第07話 観戦二日目
「起ーきろー! 起きなさいっ、ジン!」
翌日、俺は朝早くから叩き起こされていた。
おかしい。ここは大円武場内の個室で、昨日はちゃんと鍵を掛けて寝たはずだ。
なんでいる。
「アルキス……鍵が掛かってたはずなんだけど?」
「ユミナは外れてたって言ってたわよ」
そう言ってアルキスは犯人を見た。
奴は既にソファに座ってくつろいでいる。なんか湯気の立つ飲み物も飲んでいるようだ。カップの刻印がソファのものと同じ、大円武場のものだった。
こいつ俺よりも個室満喫してんな……。
「私は手間よりも時間を惜しむ性癖。たいむいずまねー」
やたら下手くそな発音で無表情英語を披露された。
というか天人って言葉まで読心でどうにかなるのか。いや、それ以前に俺の日本語は問題なく読めてるのになんで英語を学ぼうと思ったんだよ……。理科とかにしとけよ……。
「今日は心ゆくまで観戦する。そういうわけであなたを連れに来た」
いや、まあ確かに俺の二戦目は明日だから、今日は観戦しようと思ってたんだけどさ……。
「まだ早いんじゃないか? 今日の一回戦すら始まってないだろ」
「そんなことはない。あなた一人で移動してしまってからだと客席から探し出すのが面倒。つまり時間より手間を惜しんだということ。たいむいずのっとまねー」
「ふうん。じゃあ俺を連れて行きたい理由は?」
ちらり、とユミナの視線がアルキスを見た。
アルキスはそちらには気付いていない。俺が顔を向けると目が合って、ただ首を傾げているだけだった。
「当然、防波堤として」
「お前が余計なことしなきゃ波風立たずに済むはずなんだがなあ……」
毎回噛み付くアルキスもアルキスだけども。
◆◆◆
結局押し切られ、ユミナ、俺、アルキスという並びでまた観戦することになってしまった。
人は昨日よりも多いので肩を寄せ合うようにして座っている。
といっても周りの人たちほど詰まってはいない。
ユミナは認識阻害の首飾りに似た魔法が使えるようで、それのおかげで俺たちと、俺たちの周囲数センチほどは死角になっているからだ。
少しずるい感じもするが、これなしだと今日は確実に人に囲まれるということで、俺もアルキスもユミナに魔法をかけてもらった。
今さらだけどこれ、防波堤とか以前にアルキスが騒いだらすぐに逃げ出さないといけないんじゃないか。
「迂闊。今日からは盛況なことを忘れていた」
「……どうせあたしのことをどう虚仮にしようか、なんて考えてたんでしょうけど。残念だったわね、目論見が外れて。今日はあたしをからかったら道連れよ」
煽りに耐えるという選択肢はないのか……。
可哀想な目でアルキスのほうを見ると、なぜか目が合った途端にぷいっと視線を逸らされた。
なぜだ。
「今日からは貴族枠が参戦する。個人差はあるけど予選会や冒険者よりは強いからよく見ておくといい」
「おっと、そうなのか。今日の初戦はどこの人なんだ?」
「予選会から上がってきた狼獣人の掌術神官と、貴族推薦」
「その貴族推薦の中身が知りたかったんだが」
狼の人は昨日の最終戦で見たから知ってるし。
「どこの推薦か、誰なのかも含めて直前まで分からない。誰の子飼いかを知ることで、情報が特定される場合もあるから。司会が出場者を知るのも試合の直前」
じゃああの司会の人はアドリブで紹介する羽目になるのか。
可哀想に。
それにしても……貴族推薦は登場するまで分からない、か。
情報の不公平を感じるが、そこまで含めて大盤狂わせもまた、武闘会の楽しみ方だということなのだろう。
「へえ。どっちに賭けようかな……戦いが始まってから投票券買うのって制限とかあるのか?」
「……私たちは投票券を買えない。目立つから。さっきアルキスと話したばかり」
あっ。
そうか……ユミナがアルキスを煽るのを防げたと思ってたけど、注意を引くこと自体が魔法をキャンセルするから売り子さんに声を掛けられないんだ。
