第16話 誓いを胸に
御鈴流刃術・一刀一理『永世斬徹・影打』。
漆黒の拵えと、銀色の輝きを放つ優美な刃。
どこからどう見ても日本刀だ。
「六面世界全土に三本しかない――二本しか現存していない"影打"の片割れじゃ。心して使うがよいぞ」
「……どうしてそれを、ここで俺に?」
理由が分からない。
『斬り徹し』の媒体という話なら、細剣使い捨て戦術を既に確立しているし、そんな貴重品を俺に渡す意味はないはずだ。
「くっくっく。今言うた通りじゃよ。この刃は一刀一理――器物でありながら理の顕現を成した、極致の逸品じゃ」
「だから、どうしてそれを俺に――」
「……? いやな、じゃからこれがあれば鍛冶神の御手の剣にも対抗しやすかろうと――」
「沸鉄剣!? 盗まれたのか!?」
俺の反応に、カエデは言葉を返さなかった。
気まずい、というわけではないだろう。
ぽかんとした顔で俺を見ている。
時間にすればほんの数秒。
別に長くも感じない静寂が割れる。
「……おおっ! 言っておらんかったか!?」
「全っ然聞いてない! もしかして"最悪"さん万全!?」
それこそ『最悪』の展開だ。
どういう手段を使ったにせよ、魔法に奇跡に剣の腕に、『鍛冶神の御手の剣』まで装備したマクスウェル。
――いや、だからこその『永世斬徹・影打』か。
「……その刀は、沸鉄剣――ああ、鍛冶神の御手の剣で溶けない、と考えていいんだな? ……ですね?」
そういえば女王だったと思い出して敬語を付け足したけど、余計に粗を目立たせるような言い方になってしまった。
……まあ、心は伝わるだろう。
「お主の不敬罪については後で追及するとして――」
駄目か……。
「――『永世斬徹』は『斬り徹し』以外では傷付かぬ。……はずじゃ」
「はず、というのは?」
「試したことがないから分からぬ。流石に神の名を冠する武器が相手に試した前例はないからのう」
「……『斬り徹し』で斬れると判断されてるのには理由があるんですか? まさか理論上は斬れるとかじゃあ――」
「いんや。そちらは前例があるのじゃ。古語らしい迂遠な言い回しで『試したら斬れた』と書いてあったのじゃ」
「それはそれでなんで試したんですかね」
影打の現存してない一本はつまり、それで壊れたってことか。
「試したかったんじゃろうな。万物を断つ理が強いのか。理を宿しただけの器物のほうが強いのか――後者であったなら、今ある妾らも御鈴流鍛術の継承者になっておったやもしれんのう」
「そっちだと使い手を選べないでしょう」
マクスウェルみたいな奴が、『斬り徹し』の理を付与された刀を握る。
考えただけでも恐ろしいことだ。
「くふふっ! そうじゃのう。器物は使い手を選べぬ。じゃから心して受け取るのじゃぞ? まかり間違ってもこの刀をマクスウェルに渡してはならぬゆえにな」
無茶を言ってくれる。
「精々善処しますよ。こいつが溶けない限りはね」
「うむ。うまくいけば片手分の細剣補給を捨てられる代物じゃ。うってつけであることを祈っておるよ」
そう言って、カエデ……様は部屋から出ていこうとして――
「おっと。忘れておったわい」
部屋の外で何かを見た途端に、踵を返してきた。
何がしたかったんだ。
「くっくっく。お主に三つ目の贈り物じゃ。こちらは壊しても良いとは言えぬからのう――大切に使ってやるがよい」
そう言って入ってきたのは、前の二回と似たようなワゴンと、銀髪紅眼のメイドさん。
上に載っているのは小さな革袋だった。
……え? 外にメイドさん待たせたまま忘れてたの?
「量が多くて載せきれんかったでな。魔法旅袋に入れてある。魔法旅袋は、まあ……これから死地に赴く勇者への餞としておこうかの」
くつくつと笑って今度こそ満足したのか、カエデ様は部屋を出ていった。
最後に入ってきたメイドさんも、お辞儀をして、顔を上げ――
――俺のことを見た。
「王宮の中には、不埒者をすぐに捕らえられるように天人が配置されている――こともある。ここでの振る舞いには気を付けたほうがいい。……たとえ個室の中だとしても」
なぜかメイド服に身を包み、『愉悦』の意思表示を顔に貼り付けたユミナは、最後にちらりとアルキスを見て薄笑みを浮かべ、部屋を出た。
……なんでユミナがここに?
それ以前になんでメイドの格好?
というか……
「アルキスとのやりとりが、筒抜けだった……?」
恐ろしい想定が脳裏を過る。
なんだったらユミナからカエデ様に情報がいったから乱入した、と言われても信じられる。
同じ答えに行き着いたのか、あるいは別の理由か。
再び二人きりになるのを待って、隣でずっと黙っていたアルキスが突然立ち上がった。
「じっ、ジン! さっきのことは不問にしてあげるわ!」
そして俺を指差して叫ぶ。
大声を出すと天人じゃない人にまで聞こえてしまう。それを指摘する間もなく、アルキスの主張は矢継ぎ早に続く。
「もっ、もしかしたらマクスウェルの奇跡がちょっとかかってたりしたのかもしれないし! そう! そうね! だからさっきのはナシ! さっきのはナシだから――」
俺に向けられていた指先が、ゆっくりと下がっていく。そして所在なげに服の裾を弄り始めた。
どうしたのかと、アルキスの顔を見上げると。
指先に気を取られて意識の外にあったアルキスの顔は、上気して真っ赤に染まっていて。
「――ナシ、だから……だから、マクスウェルとの戦いが終わっても、その、治らなかったら。そのときは……ちゃんと、やり直してよ?」
続くアルキスの言葉に、俺も。
自分の顔へ、熱が上ってくるのを感じていた。
◆◆◆
王都北口、通称・大裏門。
マクスウェルとの決戦を前に、ここは一般通用を封鎖されている。
すなわち、門の外側に並んでいるのは決戦に関わる人間だけだ。
俺とアルキスとユミナ。
戦場を遠巻きに包囲するための王国軍。
それから……シズカと、ヴァレットくん。
「なんでお前らまでここにいるんだ」
「あら。随分な言いようですわね。私はちゃんとお姉様にお願いされてこちらへ赴いたのですわ。誰にも、ましてあなたに憚ることなど何一つございません」
ちらりとアルキスを見れば、彼女は鷹揚に頷いている。
本当のことらしい。
確かにヴァレットくんの降霊術は凄まじかったが、あの先代"魔女"とやらがマクスウェルの術中に嵌まらないとは限らない。
それを分かった上での人選なのか。
「もう一度だけ申し上げますわね。お姉様に『来てほしい』と言われたのは、この私――シズカ・レーゼインですわ。私とヴァレット、ではなく」
「儀霊をメインに参加するんだな?」
シズカが頷く。
それだけ分かれば良し。
と言いたいところだが。
「……ヴァレットくんは? なんでここに」
「護衛ですわ。私はお姉様やユミナさんと違って、あんな化け物相手の自衛手段など持っていませんから」
「つまり、あれか。俺は結局、一人で前衛するわけだ」
ヴァレットくん+降霊術の『奥の手』とやらを頼れないなら、そういうことになる。
「ええ。お姉様をお守りできるのは、あなた一人だということです。しっかりとおやりなさい」
「言われなくともそうするさ」
それから王国軍の指揮官とも軽い顔合わせを終えて、俺たちは出発した。
マクスウェルが待っているという場所へ。
――この冒険の、最後の場所へ。




