第19話 ReRise <3> :◇剣波弾雷を数翔けよ
ここからしばらく三人称パートです。
――三度、轟音が響いた。
――ジンが倒れた。
二つの事象。
数多の思考。
解に至るまでの時間に、僅かな差異こそあれど。
それだけで、残る四人は事態を理解した。
ほんの三十メートル――シズカとヴァレットはさらに後方にいるので、五十メートル――先で、仲間が倒れたという事実を。
ユミナは、再現可能だと思っていなかっただけで銃器の存在を知っていた。
アルキスも、鉄を電気で加速させて撃ち出す手法を教わる過程で――現在の彼女の力量では再現できなかったが――、そういうものがあると知っていた。
一番遅かったのはシズカとヴァレットだ。
二人は轟音の原因を、マクスウェルの奥の手程度にしか認識しなかった。
そうでなくともシズカはマクスウェルの奇跡を防ぐ結界に神経を集中しており、ヴァレットもそのそばを離れるわけにはいかなかったのだが。
ともかく最初に動いたのは、ユミナとアルキスだった。
ユミナが詠唱を始めるのと同時に、宙に浮かぶ雷の掌の一方が、ジンを掴んで引き摺る。
四度目の銃声が、ジンに追い縋るように鳴り響いた。
ジンの身体がびくりと跳ねる。しかしそれ以上の追撃はない。
マクスウェルと気絶したジンとの間を、矢と雷が遮ったのだ。
忌々しげな視線。
決死の射線。
二つの死線がアルキスを捉える。
マクスウェルの人差し指が動いて、拳銃が奇妙に跳ねた。
「ああっ、もう! なんなのよ、あの変なのは!?」
「いいから、詠唱して。少しでも量で天秤を傾けないと、押し切られる。『蒼炎の鏃』」
青白い炎で構成された数十の弾が、マクスウェルの行く手を阻む。
けれど着実に、敵はユミナたちに接近している。
「『万雷掌』の間は無理よ!」
「……使えない。『赤炎の鏃――爆ぜよ』」
攻撃に使うには貧弱な炎矢が、音と光を伴って爆発する。
意表を突かれたマクスウェルが立ち止まったのは一瞬のことで、その隙を突く手段がユミナにはない。
――厳密には無詠唱ならできるが、万一外せば致命的な継戦能力の低下を招く。
ユミナにその選択肢は、ない。
天人相手に対等な読み合いができるのは、天人だけだ。
それがユミナには惜しかった。
どさり、と隣で音がする。
アルキスの『万雷掌』によって運ばれてきたジンの身体だ。
腹と右胸。傷跡から出血している。
弾丸は貫通しているようだった。
(……まだ、戦わせられる)
ユミナは即座に決めた。
場合によっては見捨てることも視野に入れていたが、使えるならば使わねばならない。
治せば使えると、ユミナは冷徹のつもりで判断した。
問題は。
「さあ。そろそろ仕舞いにしましょうか。終わったゲームをいつまでも楽しむ性癖は持ち合わせていないのでね」
――僅か十メートルの距離まで迫ったマクスウェルを、どう掻い潜るかということだった。
◆◆◆
アルキスが創り出した雷の掌が、ジンを引き摺り始めた直後。
遮神結界の隅で、ヴァレットとシズカは言葉を交わしていた。
「ヴァレット。あの刀を盗ってきてちょうだい」
「えっ? ……どうなさったのですか、お嬢様」
自らが仕える主の発言に、ヴァレット・パーライトはひどく混乱している。
味方の武器を剥げなどという命令を、今まで受けたことはなかったからだ。
ヴァレットは知らない。
シズカの記憶に施された仕掛けのことを。
シズカも知らない。
自らの記憶に施された仕掛けのことを。
「ヴァレット。もう一度だけ言いますわ。あの刀を、盗ってきなさい。今すぐに」
シズカの目はジンを――否、ジンの持つ『永世斬徹』を、見ていた。
それは彼女自身にも分からない動機だ。ただ己の裡から湧き上がる思考を、言葉にしているだけ。
「……分かりました」
ヴァレットが駆け出す。
腑に落ちない。感情は隠しきれていないが、行動に支障はない。
どさり、と前方でジンの身体が投げ出された。
ユミナとアルキスの背の向こう、マクスウェルが口端を吊り上げている。
ヴァレットは静かに『糸』を使った。
懐古の念が生じるほど昔にシズカが彼に降霊した女の技術の片鱗だ。
人を殺すことはおろか、移動する標的に掠らせることすら難しいが、動かない米櫃を引き摺って移動させる程度の操作性と馬力はある。
抜き身の日本刀一本程度、容易いことだった。
右手に『永世斬徹』を握って、ヴァレットはシズカのもとへ戻る。
「素晴らしいですわ」
捧げるように差し出された刀の柄に、シズカはおそるおそるといった様子で触れる。
そして彼女は、目を見開いた。
「――素晴らしいですわ。これで勝てます」
思い出した記憶を頼りに、シズカは霊札を取り出していく。
そもそも儀霊とは、人の精神の力を利用し、そして精神に作用するものだ。
語り掛けて答えをもらう。
呼び掛けて力を借りる。
探知術式然り、攻撃術式然り。
かつては人の精神だったものを導いて、望む結果を得るのである。
シズカでさえ。
アルキスの奇跡やユミナの魔法には及ばずとも、儀霊に関しては鬼才と呼ばれるシズカでさえ、人の精神だったものが限界なのだ。
才能でも努力の時間でも劣るカエデには到底、自我を貫いて人の精神を操るなどできはしない。
ゆえにカエデ・ミレーティアがとった方策は三つ。
抽象的に言えば、こうだ。
自分以外の刃術師――すなわち戦場で『永世斬徹』を持っていても不思議でない人間に、それを託して運ばせること。
そして自分以外の祈祷師に、『永世斬徹・真打』を媒体とした降霊を行なわせること。
最後に、降霊の準備をして戦場に乗り込んでも不思議でない人物を、何も知らない状態で送り込むこと。
後半二つは二人一組なので実質的には方策も二つだが、カエデの打った手はそういうものだった。
自身が天人の血を引きながらも読心能力がない――天人に読心されてしまう身の上である以上、彼女にできる支援はこういう手段だけだった。
何も知らないヴァレットを依り代として戦場へ送り。何も知らないジンを使って霊媒たる『永世斬徹』を戦場へ送り。
すべてを思い出したシズカに、降霊を行なわせる。
それこそ唯一、ここに来られないカエデが弄した策だった。
そして悉皆綻びなく、それは成ったのだ。