「今日は賭けずに楽しめばいい。投票券だけが武闘会の楽しみ方じゃない」
「これはユミナの言う通りよね。おいしいものを食べながら観戦するのも醍醐味よ」
……仕方ないか。
今日はおとなしく、タダで武闘会を楽しむとしよう。
◆◆◆
北側に一人。
東側に二人。
明らかに観戦目的ではない、何かを確認するような動きをしている連中がいる。
怪しい服装はしていないから人だかりに紛れれば大丈夫だと思っているようだが、代わりに視線が明らかに一箇所を避けていたり、逆に一箇所ばかり見ていたり。魔法や奇跡を使って密かに動かれたらどうしようもないが、物理に頼った手合いは丸分かりだ。
顔と特徴を覚えておいて、後でシズカに報告だな。
シズカに依頼された、武闘会で怪しい動きをしている人物の捜査。
ユミナがいない日にだけやろうと思っていたが、昨日も今日もユミナがついてくるので――そして明日以降もやってきそうなので――彼女に隠すのは諦めて、堂々とやることにした。
どうせ一度でも思考してしまえばバレるのだ。
それなら早いほうがいい。
とは言ったものの、数が多い。
朝から昼までで十人超。
目立った動きをしている奴しかマークしていなくてもこれだ。
「二日目でこの人数とか、頭が痛くなってくるな……」
「ん? ジン、何か言った?」
「なんでもない。魔法を撃ってくる奴に対してどう距離を詰めようか考えてただけだよ」
今は二日目第五回戦。
昨日の二十八回戦で勝った魔法使いと、どこぞの子爵に推薦された魔法使いの戦いだ。
互いに魔法の腕だけを鍛えた人物のようで、ヴァレットくんがしていたように距離が詰められることはなく、代わりにヴァレットくんが迎撃していたものより規模の大きな術が飛び交っている。
大人の男ほどの直径を持つ火球が飛び、見えない壁に弾かれる。
数十にも及ぶ氷の槍が、敵対者に辿り着く前に叩き落される。
おっと。
魔法が炸裂する瞬間に怪しい動きをした奴がいたな。
観客が目を奪われる一瞬のうちに事を為す。
考えは間違っていないが、どう考えても警戒度が高まっているはずの状況でそれをするのは間違いだ。
顔は覚えた。
観戦に戻ろう。
武闘会に出ている連中は実力にばらつきがあるが、彼らは放っている魔法の規模だけで言えば上位に入るだろう。
ただ、その分だけ隙が大きい。
このイベント、後衛に厳し過ぎないか。
「そんなことはない。後衛向けに初期位置は優遇されているし、その間の攻撃を掻い潜って近付けるのは少ない。あのレベルの魔法使いに接近できるなら、その分野においては金級程度の実力を持っていると看做されるはず」
なるほどね。
あれに近付ければ金級か……。
金級……。
あれよりはアルキスの攻勢のほうがキツかったよな……。
金章級の次って、確か神鉄徽章級だったよな……。
「もしかして俺も出ないほうが良かったのか」
「そう。できればアルキスに勝った時点で気付くべきだった」
仰る通りで。
「ふっふっふ。ジンもこっちの仲間入りね」
アルキスが器用な顔で肩を叩いてきた。
可哀想なものを見る目をしつつ、口元はドヤを決めている。
俺はほら、出場するまで神鉄級クラスの実力があるとか知らなかったし。
黒気味ではあるけどグレーゾーンってやつだよ、多分。
「大体、俺は早く級を上げたいからどのみち出場はしてたし」
追いつくのは神銀級の頃になるだろうけど。
――っと。また新手の不審者だ……と思ったら警備員っぽい人らに捕まったな。
騒ぐこともなく、おとなしく連行されていった。
あれは覚えなくて良さそうだ。
「アルキス。彼は嘘は言っていない。早くアルキスと一緒になりたいと思って頑張っている。アルキスも理解してあげるべき」
「ふへあ!?」
アルキスが再び茹で上がった蛸のような顔色になるのを横目に見ながら、俺は敵情視察と不審者探しを続けた。




