第07話 魔法
仰向けに脱力したまま、太陽を見つめている。
眩しい日差しの中に、黒い点が生まれ……点、じゃない――刃!?
「のわっ!?」
一瞬前まで俺がいたところに、どすんと音を立てて穂先が突き立つ。なんだこれ……って、俺が斬り飛ばしたやつか。
表面には無数の傷があった。刃こそ綺麗に研がれているが、相当に年季の入ったものだろう。
「無事か?」
のしのしと歩いてきたガンデントを見る目に、自然と力が篭もる。
「騙したな」
「おう。お陰で油断したろ?」
その通りだ。
試し切りだと言ったから、使い慣れてない槍だと思った。
まして切り札(と言っていた)の手槍とはまるで大きさが違う。それなら、扱い切れずに自爆の瞬間があると思った。
一瞬でも、その隙に攻撃を通せると思った。
ところが結果はこの通り。
「あんたに頭脳戦で負けたって言ったら、ユミナに笑われるな……」
「そりゃ心配ねえさ。初めてであれを、見抜かずに対処したなんて、お前さんが初めてだからよ」
柄と穂先を袋に入れつつ、ガンデントがからからと笑った。
「それより、流石の俺様も驚いたぜ」
言われて、思い出す。
そうだ……結局、『斬り徹し』は見せてしまった。けれど、強がって笑っておく。
「ご期待に沿えて良かったよ、一矢報いられたようで」
またガンデントが笑った。
「ああ。にしても、負けはお前でちょうど十人目だな」
「……ずいぶん多くないか」
戦闘狂のくせに。
「勝ち越しの終わった相手を抜けば、片手で足りるさ。姐さんに長耳殿、お前とあとは……」
「いや、言わなくていい」
そいつら以外は聞いても分からん。
「そうかい? 強い奴の情報は耳に留めておくべきだと思うが」
「どうせやりあうようなことにはならないからな」
そいつら全員戦闘狂だったら話は別だけど。
「というか、お前ユミナと戦ったことあるのか」
「俺様を見ててそう思わなかったのか」
いや可能性としては考えてたよ。でも「腕っぷしには自信なさそうだからいいや」的な感じだと思ってた。
そう告げると、ガンデントは深くため息をついた。
「分かってねえなあ。腕っぷしばかりが強いってことじゃあねえんだぜ」
お前に言われるとむかつくな。だが、その通りだ。
「それで長耳殿とは一戦しかしてねえし、もう一人は王族だってんで諦めて、姐さんについてってるわけだがよ」
王族に喧嘩売ったのコイツ? もう近くに寄るのも嫌だよ……。
グッジョブだアルキス。そしてユミナはご愁傷様。
「お前、早死にするぞ」
「戦って死ぬなら本望さ」
アルキスとは別の意味で怖い。
「まぁ、なんていうか、周りに迷惑かけないように生きてくれよ」
「かけちゃいねえさ。全然」
「俺が! さっき! かけられただろうが!! どうすんだあのレイピア買ってもらったんだぞ!?」
なんでこんな情けない自白しないといけないんだ!
「そいつは良かったな、自分の懐が痛まずに済んだじゃねえか」
「てめえ!」
「冗談だよ。それとも思い入れがあったのか?」
アルキスに買ってもらったってことを考えるとそうかもしれないけど、でも別に思い入れがあるわけじゃないな……どちらかというと、防具が無事だから別にいいか、って感じだ。
「そういうのはない。ないけど、でも弁償はしろよ」
「別にいいぜ。挑んだのも俺様で、負けたのも俺様だからな」
後腐れはなくしておいたほうが、次回以降で断られる可能性が低くなるらしい。どんな処世術だ。いや俺は次回断るけどね?
