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刃の転界者  作者: 利々 利々
第二章 祈祷師は愛の咎人
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第12話 観測者あらわる

悪魔(デヴィル)どもがいきなりこぞって動き始めたから追いかけてきてみれば――」


「――アルキス! ちょうどいいところに来たな! 後ろの奴を頼む!」


「頼むって言われても多過ぎるわよ! これ目玉に見つかったんじゃないでしょうね!?」


「その通りだよ!」


 端正な顔立ちが目に見えて歪んだ。

 緊張と、苛立ちの混じった表情が瞳を通じて魔族(デーモン)を刺す。


 アルキスの放つ矢は確かに敵を捉えていく。

 目玉に見つかったのだと知っても、彼女の弓に動揺の影響は少ない。

 精々が喉元を得るはずが、代わりに心臓を貫く程度だ。


「こういうときの対処は! 特効薬みたいなやつ!」


 何かないのか。先人の知恵的な、冒険者(トレイラー)のセオリー的な――


「出てこなくなるまで倒すしかないわ!」


「あったら(わたくし)が伝えていますでしょう!?」


 脇からシズカの怒声も聞こえる。

 ごもっとも。


「お姉様っ! ヴァレットはどこに!?」


「一緒に湧いた別の奴を足止めしてるわ! 長くはもたないって言ってたわよ!!」


「承知いたしました!!」


 別の奴。

 同時に湧いて、一人の手を丸ごと割かなければならない相手。

 おそらくは目玉の主なのだろう。


 そいつは魔族(デーモン)か、あるいは悪魔(デヴィル)か。(上級)(下級)か。

 訊きたいことは増えたが、口をつぐんだ。


 状況は悪い。だが好転のうちにある。

 随分とマシだ。

 走ってきた甲斐があった。


「シズカ!」


「話しかけないでくださいな」


 ちっ。アルキス見つけた途端元気になりやがって。

 ……ひとまず地面の上に放り出して、と。


「何をなさいますの!?」


「触られるのも嫌そうだったから手放してやったんじゃねーか。それより、儀霊の結界で既にあるものを遮断……というか分断? したりできるか」


「何と、何を?」


「橋を落とす」


 動いてるのは無理でも。最悪、無生物だけでも。

 そう続けて問い掛ければ、シズカの瞳が怪しげな艷を覗かせた。


「……一分かかりますわ」


「俺とアルキスで稼ぐ」


「では、そのように。生物が境界線上にいるとつっかえ(ヽヽヽヽ)ますから、その処理もお任せします」


 シズカが服の隙間から札を取り出したのを見届けて(決して、ちらと覗いた白い肌に興奮したりはしていない)、迫る魔族(デーモン)どもの前に立つ。


「アルキス! 飛んでる奴は頼むぞ――今から道を塞ぐ!」


「――っ……了解! 逃げ遅れたら知らないからね!」


 余計なお世話だ。

 ……とも言えないか。結界を張るのはシズカだものな。


 昆虫じみた姿の四翼(ホバー・)魔族(デーモン)が、額を穿たれて墜落する。

 二足歩行の武装(ハンズ・)魔族(デーモン)の足を払って滑落させる。

 怪鳥のごとき、全長数メートルもある双鳥(バード・)魔族(デーモン)は奇跡に焼かれて煙を上げた。

