第02話 黄金殺しの来着
頭が痛い。
朝日が高い。
ベッドが柔らかい。
――朝だ。
「あー、くそ……動きたくねえ……」
蘇るのは昨日の光景。昨夜ではなく昨日の光景だ。
昨日は地獄だった。
都市門を抜ける前から嫌な予感はあったのだ。
妙に衛兵から羨視の念を感じたとか。
前に並んでいた商人っぽいおっちゃんから、いきなり、しかもやたら丁寧に、よく分からない贈り物をされたとか。
門の向こう側から人だかりの気配がしたとか。
でも気付かないフリをしてしまった。
なにせ迷宮都市ではスルーされたのだ。ここでだって……王都でも何事もなく一冒険者生活を送れると、そう思っていた。
――時期が俺にもありました。
「おはようございます! ジン様!」
俺が目を開けると同時に、カーテンが開かれる。やったのは金色の髪と白い肌、濃紺の眼を持つヴィクトリア調。
ロングスカートのガチ使用人さんである。
昨日早朝、目立たない時間帯(のはずだった。少なくともカエデ様の説明では)に王都入りを果たした俺たちは、それはそれは熱烈な歓待を受けた。
立役者として。
そう――数えきれない前科持ちにして過去進行形の大罪人、マクシミリアン・マクスウェル捕縛の立役者として。
シズカとヴァレットくんの行方は知るよしもない。しかし王都入りの前、女王様が意味深に「もしもがあったとしても、何も案ずることはない」とは言っていた。
だから大丈夫だ。
……多分。
俺には信じることしかできない。
弱い俺を許して欲しい。馬車中泊のとき、「こんな劣悪な環境じゃやっていけまんわッ!!」とか言ってアルキスの寝袋に潜り込もうとした(未遂)のは黙っておくから。
「ジン様? もしかしてお具合が悪いのですか!?」
「まあ! それは大変!!」
「すぐに私が医務室に――」
「わーあああッ!! 大丈夫! 全然平気! ちょっと考え事してただけだから!!」
ベッドの中で考え込んでいただけで、メイドさんたちは騒ぎ出す。
だが――知っている。
接近してきたメイドさんズを躱し、隙を見せないように独力で着替える。
「じゃあ、俺は行くから!」
「ジン様っ、どこへお越しですか!?」
「まあ! お供しないと!!」
「すぐに私がご案内の準備を――」
「そういうのはいりませんからっ!!」
追い縋るメイドたちを振り切り、アルキスの部屋へ急ぐ。
知っている。
あの目は狩人の目だ。
いっそ間違いなど起こってしまえ――否、起こしてやるという気概が感じられる。
「アルキスっ! 大丈夫か!?」
扉を開けると、顔面を箒の刷毛が捉え――そうになって、それを避ける。
腹を柄先で突かれそうになって、また瞬断、回避。
俺は床を転がった。
「アルキス様。この下郎は如何しましょうか?」
「まあ。不審者は撃退しないと」
「すぐにつまみ出さないと――」
「メイドさん格差ぁ!」
なんでアルキスのところにはこんなにまともそうな人たちが!?
「騒がしいと思ったら、ジンじゃないの。どうしたの? 朝っぱらから……」
使用人に迫られている様子もなく、アルキスは普通に寝間着姿でベッドに腰掛けていた。
強気に腕を組んでばかりのいつもとは違い、両の掌をシーツに這わせて感触を楽しんでいる。
……なるほど。
これはこれで、深窓の令嬢っぽい淑やかさが演出できていて良い眺めだ。
「ちょっと。聞いてるの?」
おっと、訝しまれてしまった。
いかんいかん。
「アルキスが心配だったもんで」
「全然意味分かんないんだけど。……まあいいわ、三人とも。ちょっとだけ扉の前を固めておいてもらえる? 他に誰も入れないように。その不埒者は入れていいから」
「「「かしこまりました」」」
アルキスの指示に異論を挟まず、もちろん拒むこともなく、メイドさんズ(上位互換)は一糸乱れぬ動きで部屋を出ていった。
ずるいぞアルキス。
こんないい使用人たちをあてがってもらうなんて……。
「……で? なんでこんな朝っぱらからあたしの部屋に来たのかしら。朝這い?」
「違う違う違う。朝這いされそうになったのは俺のほうだよ」
「――へえ」
きゅっとアルキスの眉根が寄った。
部屋の空気が張り詰める。
「誰に?」
剣呑極まる声音で、アルキスが問う。
こうしていると嫉妬されてるみたいでイイけど、肩が重くなるな。
「メイドさんたちだよ。俺の部屋の。寝てるときは何もされなかったみたいだけど」
「……ああ、なるほど。大体理解したわ。英雄は大変ね」
「俺が異性だからだろ。とりあえず、せめて男の人に代えて欲しいんだけど、誰に言えばいいか分からないからアルキスに訊きにきたんだ」
あのメイドさん(下位互換)たちに頼んでも、情報が遮断されるだろうし。
「賢明ね。確認だけど、手は出してないわよね?」
アルキスがほんの少し顔を背けるように傾けて、猜疑の流し目を向けてくる。
この視線が受けられるなら疑われるようなことをするのも悪くない、と思える目だ。
そのくせ身体の向きも変えず、手もベッドに
十三歳の妖艶さじゃない。
やっぱり六面世界の年齢設定おかしくない?
