第06話 槍使い
「しかし長引くね。姐さんはともかく、長耳殿まであれほどとは」
ガンデントと俺は、向かい合って朝飯にありついていた。ガンデントは奢ると言ったが、代わりに決闘でも申し込まれたらたまらないので丁重に断った。
そのまま伝えたところ、舌打ちしやがった。なんて野郎だ、油断も隙もない。
ちなみに翻訳はガンデントに頼んでいる。彼のは糸電話のように、光で人と人を結ぶタイプの双方向翻訳だった。
神の格差を感じる。
「仕方ないんじゃないか。一日安静で治るなら、捻挫より余程ましだ」
「そりゃあ、そうか」
ガンデントの相槌を聞きながら、給仕の女の子に手を上げる。
腹八分のつもりで頼んだメニューですっかり満腹だ。
「ま、気長に待とうぜ。俺はアルキスがいないと動けんし、お前も同じだろ?」
「と、言いたいところだがな」
細切れにした肉を、流れるようなナイフとフォーク捌きで兜の隙間に放り込んでいく。かくして、給仕が来る前にガンデントの皿も空っぽになった。
思わぬ早食いに驚いた様子だったが、給仕の女の子は慣れた手付きで皿を重ねて持っていった。
片手が塞がっているというのに、おっさん連中が尻に手を伸ばすのをことごとくはたき落としている。若いのに歴戦のウェイトレスって感じだ。いや、若いからか?
「なにかあるんだな?」
喧騒に隠れるかどうかギリギリの音量で訊ねる。
「応よ。きっと気に入るぜ」
拭きたてほやほやの机に身を乗り出して、俺たち男二人は悪だくみをしていた。
……。
…………。
……………………。
そして、俺は森で突っ立っていた。
前方、互いの間合いから充分に離れた位置で、同じくガンデントが立っている。
森とは言っても、鬱蒼と緑が茂っているわけじゃなく、武器の取り回しには充分広い空間がある。もう少し街に近い場所ならばここよりずっと木々も多いし草も背が高いが、ここはいわゆる穴場のようなところだった。
どういう層にとってかなんて、言うまでもないだろう。
つまり俺は、嵌められたのだ。ガンデントに。
ユミナじゃないが、迂闊だったとしか言いようがない。
◆◆◆
あの会話の後。
二つの太陽が思い思いの地平線から足を離した頃、俺とガンデントは街へ繰り出した。
出発前にちらと部屋を覗いたところ、女二人は少しだけ回復していた――寝返りをうつよりも百を数えるほうが早い、というくらいには。
異変があったのは出掛けた後だ。
ぐるりと街を一周して、例のジャーグレムさんが営む『ピクシーの針子縫』に差し掛かったあたりで、ガンデントの纏う雰囲気が戦士のそれに変わった。
かと思えば、獰猛な笑みを浮かべてすぐに走り出した。
当然問い質す暇もなく、俺もガンデントを追ってラクラスの森――多頭蛇と出会ったあの森へと分け入ったのだ。
思えばこれが間違いだった。
「いや本当だって。見失っただけだ」
ガンデントが喜々として戦闘準備を進めながらそう言い訳する。
マジで言い訳にしか聞こえん。
こいつの言い分によると、わざわざこんな辺鄙な街まで来る羽目になった元凶を見つけたのだが、森に入ったところで見失ってしまったらしい。
深入りもしてみたが見つからない。そこでついでだから、俺と決闘しようと思いついたのだという。
「だったら試合なんてしなくていいだろ」
見失ったんだったらおとなしく諦めろよ。そして帰れよ。
「試合じゃなくて決闘さ。それに、奇しくもこんなに街から離れた場所に来たんだぜ? 天佑ってヤツよ」
さっきからこんなやりとりが続いている。
確かに俺もレイピア二本は持っているが、ガンデントは戦闘狂の渾名に恥じず、魔法の袋から次々に武器や道具を取り出している。
道具はポーションやら羊皮紙やらだ。小石もあった。本気の臨戦態勢だと思う。こいつヤバい。
武器は槍。
鎧の背中に括りつけるように一本。
これは普通のスピアっぽい。利便性をおそらくは重視してつけられたはずの鈎が根本からへし折られて、真っ直ぐな刃になっている。
それからおそらく、主武装としてもう一本。
とにかくでかい。ほとんど『柄の長い剣』である――いや、剣にしてもおかしい。
刃渡りは二メートルほど。幅は三十センチをくだらない。この時点でおかしいが、槍なのだからもちろん柄が長い。
というか柄が長いから槍だと判断した。
柄の長さは四メートルを超えている。目算が合っているのなら、四・五メートルのはずだ。ちょっと自分の目に自信がなくなる。
六メートル超の異槍を地面に突き立てて、ガンデントは笑った。
「さて、始める前に言っておくことがある。言葉は今も理解できてるな?」
「いやそもそも始めないで」
「よし。じゃあ言うぜ。……まず、俺様はお前を殺すつもりはねえ。ただ、死んだらそこまでだと思ってる。お前さんは俺様を殺しにきてもいいし、俺様が負けて、運良く死なず、そして見逃す気があるならそれでもいい」
とうとう耳も貸さなくなりやがった。この野郎……!