「しかしなおさら、他に頼るもんがねえってのは不便だよなあ」
「そりゃあ、そうだけどな」
「魔法、習わんのか?」
ガンデントが立ち上がった。見上げると一層大きな身体だ。恵まれている。
その視線は、街のほうへと向いていた。
元々、ここに長居する用もない。時間が経てば、鬱陶しい獣鬼どもも寄ってくるだろうし。
ただ、気になったことがあったので、身体を起こしついでに訊ねてみた。
「そんなに手軽にできるもんなのかよ」
「才能があればな」
歩いて帰ると、随分時間がかかった。
街からかなり離れていたらしい。つくづく自分が情けない。
◆◆◆
「ゼロね。才能」
「まるきり非才。あなたの寄る辺は武器だけ」
もうすぐ夕暮れだ。空気が赤らむ前に街に入り、ようやく宿に帰った俺を待っていたのは無慈悲な宣告だった。
アルキスもユミナも、剣呑な雰囲気を醸している。想像を絶して才能がなかったというのが、二人の話から聞き取れた。二人して残念がっているが、心に一番の深傷を負ったのは俺だ。
しかしせっかくファンタジーの世界に来たんだ、神様の声が聞こえないにしても魔法くらいは使ってみたかったな……。
取り上げられた水晶球(魔法の才能を検査するものらしい)を追うように、俺は二人に縋った。
ガンデントだって使えるんだから、俺も魔法くらいは許してほしい。
「そう言わずに、ちょっとぐらいないのか? こう、指先からちょろっとぐらいは」
「それならそうと言ってるわ」
「その通り。これに関して嘘はない」
容赦ねえな。
「でも、興味を持ったならちょうどいいかもしれないわ」
ふっとアルキスの雰囲気が和らいだ。風向きが変わった気がする。
「どういう意味だ?」
「魔法は使えなくても、魔法の武器を扱うには魔力が必要」
ユミナが口を挟んできた。
……えぇと。
「あー。俺様は分からんぞ。パス」
お前には最初から期待してない。
「魔法を使うのにいるのはね、『魔力の通り道』を作る才能なのよ。魔法の武器は魔力を持ってるわけじゃなくて、それの代わりになってるだけ」
「それがどうして、」
「最後まで聞きなさい」
「うっす」
気が逸り過ぎたか。
「その通り道に、魔力を流し込むだけなら誰でもできるのよ、この世界ならね。だから魔法や奇跡の使えない人は、そういう武器を使うんだけど……あんたはまず魔力を知らないみたいだから、ちょうどいいし特訓してみようってハナシ」
「ふむ……つまり?」
「地面に水を流すだけなら誰でもできる。でも、それがきちんと狙い通りに流れるように溝を掘るのは、才能が必要。力が強いとか、スコップが使えるとかじゃなくて、もっと単純に。水を流してもこぼれない道筋を作る才能が」
なるほど……ってちょっと待て。
「なんで俺が水路作るの下手だったって知ってるんだ」
「なんでもお見通し」
過去もか!
「漫才はいいから。ちょっとやってみなさい。それを握って、魔力を流すのよ」
ずんと、俺の目の前に短剣が突き立てられた。
とりあえず握って力を込めてみる。
何も変化はない。
……魔力を流すってどうやるんだ?
「ほらね」
ちょっと待って、今ぐらいの間ですんなりできるもんなの?
俺が呆然としていると、
「容易。でなければ、戦いの中で魔法の武器を使えないから」
おい心読むのやめろ。
「俺も使って見せたろうがよ。ほら、槍を伸ばしただろ。あんたくらいの腕の冒険者なら、あれくらいはできて普通だぜ」
あんなお手軽にできるものなのか。
どうやら俺は、この世界一般で見ると相当ずれて……いや、本当にずれてるのか? ガンデントはどれくらいの実力なんだろう。
「ガンデントは実力だけなら神鉄級。でも、試験を受けないから銅級で止まっている」
「仕方ねえさ。銀に上がるのは面倒なんだ」
面倒と言われるとどういう風に面倒なのか、気になるな。
「筆記試験がある」
なるほど。
しかしガンデントの奴、実はアルキスと同じくらい強かったのか。
「それも違う。彼女は試験が一年に一回しかないから階級を上げる機会がないだけ。……それでも、一度飛び級したから実力に近くはなっているけれど」
「ふふんっ、一度も飛び級したことないへっぽこ魔道士とは違うのよ! 器がね!」
飛び級という言葉で自分のことだと気付いたアルキスがつっかかっていった。狂犬かよ。
話がこんがらがるからやめてほしい。
