第13話 Demon Buster
前へ出る。
その動きに合わせて、ヴァレットくんの気配がゆっくりと進む。
一歩踏み込んだだけで鎧刃による攻撃が激化するようなことはない。元が変幻自在に曲がる剣のようなものだ。できるなら最初からやっているだろう。
それよりも。
「ちょっとばかし厄介じゃねえか! はっはっはっ! いいぜ、これでこそ戦いだ!」
「ぬかせ! 本当にちょっとばかしだとか思ってんなら――」
細剣を振るって、ガンデントを追う。
「――なんで逃げてんだ、てめえはッ!」
「俺様の勝手だろうがァ!」
右腕の双刃による攻撃。
胴体三刃の援護も加わって合計五つ。
まだ鎧刃は『斬り徹』せない。
だが届く。
絶妙に直撃を外されているが、細剣の被害が少なくて鎧刃の被害が大きくなるように交錯して――ああ、つまり、俺の攻撃は当たっている。
……ちょっとばかし、一般的に思われる攻撃の構図とは違うだけで。
防勢一方のまま前進する俺と、その後ろから駆けるヴァレットくん。そのまた後ろにはシズカがいる。
攻撃を繰り出しているのはガンデントだが、奴はゆっくりと後退している。
時間稼ぎのつもりか、あるいは別の目的か。
それとも単に、鎧刃八つでは分が悪いと踏んだのか。
優勢、と言い切るのは難しいが、帰趨は既に傾いた。
「――加勢します!」
背後の気配が俺を追い抜く瞬間。
横合いから声。
白煙と青の篭手。
右から俺へと迫っていた鎧刃を殴って凍砕し、減速したヴァレットくんが俺に並ぶ。
「格闘戦もできるのか!? "先代"ってのは!」
「記憶によるとこっちが本職、だそうです!」
本人!?
脳内で……魂同士で? やりとりができるのか?
「そうか、じゃあ一つ!」
「なんでしょう!?」
「白い煙! 消せないか!?」
「そういう魔法はないですね!」
「じゃあちょっと離れてくれるかな!?」
白煙で視界が遮られて動きづらいので!
「――はっはっはっ。また仲間割れか?」
「まさか。挟撃の相談だよ」
俺とヴァレットくんは、弾かれるように二手に分かれて走り出す。
直進した俺が鎧刃を五つ引き受け、ヴァレットくんが対処するのは三つ。
――否。
ヴァレットくんの冷凍打撃を甘く見ていたのだろう、すぐに俺への対処は四つに減った。
……それは俺を軽く見ているのと同義だ。
腹立たしいが、勝つためになら喜ばしい。
「――『紅石貫天砲』!!」
そして、俺とヴァレットくんが稼いだ時間が本命の攻撃力になる。
風圧に耐えるために立ち止まり、身を屈めて周囲を窺う。
弾速だけで暴風を巻き起こす炎の塊が、着弾と同時に膨張し、爆ぜる。
けれど。
砂塵の奥で、光が煌めいた。
刃。
防御? 反撃? ――思考の隙はない!
繰り出した細剣が、無理な交錯の結果、折れる。
まだ代わりはある。
次を取り出す。
続く鎧刃を視界に捉える。
交差の瞬間、鎧刃の横を滑るように走る。
ともすれば攻撃を無視して後衛を危険に晒す動き。
俺は鎧刃を、受け切れなかったように振る舞ったのだ。
生まれた隙を、むざむざと見逃すガンデントではない。
前衛を抜けた刃が後衛へ向かう。
それは大局の嗅覚だ。
三対一の拮抗から、ガンデントの優位へ。
確かにシズカを倒せばそれは得られるのだろう。
だが、誘うからこそ計略だ。
俺の優先順位を下げてくれるなら。
「――『斬り徹し』」
俺がその隙を突くまでのこと!
「と、っ……おぉ!? そいつぁ割に合ってねえんじゃねえか!?」
逸る刃二つを落とせば、ガンデントは焦ったような声音を発して退いた。
確かに鎧刃を斬ったところで、傷は相手の体の一パーセントにも満たないのだろう。
それをわざわざ、シズカに鎧刃が届く危険を押してまでやる必要はない。
「そうだな! もうしないようにしよう!」
叫びながら、同じ手を繰り返す。
舌打ちとともにガンデントは防衛を選んだ。
「騙し討ちとはな! 刃のォ、戦争らしくなってきたな!?」
……流石に二度目は通用しないか。
「満足したならとっとと魔界へ帰れ!」
「まだ不足さァ!」
刃が交わる。
抵抗なく細剣を振り切れば、鎧刃が回転して飛んでいく。
一歩。
さらに踏み込む。
交差と交差の間隙、僅かな一瞬。
視界の隅ではヴァレットくんが鎧刃を凍砕き、目では見えぬ後ろからはシズカの砲撃がガンデントを崩す。
その中を進む。
一計を成らせて、俺へと注意を向けさせ、俺を限界まで警戒した、そのもう一つ後。
「ちぃッ、小賢しい! だがそれもまた――」
もういいと判断する、判断せざるを得ない瞬間を。
――待っていた。
「――――」
腕を振るう。
細剣が手を離れる。
そして影が、ガンデントに重なった。
投擲版『斬り徹し』。
貫いたのは左胸。
魔法旅袋から一応、細剣をもう一本取り出しておく。
けれど鎧刃は動かない。
傷口から鈍く光る紫色の血液が流れている。
それを眼型の刃で確認してから、ガンデントはこちらを見た。
「ふ……く、くくくっ――はぁーっはっはっは!!」
「……何が可笑しい」
まだ奥の手があるのかと警戒する俺に、ガンデントは両の掌を見せてひらひらと振った。
いやそれ安心できないから。お前の武器は鎧だから。
「はっはっは……そう怯えるなよ、刃の。ただ……いい戦だったと思ってな」
ガンデントの鎧が動く。
それが鎧刃の操作ではなく僅かな身動ぎだと気付いたときには、くぐもった含み笑いが響いていた。
「誇れよ、刃の。俺様の鎧を――心臓を見せるためじゃなく、本気で守って――あれだけまとめて貫かれたのは初めてだ」
褒称の言葉とともに、九層――もとい、一層は既に砕け散っているから、残り八層の鎧が予兆のように光の粒子に包まれていく。
そして最期に。
「……今生は、アキカネのとき以来だった。佳く生きられたぜ……佳い戦と、佳い敵と、そして佳い死だ」
満足だ、と。
ガンデントは言い。
やがて鎧も心臓も、余さず風に溶けていく。
大円武場の中心。擂り鉢の会場から。
紫黒色に染まった風が、渦を巻いて抜けていった。




