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刃の転界者  作者: 利々 利々
第四章 刃術師は幕を斬る
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第15話 勉強会-決戦前夜

 熱心なアルキス。教える俺。

 聞き耳を立てるシズカと……おそらくではあるが、ヴァレットくんも。


 けれど唐突に始まったお勉強タイムは、同じく唐突に終わりを告げた。


「家庭教師ならぬ宮廷教師、といった趣じゃのう――(わらわ)的には、青春というには錆び過ぎている気がするが」


「勉強会だぞ? ちゃんと青春の一ページだ」


「お主が良いならそれで構わんが。……ああ、そんなことを伝えにきたのではなかったのじゃな」


 こほん、とカエデが咳払いをした。


 それを合図に、俺とアルキスとシズカ――動ける三人はカエデのほうへ向き直り、ヴァレットくんも意識だけを彼女に向ける。


「マクシミリアン・マクスウェルの居場所を特定した」


 ぴりっ――と。


 肌が(あわ)()つような感覚。

 胃の腑が荒れ狂うような感覚。

 険しい表情をしているのは、きっと俺だけではないのだろう。


「……特定したという表現は正しくないのう。正確には教えられた。じゃからこれが正しいという保証はないし、罠の可能性もある」


「そういう表現を選ぶということは――」


「ジンタロは察しが良いのう。その通り。(くだん)の金狐から直々のお誘い(ヽヽヽ)じゃ」


「誘い、って……向こうから接触してきたの? わざわざ?」


 カエデの言葉に真っ先に反応したのはアルキスだった。

 その眉根は怪訝そうに寄せられている。


「左様。時刻は明晩、指名は三人。ジンタロとアルキス・バルダイン、それからユミナ。この三人さえ揃えてくれれば、あとはどれだけ増やしても構わない――盛大にやりたいというのが先方の……まあ、希望といえば希望だの」


 盛大に。

 それはガンデントが語った、マクスウェルが『地下牢から』ではなく『王都から』の脱走を選んだ理由でもあった。


 そうするのに(ヽヽヽヽヽヽ)相応しい(ヽヽヽヽ)――それがマクスウェルの行動原理を大きく占めているのは、確かなのだろう。


「何考えてんのか全然分からねえ」


 有り体に言ってしまえば承認欲求のようなもの。


 ――なのか?


 ――本当に?