「ふふふ。私はそういう些細なことは気にしない。一人で張り合っていればいい」
アルキスの言葉を遮って、ユミナは解説を続ける。しかしそういうことを言うと――
「なんですって!」
ほら。もう……。
口撃キャットファイトを始めた女子二人をおかずに晩飯をとる。
食べ終わって酒場の端に陣取ると、ようやく二人も落ち着いていた。
よし。そろそろ――
「ふう。まったく、耳が大きいと余計な言葉まで拾ってしつこい」
「もう一回言ってみなさい! 覗き魔のくせに!」
「ストップストップ! 話進まないからやめてくれ!」
なんでまたヒートアップするんだ。
「それで、魔力を流す才能はどうやって確かめるんだ?」
「分からない」
なんでさ。
今度はアルキスが割って入る番だった。
「どうせみんなできるから、確かめる必要がないのよ。仮にそういう道具を作っても『みんなできます』で終わりだもの」
ふうむ。そりゃあるわけもない。俺が調べても『できます』って可能性もあるからな。
俺がやり方を分かってないだけで。
「だからそもそも使えるのかどうか、ってところから練習してみましょ」
「よ……よし。どうすればいい?」
「分かんないわ」
お前もか……。
「落胆してるところ悪いがな、こればっかりは姐さんも長耳殿も説明のしようがねえと思うぜ」
ガンデントまで口を挟んできた。
そんなに俺を異端扱いしなくてもいいじゃないか。
「ま。強いて言うなら、こう……肩に力入れて肘に移して、次に手首で指の付け根へ、最後に指先まで、っつー感じで順々に力を入れていく感じなんだよ。俺達は適当にやってるけどな」
「流石にそんな適当じゃない」
『俺達』と言葉が出た途端、ユミナがそれを遮った。いいインターセプトだ。そうだ、俺には神銀の大魔道士ユミナちゃんがついている。
「世界を感じて。偉大なる大地、果てのない空、そして流れ落ちる海。世界を支えるのはイメージ。想いの力を道具に込める」
おぉ……大雑……壮大なイメージをありがとう。
次、アルキス。
視線を送ると、自信ありげに胸を張って答えてくれた。非常にたわわなので目に優しい。
「はっ! って感じよ!」
ん?
ぽかんとした顔で見ていると、もうちょっと詳細になって返ってきた。
「だからぁ、ふぬぬぬぬ~、はあぁっ! って感じよ!」
なんて?
「こう……んぐ~ってなって、おおぉぉっていって、せえぇい! ってやるのよ!」
「わ、分かった。もういい。よく分かった」
「でしょう!?」
一番具体的なのガンデントじゃねーか!?
とりあえずユミナには取り繕う必要はないとして、アルキスの言った言葉を真似しながらガンデントの言った通りにやってみる。
肩から肘へ。
「んぐ~……」
手首から指の付け根へ。
「おおぉぉ」
そして指先!
「せえぇい!」
駄目だった。
というかこれどういう武器?
「猟犬の短剣。投げる瞬間に狙った標的めがけて、五秒ほど追いかけ続ける」
猟犬か。まるでアルキスだな。
「そう。可愛いわんこ」
「ちょっとそれあたしのこと言ってるんじゃないでしょうね!?」
また噛みつきやがった!
「言ってない。思い当たるフシがあるの?」
「んなわけないでしょーが!」
うるさい外野を無視して、短剣に力を込め続ける。
「なあこれ、成功したらどうなるんだ?」
訊ねる相手がガンデントしかいない環境というのは、非常に困るな。
「投げてみればいいんじゃねーか?」
毎回?
手間めっちゃかかるな。
「……あー、いや。待った。刃のとこに丸いのがあるだろ」
確かにあるな。魔法陣っぽい。
「それ、武器に魔力が流れたら光るやつだ。ただ光るだけの魔法だな。魔力を流しながら戦うのが難しいってんで、本当はその練習をするための物なんだ」
「確かに、慣れるまでは難しそうだな」
そもそも魔力を流す練習しないといけないんですけどね。
「光る分だけ余計に魔力を食うから、実践向きでもなくなるしな。ま、頑張れよ」
今夜はちゃんと部屋を借りられたらしいガンデントは、騒がしい二人と俺に背を向けてとっとと退散していった。
「ちゃんと寝ろよ」
言われなくても。
二人の喧嘩は終わりそうにないので、俺も部屋に戻ることにした。魔力を流すのに成功したら、適当な鉄貨でも狙って投げることにしよう。
俺の懸念を裏切って、その夜、刃に刻まれた魔法陣が光ることはなかった。