 猪を思わせる牙の(タスク・)魔族(デーモン)をすれ違いざま輪切りにしていく。


 ――一分。

 時間稼ぎはあっという間だった。


 後退し、儀霊の範囲を過ぎたところでシズカの握る札が光る。


 たったそれだけで簡易式の結界は発動し、区切られた内と外は繋がりを断たれる。

 宙空を横切る石の回廊は、結界の内側に収まった部分だけをだるま落としのように切り取られた。一つだけ違うのは、石道は一度途切れたら回復しないところだ。


 シズカの結界が切り落とした道は十メートルほど。

 その距離を詰めようと跳躍した数匹は俺が叩き落とし、飛行して渡ろうとしたものはアルキスが撃ち落とした。

 残ったのは対岸に居座る数百の魔族(デーモン)たち。


 そいつらもやがて、もはや術なしと悟ったのか一匹、また一匹と踵を返していった。


「次はヴァレットに加勢ですわね」


「その前にアルキスに合流だな。後を考えるとアルキスのほうに行くしかないわけだけど……シズカ。結界を小さくいくつも作って階段にできるか」


「さっきの石道切断のときも思いましたけれど、あなたどんな頭してますの」


「お前もすぐに理解できてるんだからいいだろ」


 俺たちとアルキスの合流は(つつが)なく終わった。

 後はヴァレットくんだけだ。


「奇跡もかけ直すわよ」


「そうでしたわ、お姉様。あのジンとかいう方に教えるときはもう少し砕けた言葉から教授するのがよろしいかと。道中、妙に畏まった表現ばかり使われて気持ち悪かったので」


「考えておくわ」


 不穏な会話が背後で行なわれているのを気にしないようにしながら、辺りを見渡す。

 ヴァレットくんの姿はない。もちろん魔族(デーモン)の姿も。


 そう思ったのは、一瞬だけだった。


「ええ。しっかり見ていましたよ。ええ。だって私の目玉ですもの。ええ。――しっかりと見咎めましたもの」


 声に。

 反応する前に、身体が動かなくなる。


 腕一本。指先一つ。どころか目玉さえ(まばた)きさえ許されない。

 ただ、感覚だけがあった。

 驚愕を浮かべ、詠唱を始めているアルキス。シズカは――視界の端で動いているのは分かるが、そっちを見られない。札を使うのに祝詞はいらないようだし、何かしら対応はしているのだろう。

 味覚と嗅覚はそのまま。


 そして痛いほど、鎖のような何か(ヽヽヽヽヽヽヽ)が肌に食い込んでいた。

 さらに何かに、見られているような感覚。


 これに似たものを、きっと俺は知っている。


魔六道佐の(アールヴレハツ・)封眼視(スティグマ)』。

 ユミナが使っていた術。おそらくは魔族(デーモン)権能(ちから)を借り受ける邪法。

 俺が答えに至ったところで、アルキスの声が響く。


黄昏の釵(リーパーズ・ディール)ッ!!」


 かつて多頭蛇(ヒュドラ)との戦いでも使った一撃だ。

 それが俺の周囲を取り巻く拘束具――おそらく目玉と、そこから飛び出した鎖を焼く。


 しかし、俺の身体は動かなかった。


「ええ。いい攻撃でした。ええ。まさか十二の(まなこ)を駆り出して八つまでもが焼かれるとは。ええ。想像だにしていませんでした。ええ。――けれど八つでは、足りませんね」


