第15話 勉強会-決戦前夜
熱心なアルキス。教える俺。
聞き耳を立てるシズカと……おそらくではあるが、ヴァレットくんも。
けれど唐突に始まったお勉強タイムは、同じく唐突に終わりを告げた。
「家庭教師ならぬ宮廷教師、といった趣じゃのう――妾的には、青春というには錆び過ぎている気がするが」
「勉強会だぞ? ちゃんと青春の一ページだ」
「お主が良いならそれで構わんが。……ああ、そんなことを伝えにきたのではなかったのじゃな」
こほん、とカエデが咳払いをした。
それを合図に、俺とアルキスとシズカ――動ける三人はカエデのほうへ向き直り、ヴァレットくんも意識だけを彼女に向ける。
「マクシミリアン・マクスウェルの居場所を特定した」
ぴりっ――と。
肌が粟立つような感覚。
胃の腑が荒れ狂うような感覚。
険しい表情をしているのは、きっと俺だけではないのだろう。
「……特定したという表現は正しくないのう。正確には教えられた。じゃからこれが正しいという保証はないし、罠の可能性もある」
「そういう表現を選ぶということは――」
「ジンタロは察しが良いのう。その通り。件の金狐から直々のお誘いじゃ」
「誘い、って……向こうから接触してきたの? わざわざ?」
カエデの言葉に真っ先に反応したのはアルキスだった。
その眉根は怪訝そうに寄せられている。
「左様。時刻は明晩、指名は三人。ジンタロとアルキス・バルダイン、それからユミナ。この三人さえ揃えてくれれば、あとはどれだけ増やしても構わない――盛大にやりたいというのが先方の……まあ、希望といえば希望だの」
盛大に。
それはガンデントが語った、マクスウェルが『地下牢から』ではなく『王都から』の脱走を選んだ理由でもあった。
そうするのに相応しい――それがマクスウェルの行動原理を大きく占めているのは、確かなのだろう。
「何考えてんのか全然分からねえ」
有り体に言ってしまえば承認欲求のようなもの。
――なのか?
――本当に?
疑念は払えない。
大体、規模が大き過ぎる。
国を相手取って個人で戦争するようなものだ――それくらいでないと満足できないということなら、もっと恐ろしい。
……いや。無理に当てはめようとするほうが危ないな。
性格。嗜好。天分。
どれと限らずとも、枠から外れた人間はいる。
そういう類例――人類の病葉を間引くのが刃術師の仕事だ。
「くっくっく。お主の感想には同意じゃがな、誘いに乗らぬわけにもいかぬ。聞き入れられねばどうするとも書かれておらなんだが、聞き入れんという選択肢はない」
ここでみすみすマクスウェルを逃せば、次も間違いなく国が落ちる。
どこの国がそうなるのか。どんな手段でやるのか。テロリズムに基づいた行為なのか、本人の欲求に基づいた行為なのかはともかくとして。
理由はもはや関係ない。
国一つ滅びることが避けられない――それが、それだけが厳然たる事実。
だから俺たちに与えられた選択肢は一つだった。
――あるいは、その戦場を用意することそのものが、マクスウェルの目的だったとしても。
◆◆◆
夜。
あと二十四時間後にはマクスウェルとの決戦が控えているが、シズカとヴァレットくんをさっきの部屋に残し、俺は王宮に用意された自室に戻っていた。
何故かアルキスも一緒だ。
部屋に入ろうと、扉を開けた途端に滑り込まれた。そんなことをしなくても言えば普通に入れてやったのに。
変なことをする。
不思議に思って向けた視線が気になったのか、アルキスは首を傾げている。
「どうしたのよ、ジン。あんた、なんか普段と違う顔してるわよ」
見抜かれている。
安堵のような、諦念のような感情が胸の内を駆け抜けていく。
「……なあ、アルキス」
俺の目に映る碧眼に、不安の色はない。
小さな身体のどこからその自信が溢れてくるのか。
「アルキスは、怖くないのか」
訊いた。
訊いてしまった。
俺は怖い、と言ったも同然だ。
幻滅されるかもしれない。
失望されるかもしれない。
嗚呼、くそ。言い訳がしたい。
だって仕方がないじゃないかと言いたい。
辺境の街でも、迷宮都市でも、王宮都市に来てからも。
俺はやるしかなかったからやっただけだ。
――負けて、死ぬかもしれない。
そう自覚して、した上で猶予まであって挑むのはきっと今回が初めてなんだ。
だから怖くても仕方がないじゃないかと、言ってしまいたい。
胃腑の底から熱がせり上がってくる。
俺の心を鎮めたのは、ひやりと冷たい感覚だった。
頬を両側から挟んでいるのはアルキスの柔らかい掌。
「なーんだ、そんなことで悩んでたのね」
そう言ってアルキスはにっこりと笑う。
「怖くないわよ。あんたがいるもの」
すっと、熱が引いていく。
「大体ねぇ、あんた世界で一番ってくらいの剣士なんでしょう? それであたしは世界で間違いなく一番の弓士なのよ。もちろん奇跡も優秀だけど」
嗚呼、違う。
「まあ、あっちは心を読んでくるからね。対策にユミナを入れてあげてもいいけど」
せり上がってくるはずだった熱が、下に落ちている。
「別にあたしとジンだけでも――ジン?」
胃腑の底より、さらに下に。
「ふひぁ!? ちょっと……っ、どこ触って――!」
柔らかい感触。
いい匂いがする。
熱が抑えられない。
――がちゃり、と。
「忘れておったわ。ジンタロに渡しておかねばならぬものがあったのじゃ――」
カエデが扉を開けて入ってきた。
橙の瞳が俺とアルキスを見比べて。
「……おやおや。お邪魔だったかの? 今は都合が悪いというなら、夜明け頃にもう一度――」
「いい! いいから! 今でいいです!」
くるりと踵を返そうとしたカエデを慌てて引き留める。
冷静になった今の状態で二人きりにされるのはまずい……ッ!
「おや? 本当にそう思っておるのかの? 妾の『祓心斬徹』によるともう少し二人きりがいいと……」
「『祓心斬徹』は天人の読心みたいには使えないでしょうが!!」
「おおっと、そうじゃったかのぉ。ではもしかしたら妾の身体に流れる天人の血が覚醒して――」
そんなどうでもいいところで覚醒されてたまるか!
「いい! もういいから! 本題にいきましょうなんでここにいらっしゃったんですか!?」
「おおっと。そうじゃった、そうじゃった。お主に届け物があってな――入れ」
がちゃり、と二度扉が開いて、メイドさんが入ってくる。
手押しワゴンの上に載っているのは、小さな石ころのように見えた。
「妾は明日の戦いに参加できぬからな。せめてこれくらいはしておいてやろう」
無造作に差し出された石ころを……とりあえず、受け取る。
いや、こんなもの渡されても、その、なんだ。困るんだが。
「それは集中力を高める魔法の石じゃ。懐にでも入れておけ。六面世界の御鈴に伝わる秘宝でな。お主の才幹と合わされば、経験不足を補って歴代最強の刃術師として振る舞えよう」
カエデが言い終えると同時に、三度部屋の扉が開く。
メイドさんがもう一人、入ってくる。
「そしてもう一つ」
細剣とは違って反りがある。だが、曲刀と呼ぶには浅い。
ワゴンの上に載っていたのは。
「両界の御鈴の正当後継者にのみ許された一振り。これが――」
日本刀。
「御鈴流刃術・一刀一理『永世斬徹』――の、影打じゃ」