 疑念は払えない。


 大体、規模(スケール)大き(デカ)過ぎる。

 国を相手取って個人で戦争するようなものだ――それくらいでないと満足できないということなら、もっと恐ろしい。


 ……いや。無理に当てはめようとするほうが危ないな。


 性格。嗜好。天分。

 どれと限らずとも、枠から外れた人間はいる。

 そういう類例――人類(ひと)病葉(わくらば)を間引くのが刃術師の仕事だ。


「くっくっく。お主の感想には同意じゃがな、誘いに乗らぬわけにもいかぬ。聞き入れられねばどうするとも書かれておらなんだが、聞き入れんという選択肢はない」


 ここでみすみすマクスウェルを逃せば、次も間違いなく国が落ちる。

 どこの国がそうなるのか。どんな手段でやるのか。テロリズムに基づいた行為なのか、本人の欲求に基づいた行為なのかはともかくとして。


 理由はもはや関係ない。

 国一つ滅びることが避けられない――それが、それだけが厳然たる事実。


 だから俺たちに与えられた選択肢は一つだった。


 ――あるいは、その戦場(ステージ)を用意することそのものが、マクスウェルの目的だったとしても。



  ◆◆◆



 夜。


 あと二十四時間後にはマクスウェルとの決戦が控えているが、シズカとヴァレットくんをさっきの部屋に残し、俺は王宮に用意された自室に戻っていた。


 何故かアルキスも一緒だ。

 部屋に入ろうと、扉を開けた途端に滑り込まれた。そんなことをしなくても言えば普通に入れてやったのに。

 変なことをする。


 不思議に思って向けた視線が気になったのか、アルキスは首を傾げている。


「どうしたのよ、ジン。あんた、なんか普段と違う顔してるわよ」


 見抜かれている。

 安堵のような、諦念のような感情が胸の内を駆け抜けていく。


「……なあ、アルキス」


 俺の目に映る碧眼に、不安の色はない。

 小さな身体のどこからその自信が(あふ)れてくるのか。


「アルキスは、怖くないのか」


 訊いた。

 訊いてしまった。


 俺は怖い、と言ったも同然だ。


 幻滅されるかもしれない。

 失望されるかもしれない。


 嗚呼(ああ)、くそ。言い訳がしたい。

 だって仕方がないじゃないかと言いたい。


 辺境の街(マキネシア)でも、迷宮都市(レイレンツィカ)でも、王宮都市(ミレニアン)に来てからも。

 俺はやるしかなかったからやっただけだ。


 ――負けて、死ぬかもしれない。


 そう自覚して、した上で猶予まであって挑むのはきっと今回が初めてなんだ。

 だから怖くても仕方がないじゃないかと、言ってしまいたい。


 胃腑の底から熱がせり上がってくる。


 俺の心を鎮めたのは、ひやりと冷たい感覚だった。


 頬を両側から挟んでいるのはアルキスの柔らかい掌。


「なーんだ、そんなことで悩んでたのね」


 そう言ってアルキスはにっこりと笑う。


「怖くないわよ。あんたがいるもの」


 すっと、熱が引いていく。


「大体ねぇ、あんた世界で一番ってくらいの剣士なんでしょう? それであたしは世界で間違いなく一番の弓士なのよ。もちろん奇跡も優秀だけど」


 嗚呼(ああ)、違う。


「まあ、あっちは心を読んでくるからね。対策にユミナを入れてあげてもいいけど」


 せり上がってくるはずだった熱が、下に落ちている。


「別にあたしとジンだけでも――ジン?」


 胃腑の底より、さらに下に。


「ふひぁ!? ちょっと……っ、どこ触って――!」


 柔らかい感触。

 いい匂いがする。


 熱が抑えられない。


 ――がちゃり、と。


「忘れておったわ。ジンタロに渡しておかねばならぬものがあったのじゃ――」


 カエデが扉を開けて入ってきた。


 橙の瞳が俺とアルキスを見比べて。


「……おやおや。お邪魔だったかの? 今は都合が悪いというなら、夜明け頃にもう一度――」


「いい! いいから! 今でいいです!」


 くるりと(きびす)を返そうとしたカエデを慌てて引き留める。

 冷静になった今の状態で二人きりにされるのはまずい……ッ!


「おや? 本当にそう思っておるのかの? (わらわ)の『祓心(ふっしん)斬徹(ざんてつ)』によるともう少し二人きりがいいと……」


「『祓心(ふっしん)斬徹(ざんてつ)』は天人(デイヴァ)の読心みたいには使えないでしょうが!!」


「おおっと、そうじゃったかのぉ。ではもしかしたら(わらわ)の身体に流れる天人(デイヴァ)の血が覚醒して――」


 そんなどうでもいいところで覚醒されてたまるか!


「いい! もういいから! 本題にいきましょうなんでここにいらっしゃったんですか!?」


「おおっと。そうじゃった、そうじゃった。お主に届け物があってな――入れ」


 がちゃり、と二度(ふたたび)扉が開いて、メイドさんが入ってくる。

 手押しワゴンの上に載っているのは、小さな石ころのように見えた。


(わらわ)は明日の戦いに参加できぬからな。せめてこれくらいはしておいてやろう」


 無造作に差し出された石ころを……とりあえず、受け取る。

 いや、こんなもの渡されても、その、なんだ。困るんだが。


「それは集中力を高める魔法の石じゃ。懐にでも入れておけ。六面世界(キュビリス)()(すず)に伝わる秘宝でな。お主の才幹と合わされば、経験不足を補って歴代最強の刃術師として振る舞えよう」


 カエデが言い終えると同時に、()(たび)部屋の扉が開く。

 メイドさんがもう一人、入ってくる。


「そしてもう一つ」


 細剣(レイピア)とは違って反りがある。だが、曲刀と呼ぶには浅い。

 ワゴンの上に載っていたのは。


「両界の()(すず)の正当後継者にのみ許された一振り。これが――」


 日本刀。


御鈴流(みすずりゅう)刃術(じんじゅつ)一刀(いっとう)(いち)()永世(えいせい)斬徹(ざんてつ)』――の、影打(かげうち)じゃ」

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