 正確には違う。

 (まばた)きはできる。視線は巡る。指先は動かせる。

 でも腕が動かない。足が動かない。剣の柄を握るのも、まだ遠い。

 振り向くことさえ難しい。


 だから俺がそいつ(ヽヽヽ)を知覚できるのは、どうにか聴覚だけだった。


「ええ。なにせ私は百眼の将。封印の権能を賜りしもの」


 背筋を底から優しく叩く、艶のある女性の声。

 声音だけで肌に絡み付くそれを、百眼と名乗った魔族(デーモン)は吐息のように連ねていく。


「自己紹介が()だでしたね。ええ。私はグレンシャハト・ブリック。魔王麾下(きか)三将の一人。"魔道将(ブリックフューラー)"などと呼ばれていますね。ええ」


「その手下様がなんの用だ」


 顔はアルキスのほうを向いたまま、苦い表情で刺々しい声音で不格好に問い掛ける。

 三将というのがどれほどかは知らないが、翻訳の奇跡(トランスレイト)を信じるなら佐官――魔六道佐(アールヴレハト)よりも格上のはずだ。

 どころか将の字をそこに当てはめて、俺の常識通りに受け取るなら……こいつは。


 魔族(デーモン)の中で五指に入る実力を持っていても、おかしくはない。


「そう警戒なさらずに。ええ。確かにあなたがたを目障りだと思ってここへ来たのは確かですが、戦おうという意思はありませんよ。ええ。私はとても温厚なので」


 グレンシャハトが『温厚なので』と口にしたあたりで、ぴんと空気が張り詰めた。


「いきなり相手を拘束して現れておいて、どこが温厚だというのですか」


「シズカの言う通りだわ。まずは拘束の解除と、それからあんたの足止めをしてたはずの男の子がいるでしょう。あの子を返しなさい」


 ヴァレットくんはどうやら、この魔族(デーモン)を足止めしていたらしい。

 そして捕まった。


「ええ。それはできかねます。暗獄神の愛し子さん。ええ。その理由を、あなたは知っているでしょう? 死者の思いを乞う娘よ」


「……(わたくし)の名は、シズカ・レーゼインですわ。そして、"魔道将(ブリックフューラー)"グレンシャハト。あなたの考えは的外れだと告げさせて頂きます」


 シズカの堂々とした言葉に、グレンシャハトの緊張が緩む。とはいえ身体はまだ自由に動かない。


「ほう? 興味深いですね。ええ。私の見立てでは嘘をついていない、というところも含めて。ええ。では聞きましょう」


「単純なことです。そこな殿方は祓魔の剣術を扱えませんわ。だから(わたくし)は――あなたがあの殿方を拘束する理由を存じません」


 フツマノケンジュツ?


 どうしよう。

 俺の話題なのに俺を置き去りにして話が進んでいる気がする!

 おっと、よく見るとアルキスも頭上に『?』マークが浮かびそうな顔をしているな。仲間だ。


 というか祓魔の剣術ってなんだろう。

 話の流れからして『魔族(デーモン)を確実に仕留める』とかそういう類のものだとは思うが。


「……ええ。なるほど確かに、そこの少年は魔族殺し(デモンベイン)について知らぬ様子。ええ。なれば拘束は解きましょう」


 グレンシャハトが言葉にした途端、俺の身体を縛っていた感覚が消える。

 すぐに攻撃、なんてことはしない。俺が特効薬を持っていない以上――いや、口ぶりからして持っていたとしても――また拘束されて終わりだからだ。


「では続いて。ヴァレット――あなたの足止めをしていた従者は、どこにおりますの?」


「私の足止めなんて、誰もしていませんよ?」


 心底不思議そうに。

 グレンシャハトは言った。


 ――――。


 視線が動く。

 これは止められない。

 疑念が湧く。

 これは押し留めた。

 信頼が崩れる。

 これだけは、防がないといけない。


 だから俺は、

 グレンシャハトに切っ先を突き付けた。


 殺意は込めない。

 敵意は滲ませない。

 ただ『アルキスを疑う気はない』と、示すためのポーズだ。


魔族(デーモン)は狡猾とは程遠いって、聞いていたんだけどな」


「心外ですわね。ええ。でも、足止めをされなかったというのは虚実に当たりますね。嘘を言うだけで狡猾とされるなら――ええ。このグレンシャハトは確かに狡猾なのでしょうとも」


 ――ですが。

 そう続けて、グレンシャハトの唇が濡れる。


魔族(デーモン)の性格や嗜好は権能に引き摺られるものですから。ええ。大雑把に言うなら概ね間違いではありません。けれどあなたにそれを教えた方は……本当にとるに足らない下級魔族(レッサー・デーモン)について述べただけなのでしょうか? あるいは――あなたを騙そうとしたのでは?」


「いいや。多分、知識を試してただけだな。そいつは」


「ええ。そういう見方もできるでしょうね」


 冗長で、嫌味ったらしく、人を幻惑するのを生き甲斐とするような声音。


 声を発する魔族(デーモン)の、その造形はグラマラスな女性の姿。体型を強調するように黒を基調とした露出の多い服を着ている。

 けれど優しい月明かりに溶け込むような、空色の肌とマリンブルーの髪は明らかに常人ではなく。


 薄笑みを浮かべたグレンシャハトは、縫い上げられて開かない瞼を、静かに俺に向けていた。

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