼前のマクスウェルへと向けた。
そして。
◆◆◆
そして、ヴァレットは身を伏せた。
違う。
――ヴァレットの身体を借りている男が、咄嗟の判断で這い蹲ったのだ。
頭上を風が通り過ぎていく。
離れていても背筋がひくつくほどの爆風だった。
「無事かね、お嬢さん」
声はヴァレットのもの。
けれどその意味が、シズカには分からない。
知らない言語だった――けれどシズカはそれがどこか、ジンの独り言に似ていると思った。
「言葉が通じんか。見目からして違うものな。――この男子は倭の男に似ているというのに」
『永世斬徹』を鏡代わりに自分の見た目を確認しながら、ヴァレット――もとい降霊された誰かは思案する。
(ひとまずどちらが御味方なのか、分からんと手も出せぬわな。手っ取り早く刃を向けてきてくれれば良いのだが――)
(金髪の人です! 金髪の人が敵です!)
(うん? ……ああ、霊媒の男子か。なるほど、精神同士なら意味の理解ができるというわけだな)
(考察はいいですから金髪の人と戦ってくださいっ!)
ふむ、と左手で顎を撫でる。
髭のない、つるりとした感触が指先に伝わる。
それに少しだけ不安を覚えて、
(……ふむ。ちゃんと男子だな)
(そんなところを見てる場合じゃないですからーっ!!)
降霊された誰かは、肉体の性別が男性であることを確認すると、改めて前を見た。
ヴァレットは必死に主人格――というか自分が身体を明け渡した相手を説得しようとしているが、彼の身体は一歩も動いていない。
というより、主人格には分からなかったのだ。
敵がどちらなのか。
視界の左端で銀髪の少女が吹き飛ぶのに巻き込まれて地面を転がっている、福耳――というには妙な形の耳をした金髪の少女なのか。
今ようやく爆風から立ち直って、少女二人のもとへ殺気を剥き出しにして駆けてゆこうとしている金髪の青年なのか。
(それで、この身の持ち主よ。金髪の男か女子か、いずれに助太刀すべきかな)
(え!? ……ああ、そういう――男が敵です!)
(承知した)
そして、紫電が迸った。




