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刃の転界者  作者: 利々 利々
第一章 魔道士は騒乱と来たる
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第10話 Rising Mercury

 二つ目の首を落としてからは、一方的な展開になった。


 一つを依然としてガンデントが引き付け(本人は、不服そうな反応だったが)、三つを四人がかりで着実に仕留めた。堅実第一で戦ったがゆえに三本目の首を落とすまで少々時間はかかったが、おかげで被害も出ていない。


 特筆すべきところがあったとすれば、四本目の首を落とされた――残りの首が二つになったヒュドラが、炎を吐き出し始めたことくらいか。

 その攻撃手段(ブレス)は肉体に相当な負荷を強いるものだったようで、五つ目の首を落とすのとほぼ同時にヒュドラは絶命した。

 残り二つの首は内側から焼け爛れ、残念ながら素材としては使えそうになかったが。


「収支としてはプラス。だから問題ない」


「そうよねえ。でもこっちのパーティの活躍があったればこそ、って感じじゃない?」


 にやりとアルキスが笑う。

 ああ、混成部隊の悲哀というやつが始まってしまいそうだ。


「ガンデントの囮と、私の支援だけで首四つに相当してた。分かりやすく言うなら、私たちの活躍あってこその討伐」


「ちょっと引き付けてただけじゃない。もしあんたたちみたいな防勢一方のチームがもう一つだったら、長期戦になって負けてたわよ?」


「そのときは私が攻勢に出てた。そもそも私くらいの実力者が五人もいたら、六頭級(グレーター)多頭蛇(ヒュドラ)なんて正攻法で倒せる」


「あら。だったら是非とも見せてもらいたかったもんだわ。あの戦闘狂が散々引き付けてたんだから、いくらでも隙はあったでしょうに。どうしてやらなかったのかしら――ぐえふっ」


 潰れたカエルのような声を出しても構わず、アルキスをユミナから引き離した。


 もちろん俺の手で。


 マキシムは離れたところで素知らぬ顔をしているし、ガンデントはマキシムにガンをつけている。ここへ来る途中は興味がなさそうだったが、ヒュドラ戦で大きめの魔法を見せたので気を引いてしまったようだ。

 ……ああ、近寄ってくるガンデントを避けていくうちに、こっちの視界から離れていってしまった。これは――『事故』が起こるな。

 南無。


「――ちょっとジン! 何すんのよ!」


「いやそれくらいにしとけよ。ユミナたちが四本も首を引き付けてくれたから俺たちも全力でかかれたし、俺たちが奇襲速攻で首を二つ落としたからユミナたちも潰れずに済んだ。それ(イーブン)でいいじゃないか」


