第18話 ReRise <2> :"最悪"の切り札
浅い。
『斬り徹し』で傷付けられたのは鎧だけ、あるいは薄皮一枚といったところ。
追撃しようとした細剣を溶解されて、剣戟に空白が生まれる。
「……これはまた。驚劇的な武器があったものですね」
溶けなかった『永世斬徹』を見て、マクスウェルは驚いたように肩を竦めた。
また白々しい台詞を。
俺の心を読めば可能性くらいは理解できていたはずだ。
「知っていても驚く。という経験くらい、あなたにもあるでしょう?」
「それくらいはあっても、だ。……そんな魔剣を持ってる奴が吐いていい台詞じゃないだろう?」
鍛冶神の御手の剣を睨みながら言った俺に、マクスウェルは笑みを向ける。
「そうかもしれませんね。この剣に関する驚きなど、久しく忘れていましたから」
マクスウェルが己の右手へ視線を落とす。
――今!!
「天人相手に! 不意討ちとは! 気でも狂いましたか!?」
戻ってきた視線が、剣の軌道を読み。
マクスウェルは刃を躱した。
やはり。
起点のタイミングも、狙った場所も読めている。
だが――
「軌道まで正確に、読めるわけじゃないな……?」
「……くはっ。そんな観察までできるようになってしまって。僕は悲しいですよ。魔刃将をぶつけたのは失敗だったかもしれませんね」
一瞬。
距離が開く。
俺が不利になったわけでも、奴が優位を勝ち取ったわけでもない。
互いの呼吸継ぎが噛み合っただけの、僅かな間隙。
言いつつも、『永世斬徹』の斬撃を機械じみた紙一重で躱し、細剣だけを的確に溶解させてくる。
……片手が自由になってもなお、厄介極まる性能だ。
鍛冶神の御手の剣。
「ふふふ。厄介だと思って頂けるなら感劇的です。……折角ですから様式美として訊いておきましょうか? 今、降参するなら命だけは――」
「お断りだ!」
「でしょうね! ――『太陽王の七本槍』!!」
光でできた人型が七つ。
マクスウェルの周りで起き上が――ろうとして。
「させない。……『汝染める氷の閨棺』」
いつの間にか俺を壁にできる距離まで接近してきていたユミナが魔法を放った。
質量……を持っていたのかは分からないが、確かな熱量を感じた七つの人型たちのうち――五つまでもがそれで沈む。
残る二体が握っている武器……あれは薙刀か?
くそ。全身が光ってるせいでシルエットが分かりづらい。とにかく長物だと頭に入れる。
……そもそもあの騎士みたいなの、ちゃんと斬れるんだろうな!?
若干の不安を過らせながら、前へ踏み出そうとして。
突如として空に、薄い幕のようなものがかかった。
否、幕じゃない。あれは……透明な壁だ。
視認と同時に理解する。
儀霊の結界。
それが意味するのは遮神性。奇跡の阻害。
つまり――
「決着の時間だ! マクスウェル!!」
「丁重にお断り申し上げます! 『恵みを受けよ、導きのままに』!」
前進。
しながら、警戒を引き上げる。
右手に日本刀。左手に細剣。こちらは万全。
だが。
弱体化したといえど奇跡は奇跡だ。
――来ない。
同時に、マクスウェルの表情が歪んだ。
「……奇跡封じに特化した結界ですか。しかもこれは、あなたのお仲間の――」
「――『鈴鳴猫の万雷掌』!!」
打てば響く。
その言葉の意味を示せと言わんばかりに、アルキスの怒号と雷鳴が響き渡る。
マクスウェルが本物の感情を乗せて、足元を見た。
どうやらシズカはうまくやったらしい。
儀霊の遮神結界で、地表方向以外を覆い――偽陽神の奇跡を封じつつ、暗獄神の奇跡の邪魔をしない。
だからアルキスの奇跡は、十全に機能する。
雷でできた左右一対の掌が、引き寄せ合って、重なる。
拍手のような乾いた音の代わりに、爆音が轟く。
轟音とともに、迸ったのは電光。
自己増殖した雷撃が、光の騎士二体を打つ。
阻むはずだった光槍を相手取ることなく、俺はマクスウェルに迫る。
刃。
交錯。
細剣を取り出す。
雷の掌は、まだ消えていない。
「どうしたマクスウェル! また光の騎士でも造ってみたらどうだ!?」
「あれは奇跡製だったもので! ご期待には沿えそうもありませんよ! ですので代わりに――『蒼炎の鏃』!!」
青白い炎の矢が、俺の行動を妨げるように降り注ぐ。
至近距離。それはすなわち一歩間違えばマクスウェルにも当たる位置――のはずなのに、奴の立ち回りは危なげない。
掌の上。
――じゃない。
結界前から発動しっぱなし、出突っ張りの偽りの伝心の奇跡が齎す思考の隘路を、気合いと根性で捻り潰す。
やっていることはただの否定だが、心の強度で耐えている――そう思い込め、俺。
「これで、終わりだ!」
「眉に唾をつけてから出直してください!」
払、と。
マクスウェルの姿が揺らぐ。
切っ先が――届かない。
幻術? 違う、それはアルキスが封じているはずだ。
だが確かに、
だったらどうして――
「っ!?」
右から来た溶鉄を、紙一重で躱す。
――警鐘を鳴らしたのは、刃術師としての勘。
これは理の内にあるものだと、俺の勘が告げている。
奇跡そのものではなく副次効果。
つまりこれは、物理学。
「そういうのもアリかよ……!」
蜃気楼にも似た、位置の誤認。
奇跡として幻影を見せるのではなく、光を奇跡で操った結果――それを観測する目と脳が勘違いを引き起こした。
とはいえそれは既に、理の範疇。
理解してしまえば仕掛けの割れた手品に過ぎない。
ならば。
――勝てる。
そう考えた瞬間に。
――きっとマクスウェルは、反対のことを考えたのだろう。
だから。
マクスウェルの左手が動いた。
黒。否、白――灰色?
剣に似た独特の光沢を持つそれは、しかし形状が剣には似つかない。
けれど確かに、脳裏には危機感が過っていて。
切っ先の代わりに空いた孔が、雷轟のような音とともに閃いた。
一撃目を躱せたのは純然たる幸運だった。
射線上になかったはずの両の耳朶が眩む。
マクスウェルの親指が動く。
人差し指が動く。
そして、もう一度。
ずどん! ――と音がして。
硝煙の臭い。マクスウェルの薄笑み。張り裂けそうな鼓膜。腹部の衝撃。血の味。
五感が敗北で埋め尽くされる。
けれど。
すべてを押し退けて、俺が視線を注いだのは。
マクスウェルの手に握られた、一丁の凶器。
鍛冶神の御手の剣とは違う。他の魔法の武器でもない。
六面世界に来てから――否、現代日本にいた頃ですら、テレビやパソコンの画面越しにしか見たことがなかったもの。
それは、ここにはないはずのもの。
再び、銃身が跳ねた。
もう音は聞こえていない。
意識が途切れる寸前まで、俺の思考を驚嘆で満たしていたのは。
――歪な形をした、大ぶりの拳銃だった。