……おっと。
見惚れているうちに、アルキスの目つきがまた訝しげなものになっていた。
「ないない。あれは獰猛過ぎる」
ともかく疑われているなら、正しく否定しなければならない。
俺にその気はないと。
肉食系女子っていう言葉もあるが。肉食っていうか貪食だよ。あれは。
あるいは暴食。
「ふうん。あんまりグイグイくるのは嫌いなの?」
「嫌いっていうか苦手なだけだ。好きな子からだったら別にいい」
たとえばアルキスとか。
「不潔」
「なんで!?」
俺が何をしたっていうんだ。
「――睦まじいことじゃな。せっかく涼しい格好をしてきたというのに、暑苦しくて仕方がないわい」
「きゃあ!?」「うわぁ!!」
二人揃って飛び上がるほど驚いた。
振り返ると、封鎖されたはずの部屋の扉が開いている。
申し訳なさそうなメイドさんたち(優秀なほう)を後ろに控えさせ、中を覗いていたのはカエデ様だった。
言葉通り、彼女の服装は涼しげだ。和装といえば和装っぽいが、肩から先を覆うものは何もないし、脚だって膝上数センチから踝のあたりまで露出している。
改造和服と言ったほうがしっくりとくる。
……うん? あの服、どうやら化学繊維を――
「やっぱり不潔!」
「違ぇ! 痛ぇ!?」
アルキスの蹴りが尻に炸裂した。
冒険者用のブーツを今は履いていないからダメージはない。だが、その分しなった脚から生み出された衝撃が、鋭く身体を貫く。
「いつもと違う服装だったからちょっと注意深く見てただけだって!」
「ふうん。つまりさっき黙ってたのも、あたしのことを見てたわけだ」
「そうそう――」
「新鮮で蠱惑的な寝間着姿に見惚れてたわけね」
「そうそ……う、うん?」
「つまりあんたは、人の身体をじろじろと舐め回すように視姦してたわけね?」
「違げーよ! 中身は一緒だけど表現に問題があり過ぎる!」
「……痴話喧嘩はそのくらいにしてもらってよいかの? 妾もそう暇な身ではないゆえな」
「「痴話喧嘩じゃねえ!!」」
「うむ。一区切りついたな」
人のツッコミをオチみたいに扱うんじゃねえ!!
「くっくっく。では本題じゃ。王都におる間の、うぬらの待遇について話しておきたいと思うてな」
「先に俺付きのメイドさんたちをどうにかしてほしいんですけど」
「扉の前で喚いておった連中か? あれらは替えたぞ。不適であったな」
対応早いな。流石王女様。いや、女王様だっけ?
……どっちでもいいか。
「元は妾の放蕩が原因じゃがな。くっくっく。三ヶ月の間に、宰相の胃袋が六度も荒れたそうじゃ」
「宰相さん可哀想」
「人の上に立つ人としてどうなのかしら、それは」
「そんなもん、想像してみれば良かろう。そこのジンタロが玉座にちんまり座って指示を出している姿を」
「一緒にしないでください。俺はやることになったらちゃんとやりますよ」
「小娘に連れられるまま放浪しておる癖にか?」
「ちょっと! 小娘ってあたしのこと!?」
「他に誰がおるというんじゃ」
「別に俺はアルキスに連れ回されてるわけじゃ――」
そもそも放浪じゃなくて、最初から王都を目指して移動してただけだし。
普段は辺境の街で冒険者やっているだけだし。
「人のこと小娘呼ばわりしないでくれる!?」
「主が礼儀を弁えた喋りをするようになったら、考えよう。……ジンタロはできるのに何故、お主はできんのじゃ?」
「あたしはいいの!」
「何故と訊いておるんじゃが!?」
久々に猛犬モードに入ったみたいだ。
ただし矛先は俺ではない。
今日の餌食は地人と天人の混血、カエデさん。両種族の特徴を半分ずつ受け継いで、心は読めないし毒にも強くないけど、背が低くて外見上は不老の女の子。
……外見はともかく、背が低いのは御鈴の後継者として致命的じゃなかろうか。
カエデ様の頭のてっぺんを眺めながらそんなことを考えていると、不意に目が合う。
「妾の主武器は紙切れじゃからの。紙で指を切ったことくらいあるじゃろう? あれを顕理でパパっとな」
「戦法がエグい。ていうか痛い。細剣とか使ってる俺が可愛く見えるレベル」
「『斬り徹し』なんぞ使っとる時点で同類じゃろ、同類」
「異世界の人らだって魔法とか使うでしょう。俺はそれがありませんからね。……というかメイドさんの処遇が済んでるなら、とっとと本題にいきませんか」
何しにきたんだと言いそうになってしまう。
こっちが脱線させて向こうが脱線させて、一向に話が進まない。
「あたしたちの待遇の話って言ってたけど、女王様的にはどうするつもりなのよ?」
「うむ。そうそう。そんな話じゃったな。……うぬらに注目が集まっているのは知っての通り。されど――」
けふん、と小さく咳払いをして、カエデ様がニヒルに笑う。
彼女の手には、二つ。
小さな銀色のネックレスが握られていた。
「英雄が英雄らしく振る舞うのでは、妾が面白くないからのう」