「それだと納得いかないの!」


「どのへんが」


 首根っこを掴まれて宙ぶらりんになっていても、アルキスの吠え声は止まない。とても元気だ。むしろ活きが良くなっているような気さえする。


「それはきっと、ジンに触られて嬉しいから」


「はぁ!? ユミナちょっと何言ってんの!?」


 何その話くわしく。


「詳しくも何も、好きな男に触られて喜んでいる。それだけ」


「喜んでないわよ嘘っぱち!」


 ブンブンとアルキスが足を振り回して俺に攻撃を仕掛けてくる。身長差はあるが、流石に俺の腕よりアルキスの足のほうが長い。

 ……革鎧を貫通するほどの衝撃はこないので、しばらくはこのままでいいか。


「なんでニヤニヤしてんのよ! 変態!」


「失礼だな。俺はいたって普通の男子だ」


 普通の男子(イコール)変態だ、とか言われたら反論できないが。


「首を掴まれて喜ぶ変態と、腹を蹴られて喜ぶ変態。お似合い」


「「似合ってない!」」


 アルキスと俺の声が重なった。


「それはさておき野営の準備。今から帰るには、ここは(マキネシア)から遠過ぎる」


話題転換が急(マイペース)過ぎるのよあんたはッ!」


 わんこアルキスに絡まれるユミナを放置して、単独で野営準備に入る。

 ガンデントは水入らずでの戦闘が好みのようだから、戻ってくるまでにしばらく時間がかかるだろうし、俺一人だ。


 といっても六頭蛇(ヒュドラ)は倒したし、そいつがついさっきまでいた場所のすぐそばなので野営地の選定も必要なく、設営は滞りなく終わった。


 夜になっても、ガンデントとマキシムが戻らなかったことを除いては。



  ◆◆◆



 夜陰は深く、風は侘びしく。

 波一つない静かな湖面と、手に持ったレイピアの刃腹が月を映している。


 もっさりした携帯食と水を胃に押し込んだ後は、流れる空気も濁って重い。

 鬱蒼と茂る森がざわめき一つなく見下ろしているのが、かえって不気味な夜だった。


 とはいえユミナは平気な顔で寝入っているし、神妙な雰囲気の五割はガンデントとマキシムが戻らないことで、残りの半分は――


「やっぱり、見に行ったほうがいいんじゃないかしら」


 アルキスが沈痛な表情(かお)をしていることだ。


 ガンデントはともかく、マキシムを連れてきたのは彼女なんだから、責任を感じるのも無理はない。

 だが……もう少しドライに生きてもいいはずだ。それがアルキスの面倒見の良さの起因なのかもしれない。


 けれど戻らないのは、マキシムの責任だ。


 あいつが自分で決断してこのパーティに加わって、そして勝手にここを離れたんだから。

 パーティを指揮していたときにことが起こったならともかく、単独行動の面倒まで見てやる必要はない。


「とにかく、アルキスも眠っておけよ。今の見張りは俺なんだ。俺が寝る段になってお前が眠気に襲われてると困る」


「……うん。分かってる」


 眠るといっても、ほとんど目を閉じて身体を休めているだけに近い。

 焚き火の足しを注ぐだけの作業に、魔道士のユミナでさえぴくりと反応している。つくづくこの世界は危険なんだと実感させられる。……あるいは彼女たちが、特別優秀なだけかもしれないが。


「ねえ、ジン」


 ぱちんと焚き火が弾けた後に、視線を向けた。

 レイピアを整備する手は止めない。


「あたしやっぱり、明日は捜索に割くべきだと思うの」


「明日どうするかは、また明日決めればいいさ。今は休むんだよ」


「それは分かってる。でも、言っておきたくて」


「忘れそうだから?」


「うん……そうね。忘れちゃいそうだと思ったの。どうしてかしら」


 俺に訊かれても。

 仕方がないので曖昧に笑って、毛皮のケープを毛布代わりにかけてやった。


「ありがと、ジン。……おやすみ」


「おやすみ。アルキス」


 静かになったアルキスから目を離して、森に目を凝らす。

 焚き火は背中側に。しかし時々振り向いて確認するのも忘れてはならない。

 気配だけで獲物を探知する訓練もしているが、この世界では気配だけで探し出せるものが相手とは限らないのは地球も、六面世界(キュビリス)も同じだ。

 俺を見張りとして勘定したのだから魔法で姿形を隠すような奴はいないと思いたいが、それだって油断の原因になる。


 与えられた仕事を過不足なくこなすために、神経を研ぎ澄ます。


 森の中は平地と違って、隠れる気のある奴を探すのは難しい。


 無警戒にほっつき歩いているだけなら草の音なんかで分かるが、それだけを頼りにしていると風に合わせて動く奴や、他の生物が草を分けるのを真似ている奴を見つけられない。

 鹿の足音だと思っていたら熊でした、なんてことが起こるのだ――流石にそのレベルの勘違いは、俺が未熟過ぎたゆえだと思いたいが。


 そこを鑑みると風のない夜というのは、好都合だった。

 邪魔になるのは焚き火の弾ける音と、二人の寝息。それからアルキスの身動(みじろ)ぎの音だけだ。


 ぱちん、と音がする。


 日没からここまで、近寄ってきたのは指でつまめるサイズの蛇や羽虫と、それらを獲物にする鳥類が精々だった。森の区画主(エリアボス)の血の臭いが充満しているこの場所に、のこのこと近付きたい奴はいないのだろう。

