第14話 裏話と発見
ガンデントが消えた後も、俺たちに休む暇はない。
大円武場へやってきた伝令に導かれ、俺たちは王宮を訪れていた。
「まずは重畳、と言うておこうかの」
部屋の中心には金髪橙眼の幼女――カエデが立っている。
ヴァレットくんは短時間とはいえ己の許容量を超える力を降霊したためにベッドから動けなくなっており、シズカはその看病をしつつ、消費した霊札の補充を進めている。
魔力を込めたお札に、同じく魔力を込めた墨で文字や紋様を描くことで儀霊に使えるようにするのだそうだ。
幸いだったのは王宮内に、霊札のベースを作れる人材――お札に魔力を込めるノウハウを持った人々が多くいたこと。これは女王たるカエデが儀霊使いだったからだが、シズカの霊札補充にも協力してもらえた。
カエデと俺、そしてレーゼイン主従の他に、二人。
アルキスとユミナもまた、この部屋に集まっていた。
師匠はいない。
カエデの師――ミレーティアの先王も、ここには姿を見せていない。
「あなたの師匠と先王は既に後進の育成にあたっている。両界合わせて三つ目の分派」
ふむ。
俺とカエデの同世代……でもなく、一つ後の世代とも言い難い。
〇・五世代差というところか。
「心読みの戯言に逐一付き合っていては身体が保たんぞ。おいておけ。妾がここへ来たのには理由があってのう」
「マクスウェルの話よ」
カエデの言葉に続けて、アルキスは深く息を吐いた。
眉根を寄せて、碧眼が床を見ている。
「交戦したのか? あんな化け物と」
「戦いってほど戦いじゃなかったわね。胸に障る話ではあったけど……」
「一体、どういう――」
「それは妾から説明しよう」
アルキスが口を開く前に、カエデが口を挟んだ。
ちゃんと顔を見れば彼女も普段とは違う、口唇をきつく引き結んだ表情でこちらを見上げていた。
そして少しだけ声に気合いを入れて、カエデは顛末を語り始めた。
「大円武場にガンデントが現れた後、妾はすぐに王宮へと向かったのじゃ。"魔女"が遣わしたアルキスの助力もあって、一度はあの大罪人――マクスウェルの捕捉に成功した」
ちらりとユミナへ視線を向けると、こくりと頷きが返される。
「そこから先が地獄でのう。偽陽神の奇跡――詳細は"魔女"に聞いておるはずじゃから省くぞ――ともかくそれにあてられた臣民連中が邪魔をしおってな」
「……その人たちは、まさか」
「もっともな懸念じゃのう。じゃが、殺してはおらんよ。『鬼を討ち、魔を祓い、悪を斃す』。それが御鈴の心得なれば」
だとしたら、どうやって――
カエデだけでは手に余ったはずだ。なにせ刃術師は遠くを、特に広範囲を制する手段がない。
手近な数百人は止められても、それが王都全体に散っていては手に負えない。
しかし俺が問う前に、カエデはくつくつと笑ってみせた。
「お主の相方、役に立ったぞ。なに、元より毒と雷の神格なれば。ちとスタンガンを教えてやるだけで、致死の雷雨も簡単に投網代わりじゃ。……王都の石畳はボロボロになったがのう」
なるほど、そういう使い方もあったのか。
出力を絞ることはそもそもできないのか、即席だったから確実に余波だけを当てるようにしたのかは分からないが、それなら必要以上に傷付けることもない。
「ん。魔法の絨毯を貸し出していたせいで歩くのが大変だった」
貸し出していたのは、おそらくガンデント戦で一瞬だけシズカが乗っているのを見た、アレだろう。
風圧のせいで一瞬にして吹き飛ばされていたし、確かにわざわざシズカに貸し出した意味はなかったかもしれない。
そういう点では珍しいというか物珍しい、ユミナの失策というわけだ。
「でも、お手柄。妨害のせいでマクスウェルを逃したのは痛いけど、避けられなかった。その中で王都の人たちを救えたのは大きい。今回のえむぶいぴーは間違いなくアルキスと、ガンデントを押さえた三人」
「MVP。その通りじゃな。……今のは英語か? また変な言葉を覚えたのう」
「ふふふ。飽くなき探求心が私の礎」
「好奇心の間違いじゃろ」
ユミナとカエデが性悪に笑い合う。
俺たちもついでのように褒められているが、ユミナが素直に認めるほどの活躍ぶりだったらしい。
……ん?
だったらなんで、アルキスはあんな難しい顔で黙り込んでいるんだ?
「というわけで、妾の話はここまでじゃ。あとは若い二人に任せようかの」
そう言ってカエデは、とっとと部屋を出てしまった。
ユミナもそれに続く。
残されたのは俺と、ベッドから立ち上がれないままのヴァレットくん、看病中のシズカ。
そして難しい顔で床を見つめ続けているアルキスだけ。
……若い二人というのは、まず間違いなく俺とアルキスのことなんだろうな。
するとここは、俺が声をかけるしかないわけか。
そう判断して口を開く前に、アルキスがこちらを見た。
「ねえ、ジン。あたし、何も知らなかったのね」
アルキスの手の中で紫電が揺らめく。
「物理法則……っていうのかしら? 電気の小さな粒がどうとか、それがいくつも集まってるとか。あたしそんなの、全然知らなかった」
そう言って、アルキスは弓を机の上に置いた。
武闘会でも見た、弦から矢を生み出す弓だ。
「その弓がどうかしたのか」
と問えば、
「どうかしたのよ」
そう返ってくる。
「……ううん、変わったのはあたしの奇跡のほうなんだけど」
言葉の後に詠唱を挟んで、アルキスの右腕――肘から先は黒い靄に包まれた。
左手で弓把を握り、黒い右手で弦を鳴らす。
矢は生まれない。
「奇跡の一つでね。『招かれざる招きの手』っていうの。あたしが今認識できているだけで七十七種類の毒が混じり合ってるわ。今までのあたしは、これがないとこの弓を撃てなかったの――こうなるから」
黒い靄が晴れる。
アルキスが弦に触れる。
瞬間。
弦から生み出された、無数の枝とも根ともつかないものがアルキスの腕を這い回り――俺はそれを『斬り徹し』た。
「ありがと」
「次からは先に言っといてくれ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「気を付けるわ」
そう告げはしたものの、アルキスはやはり次の詠唱を始めた。
……まあ、詠唱の後に触るのだと心構えができるだけ良しとしよう。
「――『暗闇の嘴子』」
見た目には、何が変わったのか分からない。
靄も現れていないし、目に見えるように放電が行なわれている様子もない。
けれどアルキスは再び弦に触れて――そして何事もなかった。
「『暗闇の嘴子』は、暗獄神の奇跡としては最下級クラスのものなの。あたしは奇跡の出力が他人より強いから一概には言えないけど、他の神官でも使えるなら……ううん、魔法使いでも、祈祷師でも、物理法則っていうのを学んで強くなれるなら、大変なものよ。これは」
弓を背負い直して、アルキスは俺を見上げる。
「だから、教えて。ジンの知識。できるだけ多く、できるだけ深く、学んでみせるから」
その碧色の瞳には、強い光が宿っていた。




