第13話 利害の矛先
「……話を脱線させたいようだけど、グレンシャハト。あたしたちはあんたがヴァレットをどこへやったかって訊いてるのよ」
話題を引き戻したのはアルキスだった。
「ええ。だから存じ上げないと――」
「しつこい」
アルキスの矢が、宙に浮かぶ目玉を撃ち抜いた。
俺を解放した後も消えずに俺たちの周囲で浮いて、下卑た視線を垂れ流していたものだ。
グレンシャハトの目から感情を読むことはできない。黒い糸で瞼が縫われて、そもそも目が窺えないからだ。
それでも彼女の表情は、驚いたと分かるほどはっきりと移ろった。
「……随分と速い射撃ですね。ええ。目で追うのがやっとでした」
「だったら次を射たれる前に、洗いざらい話すのが賢明ってものじゃないかしら?」
アルキスの声のトーンがいつもより心なしか低い。
ユミナを前にしてキャンキャン喚いていた頃の彼女はどこに。
これでは気高い狼みたいじゃないか。
「……ええ。存じておりますよ。ええ。だって私が自ら戦ったのですからね。――でもその弓は、恐ろしい」
四つを四掛け。
四方に十六。
アルキスを囲むように、何もない空間から現れた目玉たちから鎖が飛び出す。
「ちっ――!」
俺が二つ。
シズカが二つ。
アルキスが四つ。
撃ち落として、残る八つの目玉から鎖が飛び出す。
数が少ない分、拘束は先と比べるとかなり弱い。
だが名乗り通りに百眼を統べているなら、この後の追撃を防ぐ手立てが俺たちには――少なくとも俺にはない。
「これでようやく対等に話せそうですね。ええ。だって私は、喉元に刃を突き付けられたまま従順に振る舞う趣味はありませんもの」
「それを言うならあたしたちにも、そんな趣味はないわね!」
ばぎん、と音を立てて鎖が弾ける。
身体が軽くなって、元通りになった間合いはグレンシャハトの身体を捉えている。
仕掛けるか――そう問うためにアルキスを見やると、間にシズカが割って入った。
「随分と、魔族の将とやらはお暇そうですのね」
「ええ。人の身と比ぶれば、時に縛られぬ我が身は暇と呼べるのかもしれませんね」
「仰る通り、私たちに与えられた時間は魔族と比べて少ないのですわ。だからあなたと話すよりも、一人犠牲を出してでもあなたを蹴散らすほうが早いと判断したら――あなたを殺して先へ進もうとするかもしれませんね」
微笑むシズカと、薄笑みのグレンシャハトが視線に火花を散らす。
というか一人犠牲を出してでも、って。
「それは恐ろしい。ええ。追い詰められた鼠ほど恐ろしいものはありませんから、ええ。あなたがたに合わせてせっかちに話すことにしましょうか」
「お心遣い、痛み入りますわね」
微塵もそんなことは思っていなさそうな顔で、シズカはぱちんと鉄扇を閉じた。
「まずは私の足止めをしようとしていた少年からお返ししましょう。ええ。与えるのは強者の特権ですからね」
グレンシャハトが呟くと、何もなかった空間からぼとりとヴァレットくんが落ちた。
――文字通り、机の上からスプーンが落ちるような要領で、いきなり落ちてきた。
「ヴァレット!」
シズカが駆け寄るのに先んじて、ヴァレットくんに絡みついた鎖を断ち斬っておいてやる。
目玉そのものは無理だが、そいつらが生み出した鎖なら『斬り徹し』でも斬れる。さっきシズカが言っていた、『祓魔の剣術』とやらがあれば目玉自体も斬れるのかもしれない。
「シズカの代わりに俺が訊くぜ。お前の望みはなんなんだ」
拘束を解かれたばかりのヴァレットくんはもちろん、アルキスとシズカもその容態を診る必要はあるだろう。
医学はともかく、魔法的な異常だと俺には分からないので。
「ええ。率直に言うと立ち退きですよ。ええ。人間が魔王様のおわす魔界に存在するだけで、私たち魔族としては不愉快なんですよ。ええ。だからとっとと隔理の鋲を潰して、帰ってほしいというのが本音です」
「随分と遠回りな手段を選ぶんだな。殺すのは死体が残るから嫌だってか」
「いえいえ。殺して済むならそれが手っ取り早いですが、今回巻き込まれたあなたがたを皆殺しにするのは骨が折れますからね」
「だったら俺たちに接触する道理もないだろ」
「いえ。あるのですよ、それが――つまりこのグレンシャハトが、この平界を魔王様より賜った"魔道将"のこの私自らが、道案内をして差し上げようというのです」
だったら最初から呼ばないように目付しておけってんだ。