 身体や装備についた血は水で洗い流してしまったが、場所自体に残る臭いはまだまだ有効なようだ。


 ぱちん、と音がする。


 猟犬の(ホーミング・)短剣(ダガー)はうんともすんとも言わないまま、俺の腰帯に納まっている。戦いの中でこいつが抜かれる日は来るのだろうか。

 マキシムに言われた方法を試しても、魔法陣が光ることすらなかった。

 無念だ。


 ぱちん、と音がする。


 刃の手入れも怠らない。

 御鈴流(みすずりゅう)刃術(じんじゅつ)において最も重要なのは、得物が斬れる(ヽヽヽ)ということだ。

 裂くのではなく、もちろん折るのでもなく、物体を斬れる状態にあるということだ。

 その前提さえ整っていれば、『斬り徹し』は万物を両断できる。


 ぱちん、と音がする。


 ――そういえば、魔法を斬れるかは試したことがなかったな。

 地球からキュビリスに来てこちら、妖鬼(コボルド)の腹も地鬼(トロル)の腕も、魔族(デーモン)の鎧も森鬼(オーク)の首も、多頭蛇(ヒュドラ)の頭も斬ってきた。

 しかしユミナやアルキスの使う、魔法や奇跡は斬ったためしがない。


 ぱちん、と音がする。


 街に戻ったら試させてもらうのもいいだろう。

 戦力の把握は重要だし――と、刃に僅かな光が映った。


「――――」


 全身が強張る。

 気配と息は殺して、視線と意識を向ける。

 幸いにして距離はあった。

 木々に隠れて光源は見えないが、どうやら発光体のようだ。魔物か。この世界の森の夜なら、人魂の一つや二つ、出てもおかしくない。

 むしろ実体のないものを斬れるかどうか、試せて好都合だと思ったところで、仮称・人魂の様子がおかしいことに気付いた。


 ふらふらと揺れているのは分かる。

 そのすぐ隣に、人が立っていた。薄っすらと透けている――わけではなく。金髪碧眼の王子様野郎(マキシム)が、焦燥した表情でこちらを見ていた。

 マキシムは、口を開きかけて顔を歪め、その場に膝をつく。


 ユミナとアルキスを見る。二人はまだ眠りの中だ。

 周囲に目を配る。知覚できる距離に魔物の気配はない。


 すぐに立ち上がって、マキシムのほうへ走った。

 ガンデントは近くにいない。はぐれたのか、あるいは。


「マキシム! 大丈夫か――」


 近寄って。

 俺は彼に、手を差し伸べようとした。


 それは。


 指の隙間から零れ落ちるほどの、小さな小さな感覚だった。

 あるいは夜闇の中にいるということが、俺の疑心を煽っていたのかもしれない。


 だから、針の穴を通すようなそれに気付けたのだろう。


 俺の心臓に。

 しこりのように残った違和感と――貫くような殺意が突き刺さっていたことに。


 マキシムから(ヽヽヽヽヽヽ)離れるように跳び退(すさ)ったのと、抜剣はほとんど同時。


「――嗚呼、感劇的な反応ですね。十全に信頼して頂けたと思っていたんですが」


 金属音と、舌打ち。


 想定よりも寸分ほど近く迫った刺突に、一合目は剣を斬り損ねた。

 とはいえマキシムの剣も、俺を捉えてはいない――


 視界。

 一番近くに剣。

 それを握っているのは貴公子。


 剣先が揺らめいた次瞬、袈裟斬りに迫る大振りの一撃を、奴の剣ごと『斬り徹し』で叩き斬った。

 マキシムの目が、驚きに見開かれる。


 これが、出会い。


 異界の刃術師、葉桜(はざくら)刃太郎(じんたろう)と――最悪の水銀級(マーキュリー)冒険者(・トレイラー)、マクシミリアン・マクスウェルの出会いだった。

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