第03話 初戦決着
「――やった!」
土煙の向こうで声がする。
それはフラグっていうんだぜ、アルキス。
声の位置からあたりをつけて、煙の中を一息に駆け抜ける。
煙を抜けて――
『みいつけた』
――そんな幻聴。
最初の認識は二つ。
ちょっとムカつく感じにドヤ顔を浮かべ、詠唱をもう始めているアルキスと、肩口へ迫る木製の矢。
続く感覚は一つ。
左腕に走った痛み。
肩を貫くはずだった矢を躱し、もう一つは手甲を使って受け流す。
後発の三矢は安全に、その場で立ち止まって対処した。
……久々に痛い。
左腕に刺さった矢を引き抜いて投げ捨て、追加の射撃を回避。
さらに、矢を受けた拍子に手放していた左手の――短剣を拾おうとして、気付く。
「……やってくれたぜ」
煙を出てから三度目の射撃を回避しながら声を絞り出す。
避雷針の短剣は、雷に耐え切れずひしゃげていた。
これが本気の『暗獄神の慈雨』。
一射六矢の散弾狙撃と、雷封じの魔法の道具を雷の奇跡で正面突破する馬鹿げた火力。
手の内を知っているなんて、思い上がりだった。
……これが本当の、アルキス・バルダインか。
そしてこれで、雷撃を確実に防ぐ手立てはなくなった。
一応、アルキスの奇跡は自然の雷鳴ではないから回避という選択肢はある。選択肢があるというだけで、手段として選びたい類のものではないが。
ドヤ顔詠唱のまま精密射撃を続けてくるアルキスを見る。
口の動きからして見たことのない奇跡。
まだ手を緩めるつもりはないってか。
「……上等」
視線が絡む。
四度目の射撃。
すべて払う。
アルキスまで二十メートル。
息は整っている。
吐き出す。
吸い込む。
五度目、煙を出てから三十本目の矢を叩き落とし――駆ける!
「――疾ッ!」
右手に抜き身の細剣を一つ。腰の右側に鞘入りの細剣を一つ。左手には代わりに、短剣を一つ。
左手に握ったそれを投げ放つ。
戦闘開始から今に至るまでの十数射。経験的に最も厄介な軌道を辿っていたのは先に放たれる三矢のうち、二本目とでも呼ぶべき真ん中の一矢。
だからそれを狙う。
猟犬の短剣。
指を離れる瞬間に狙い定めたものを、充填された魔力が尽きるまでどこへ逃げようと追い続ける魔法の武器だ。
虎の子の短剣が手を離れて飛ぶ。
腰に提げた細剣を引き抜く。
そして矢は放たれた。
意識に捉えるのは二つ。
だがその二つは無視して直進する。
俺の胴を射抜くはずだった一つも、後ろから追ってきた猟犬の短剣に弾かれて落ちる。
続けざま、予備動作すら要さず放たれた後発三矢を回避。アルキス目掛けて細剣を投擲する。
「――っ!?」
動揺、したな。
狙いがブレた。
六本の矢はあらぬ方向へと飛び、俺は剣を振るうこともなく足を運ぶ。
一射封じて、稼げるのは二秒。
たかが二秒。
されど二秒である。
一呼吸分の間隙に、追加の細剣を腰の鞘に差す。最後の短剣を握る。右手の剣をさらに投げて――もう一本を取り出す。
投げた剣は躱された。
流石に何度も同じ手で時間を稼がれてはくれないか。
――だがあと十メートル。
アルキスはバック走で距離を稼ぎ、俺は矢を避けながらそれを追う。
あと二射。
受け切れば剣が届く。
弓は既に引き絞られている。
黒靄の指が開かれる瞬間、九割の読みと一割の勘で半身に構えて剣を突き出す。
切っ先で音がして、矢が落ちる。
もう一つは俺が大きく回避していたら居たであろう場所を通過。残る一つは俺の背中、腰あたりの高さを薄く裂いた。
続く三つも、縦に薙いだ剣閃で二つを叩き、一つは肩を掠めただけに終わった。
――あと一つ。
油断するな。
気を引き締めろ。
まだ終わっていない。
アルキスはまだ、諦めていない。
朗々と、詠唱は続いている。
その身体、弓を握る左手を狙って短剣を投げる。すぐさま鞘から細剣を抜く。
アルキスは俺を真似るように身体を傾けて短剣を避けると、最後の一射を放った。
勘を五割。
読みを五割。
寸分狂わず俺の左手を不具にするはずだった射撃は、しかし狂わなかったからこそ俺を捉えることはなく。
手を読むより先に動かしていた右腕には、握る鉄剣から響く衝突の感覚が伝わっていた。
そして。
そして俺とアルキスの間を分かつ忌々しい弓弦に、切っ先が触れる。
放たれるより先に力を失えば、虚空から生えた矢もこぼれ落ちるしかない。
――勝った。
――まだだ。
確信と自戒。
二つが鬩ぎ合う。
思考の歯形が軋みを上げる。
弓を壊した。
勝てるはずだ。
弓を壊しただけだ。
まだ勝っていない。
依然。
アルキスの口唇は動いている。
――まだだ!!
