第01話 馬車の中で
およそ二ヶ月ほど迷宮都市に拘束され――もとい逗留したのち、俺たちは王都へ向けて出立した。
今は突発迷宮騒動から二ヶ月半。
すなわち異世界生活半年目。
移動中も講義を受け。食料調達中も実践を繰り返し。アルキスの冒険者指導の間だって休むことなく。
俺は刃術修行を続けていた。
起きているときも寝ているときも、元気なときも疲れているときも、日の下のときも月の下のときも、これを学び、これを習い、これを修め、これを行なうことを誓うような――端的に言って地獄のような。
地球にいた頃を彷彿とさせる日々が戻ってきた。
それもこれも、元凶の一つはカエデ・ミレーティアという幼女――の見た目をした熟女――のせいだ。
「おや? 幼気で恩師な妾に対して不当な恨みが向けられた気が……」
「気のせいですよ、お師匠」
ここで幼気とかどの口が、と考えるのは愚策である。
御鈴流刃術の奥義その二、『祓心斬徹』は対象の精神を斬る技術。その境地に至るには『斬り徹し』と同じく、対象をよく認識できる必要がある。
すなわちこの幼女は、天人ほどじゃないが俺の心が読めるのだ。
つまりここで『見た目が幼女なだけのくせに恥ずかしくないのか』なんて考えると――痛たたたたた!?
「悲しいことじゃの。人の心が分かるというのも」
頬をつねられると痛い。
そんな単純な人心をどうして分かってくれないのか。
「人の心が分かると仰るなら、私の心も分かって頂きたかったですわね」
嗚呼、こんなところにも悲しい仲間が。
「お嬢様は心がどうこう以前に、カエデ様から強制的に要請されたと記憶しているのですが……」
王都への道のりには、シズカとヴァレットくんも同行している。
シズカは霊を――すなわち人間の純・思考の塊を操作できたためにカエデ様に拉致、もといパーティに勧誘された。ヴァレットくんは従者なので普通についてきた、というわけだ。
正直こんなところで余計な負い目を作ってほしくなかった。
あと日夜を問わず毒を吐かれる俺の身にもなって欲しかった。
けれどおかげで、王都に着くまでに『祓心斬徹』をマスターできた。
その後もカエデ様と同じ内容の修行をさせられたことについては納得していないが。
余談。
今回の『祓心斬徹』と同じく、俺が今まで『斬り徹し』とだけ呼んでいたものにもちゃんと『顕理斬徹』という正式名称がある。
しかし修行のとき以外、それを三つに分けて呼ぶ必要がないということで、まとめて『斬り徹し』と呼ばれている。
このあたりは俺が地球で修行を続けていれば、いずれ爺のほうの師匠から教わるはずだったことだ。
余談その二。
迷宮都市の突発迷宮で魔法を斬ったのも、『顕理斬徹』に含まれるらしい。
ちなみに六面世界生まれ六面世界育ちのカエデによれば、「魔法だけ斬れないという発想がなかった」とのこと。
俺がわざわざ地球で育てられた意味はあったんだろうか。
閑話休題。
「不満そうだの、弟子」
「別に不満なわけじゃありませんよ」
余計なことを考えるのはよそう。修行開始初日のアルキスみたいになってしまう。
……初日。そう、初日――『祓心斬徹』の実験台にされたアルキスに、突然襲い掛かられたのだ。
カエデ様が言うには、自制心を失う見本だったらしいが。
ほんの数秒のことだったが、確かにあのときアルキスは、本能のままに動いていた。
猛犬ではなく、狂犬だった。
心静かなればそれを乱し。
心惑わばそれを鎮める。
思い返せば最初の『斬り徹し』――『顕理斬徹』を修めたときに、俺が師匠にやられたのも同じだったのだろう。
そして又聞きの言葉を信じるならば、俺が思ったより才能があったせいで――強かったせいで、師匠は数秒の間に命を落としそうになり、咄嗟に俺を異世界へ放り込んだわけだ。
……ギャグかよ。
「笑い事ではないぞ。お主が御鈴を継承するときには、同じことをお主もやるのだからな」
「……流石に失敗した前例を知っていてなお、同じ手順でやろうとは思いませんよ」
というか奥義をやっと修めたと思ってる弟子に、いきなりさらに深い境地を見せつけるとか鬼か。
心折れるわ。
「問題ない。精神の強度も性も含めて、見定めるまでが師の役目ゆえな」
……とんでもない役目だ。
そんなもの、何世代も引き継げるものじゃないと思うんだけどなあ。
「くっくっく。一千余年の系譜じゃ。末代を飾らんように精進せよ」
「いや末代飾りそうなのはあん……師匠でしょう」
三十六歳未婚で女王はヤバいと思う。
「妾は子を成さぬから良いのじゃ」
「じゃああんたが末代じゃねーか」
大丈夫かこの流派。
「そうではない。先代の王と王妃はどちらも、天人でも地人でもない――と言えば分かるかの?」
「そんなことで分かるわけ――」
……天人でも、地人でもない?
けれど、カエデ様は。
女王たる彼女はその混血だ。
と、すると。
「養子なのか!?」
「左様。才能の保証は、六面世界に渡ったばかりの御先祖には急務であったゆえな。品種改良には時間がなく、されど建国はしてしまったと。王族が王国を引っくり返すわけにもゆかず、以来連綿と、才ある拾い子が国を治めておるわけよ。八方塞がった末の苦肉の策よな」
要は御先祖が悪いのだ。
世界を渡った先で王国なんぞ打ち立てて、何をする気だったのか。
「……ヴァレット。どうして私、こんなお尻の置きづらい馬車の中で、国の大事を聞かされているのかしら?」
「僕にも分かりません……」
カエデ様の語ったところによれば、レーゼイン家の今代当主は先王の弟が務めている――ことになっているらしい。実は父親が王族との繋がりなんてなかったと知って、シズカは目眩を訴えていた。
そりゃあ女王が天人と地人の混血なら、王弟の血を引くシズカだって、少なくともどっちかの種族は混じってないとおかしいものな。
「そろそろ着くわよ」
気付けば当番で御者席に座っていたアルキスが、ひょっこりとこちらを覗き込んでいた。
……シズカはともかく、アルキスに知らせてしまっても良かったんだろうか。王室に血統がないことを。
俺の心配をよそに、馬車はスピードを落としていく。
王都の街並みは、今までに見た六面世界のどの街より、都市よりも栄えていた。