「これ以上魔族も悪魔も見境なく被害を出すくらいなら、私の権能で鋲のところまでご案内して、お引き取り願おうという算段です。突発迷宮はまた引き起こせば済むことですし」
あなたがたにも利益はあるでしょう? と、グレンシャハトは首を傾けた。
彼女の言うことは正しい。
俺たちはシズカの儀霊で探知した奴が鋲でなければ、地図のない魔界を彷徨うことになる身だ。
それがトラップや迷走の心配も、道中の邪魔なく鋲まで辿り着けるようになるというのは利益が大きい。
大きいが――
「お前が嘘を言っていないという証拠はないよな」
「なんなら契約しても構いませんが」
契約ってなんだ。
ちらと後ろを振り向くと、シズカはこくりと頷いていた。アルキスは奇跡の光を迸らせて治療に集中している。
……まさかここでシズカが俺を陥れることもないだろう。
多分。
「分かった。乗ろう。契約は俺一人でいいのか?」
「どなたでも。ええ。履行されるまでは破れませんから」
嫌な推測が過ぎる言葉だな。
「もう少しオブラートには包めないのか」
「包む義理がありませんね」
「それでは、少年の意識が戻る前に契約を済ませましょうか。人間の時間は効率的に使わねばならないのでしょう?」
「……そりゃまあ、話が分かりやすいのはいいんだが」
グレンシャハトの爪が伸びて、自らの掌を僅かに裂いた。
それに倣って、俺も短剣を使って掌から血を流す。
「血と魂をもって、魔と人の契約を――」
「あ、すまん。俺も何か言う必要があるのか?」
「…………予想はしていましたが。ええ。本当に何も知らないのですね。ええ。とりあえず私が何か問い掛けたら、肯いてください。判断は後ろの方々に仰いで構いませんよ」
「分かった」
こうして最高にしまらない契約を終え、俺たちはグレンシャハトの奇跡によって鋲の待つ場所へと向かうことになった。
◆◆◆
魔界のとある一角。
人の身には大き過ぎる扉の前に、俺たちは立っていた。中は見えないが、ここに今回の鋲がいるらしい。
「……本当にここで間違いありませんのね?」
「ええ。間違いありません」
転移の悪魔も顔負けのテレポーテーションで、俺たちはここに運ばれた。
シズカは疑っているが、それこそ『契約の履行』の範疇だろう。必要な文言が入っているのはアルキスもシズカも、まだ語学は拙いにしろ俺も聞いているわけだし。
「身を隠しているならいざ知らず――ええ。突発迷宮のような大規模の儀式を行なって私の『目』から逃れられるものなど、この魔界には存在しません」
相も変わらず恐ろしいことだ。
百ある目玉のうち、俺の知る限りでも三十近くが潰されているはずだが、まるで衰える様子を見せない。あるいは回復しているのか。
……無用の推察だ。止そう。
「――ああ、忘れるところでした。確かジンといいましたか。ええ。そこの剣士さん?」
「まだ何かあるのか」
今度はなんだ。
「ええ。未だ言い忘れていたことがあるんです。あなたの身体には、契約に基づいて人質――もとい私の目が一つ担保されていますから、危なくなったら逃げ帰ってきてくださいね」
魔族側が担保を出すのか。
俺のイメージしている悪魔契約とは真逆だな。……あるいは魔族だから悪魔とは逆なのか。
「……それは約束できないな。目玉が大事なら共同戦線を張ってくれてもいいんだぜ」
「まさか。味方を裏切るような真似なんてできません」
お前は何を言っているんだ。こんなところまで道案内をしておいて。
「それに私の力を借りたいなら、契約でそれなりの対価を支払って頂きませんと」
「ああ、それは困るな。何をどれだけ持っていかれるか分かったもんじゃない」
丁重にお断りさせてもらおう。
なにせシズカの儀霊によれば、"魔道将"グレンシャハトはこの一帯で最も強い奴らしいから。そんな奴の対価なんて、人生を何年持っていかれるか分かったもんじゃない。
「ところでヴァレットくんも、体調は問題ないんだな?」
「はい。僕はお嬢様についていけるように、体力も鍛えていますから」
その前置きは心配だなあ……。
戦闘の間中は保つということでいいんだろうか。
「……ヴァレットは私と違って、体力はちゃんとありますから大丈夫です」
「そ、そうか」
顔に出てたかな?
「コントは終わった? 準備はいいかしら? そろそろ行くわよ」
アルキスが空気を締める。
そして扉が開いた。