勝利の確信に停滞しかけていた歯車が、油を注されて躍起に回る。
アルキスは諦めていない。
まだ、詰んでいない。
だから俺は、手を緩めなかった。
手繰るように足を払う。
弓を殴りつけて弾き飛ばす。
アルキスの身体がぐらりと傾く。
回避運動によるものではない。バランスを崩し、姿勢を保てなくなったせいだ。
極限のやりとり、スローモーションの中で少女の身体は仰向けに倒れていく。
アルキスの表情が苦渋に歪む。
「ぐ……っ『鈴鳴猫の――」
馬乗り。
腕の片方を膝で押さえつける。
双剣を地面に突き立て、魔法旅袋から剣を引き抜く。大きく弧を描いて戻ってきた無限撃ちの短剣を握って突きつける。
「――俺の勝ちだ。アルキス」
首筋から数ミリのところで交差する、地面に突き刺さった二本の細剣。左腕には俺の膝が乗っているし、黒い靄を纏う右手はいつでも新品の細剣で刺し貫ける。
短剣は胸元――に突きつけようとして、少しだけ首の近くに差し向けた。
……胸元を狙うと、鎧が膨らんでいて邪魔だったので。
そしてアルキスは、首を刃に触れさせないまま器用に溜め息をつき。
「……降参よ、降参」
諦めたように、そう告げた。
◆◆◆
大円武場地下一階、個人用宿泊室。
この戦いのために王都へやってきた出場者が宿に困らないように、という意図で出場者個人に割り当てられるこの部屋は、そこそこの室内設備と追加可能なルームサービスで構成されている。
会場内地下という好立地、疲れを増長しない程度に整った設備に無料宿とくれば、他に泊まる理由もない。
まあつまり、何が言いたいかというと。
この部屋はタダだし知り合いが居座るのは構わないってことなんだけど――
「――俺に用意されたものなのに、ベッドもソファも占領されてるのは流石におかしいだろ」
なんで割り当てられた本人が部屋の真ん中で棒立ちする羽目になってるんだ。
「おかしくない。私が推薦しなければこの部屋もなかった。だから私が一番ふかふかのソファを我が物顔で使うのは当然」
片方は勝手にルームサービス頼んでソファを追加してるし。
「傷心の乙女に向かって、よくそんなことが……あ、ジン。うすしおなくなったから足して」
片方は備え付けのベッドの上で、皿に山盛りのお菓子をぱくついている。
二人の反応はずっとこんな調子である。
ちなみにアルキスの主張は『公衆の面前で押し倒されて馬乗りになられて、とても傷付いたので私はベッドを使う権利がある』というもの……らしい。
ずっとお菓子を食べているので断片的にしか分からなかった。
あとアルキスの弓は勝手に直っていた。やっぱり進化する系のやつのようだ。
「……その技術――世界を繋ぐ剣は、頻繁に使うべきではないと言われているはず。いくらアルキスの気を引くためとはいえ、禁を破るのは感心しない」
ユミナが冷ややかな視線を向けてきた。
確かに言われたね。迷宮都市でね。そのときユミナいなかったけどね。
当たり前のように過去を読むのはやめてほしいが、従姉弟子様にそう言われたのは確かだ。
……しかしいつの世にもどんなことでも、抜け道ってのは存在するのだ。
「つまり、これにはちゃんと理由があるのさ」
「何が『つまり』なのよ。二人で勝手に通じ合っちゃって。次じゃがバター味ね」
お前ホントよく食うな。
ちょっと多めに足しといてやろう。
こほん。
「要は練習さ、練習。いくら世界を断てるようになったって、見えもしない触れもしないものを必ずしも正確に斬れるわけじゃないからな」
その練習の方法が『自宅に置いてあるお菓子の真下の空間を斬る』なのは甚だ問題があると思うけど。
ちなみにアルキスが菓子を貪っているのもそれが原因だ。
少し座標をミスって、袋の封が開いた状態で六面世界に届いたのがまずかった。
「ところでユミナ」
「何?」
「人の知識が読めるなら、わざわざ俺が話さなくても良かったんじゃないのか」
「あなたが大事な情報と思っていることは読めない。刃術以外の地球の知識――特にあなたが友人から仕入れた情報と、カエデ・ミレーティアとの会話内容はガードが緩かった」
ああ……なんとなく分かる。
第三者がいるのに馬車の中で普通に『先代の王と王妃は自分と血が繋がってない』とか言い出す奴との会話に機密を感じろというほうが難しい。
「……それは初耳」
ユミナの表情が曇った。
あっ、ここはちゃんと機密扱いになってたのか。
分かりにくいな俺の心。