「ま、要するに恨みっこなし、ってことだ」
「恨むに決まってんだろ馬鹿か!」
それを聞くと、ガンデントは豪快に笑った。
「おう、俺様は馬鹿で、どうしようもない戦馬鹿でよう――だから、剣で言われねえと分からんのよ」
瞬間、眼光がぎらりと濡れる。
退くという選択肢はないらしい。
レイピアを構えると、ガンデントの裂気が膨れ上がった。
――しかし、動かない。
変わらない状況に異を唱えたのは、集中力を増した俺の感覚だ。目の前の敵の微かな動きを捉えていた。
唇が動いている。どういうものかは分からないが、とにかくまずい!
「卑怯だぞ、てめえ!」
「ははは! そういうてめえは間抜けだぜ!」
ガンデントの右手が光る。そうして掴んだ異槍を、まるで棒きれでも握るかのような気軽さで構えた。
「さァ、試し切りの時間だ!」
「そういうのはよそでやれ!」
踏み込んで、剣を振るう。
俺の剣よりずっと速く、それを槍が妨げた。
「いい重量だ……しかしてめえ、そんなもんか!?」
それじゃあ死んじまうぞ――そういう声音をしている。
吹き飛んだ身体を、どうにかコントロールする。よし……よし。まだ立て直せる。
数メートルもの距離、宙を舞って、どうにか樹上で静止した。
「……切り札を切る気はねえぞ」
心が読める以上、ユミナにはバレてるはずだ。だからこいつも知っているかもしれない。
かといって、わざわざ広める必要もない。俺の言葉に対して、ガンデントはこう返す。
「そうかい。だったら俺もこれは使わんよ」
そう言って、後ろに背負った槍を指で示す。ただの飾りかと思ったが、そうか。マジックアイテムの可能性もあったんだ。
「だから、精々生きられるように頑張りな」
容赦なく、構えた。
ガンデントとの距離は十メートルを切っている。樹上にいるとはいえ、あの長物相手にこれは心許ない。
さらに、上へ登るか、他へ飛び移るか――
「おぉォらぁァっ!!」
――思考が終わるより先に、ガンデントは動いた。
重苦しい鎧姿で軽々と跳躍し、穂先近くの――といっても、普通の槍なら充分に石突近くだ――柄を水平に薙ぐ。
それはまるで、斧のように振るわれた。
俺が居座っている木の、すぐ隣の木が幹を断たれる。
ただの伐採ならゆるやかに倒れるはずの木が、空中でぐるりと回っているのが見える。
――――。
――回っ!?
驚き終える暇もなく、俺の足元でもズドンと音がする。
俺はその音に合わせて、前へ跳んだ。
あの長さの槍を斧のように振るうには、ガンデントは距離を詰め過ぎた。
だから槍の柄の半端なところを握っている。そのまま振り抜けば、自分に返ってしまうほどに。
長過ぎる柄が、確実に腹を打つ。
それを止める手段はない。
槍を確実に振り抜くために、奴は勢いをつけ過ぎた。
あの大きさ。あの重さ。大木を両断する一撃が、鎧越しとはいえ人体を打つ。
当然ただでは済まないだろう。
あとはあの重苦しい鎧にとりついて、自滅したガンデントにレイピアを突きつければいい。魔族との戦いとは違う、殺す必要はない。
判断は一瞬だった。
空中で、冷静にレイピアを抜いた。
二本目だ。
一本目は既に放り捨てている。壊れたのは一合目のとき。そう、一合だ。たった一合打ち合っただけで、折れてしまった。
敵を見据える。兜の奥の双眸と、目が合った。冷徹な眼差し。自分の勝利に対する疑いは、微塵も感じられなかった。
果たして。
俺が待っていたそのときは、そして永遠にこなかった。
斧のように振るわれた異槍の柄が、いつの間にか――縮んでいたからだ。
するりと如意棒よろしく、まるで剣の柄のようなサイズまで変わる。だから槍は、腹を打たない。つっかえずにぐるりと回ったその石突は、俺へと向けられた。
間抜け――その言葉が脳裏に蘇る。
狙いは俺の左脇腹。
咄嗟に鞘を腰帯から抜いて、槍柄の横腹を打った。
槍の軌道が変わる。俺の跳躍の軌道も変わる。そこまでガンデントは読んでいた。
俺が伸びた石突を払いのければ、天秤のように反対にある穂先も動く。
梃子のようにそれを助勢にして、ガンデントは槍を横に薙いだ。
意識が引き伸ばされていく。
槍の動きがやたらと緩慢に映る。けれど俺が、速くなったわけではない。
俺は未だ、空中にいた。
躱せない。どころか穂先目掛けて突っ込んでいる。
レイピアでは受けられない。
鎧は有能、健在だ。が、あれは流石に――食らえばひとたまりもない。かもしれない。
コンマ秒にも満たない熟考ののち、俺は鞘を握ったままレイピアを無造作に振るった。
斬り飛んだ穂先と鎧の間に、その鞘を挟む。少しでもいいから和らげ衝撃。
「――――――!!」
ガンデントが狂喜を孕んだ歓声を上げている。なんなんだこいつは本当にもう。
そして、遠心力マシマシの穂先をモロに食らった俺は、空を飛んだ。
長い長い空の旅を終えて、俺は着地した。不時着だ。ごろごろと転がって、無事だった木に当たって止まったので、せいぜい数メートルだろうか。あまり痛くない。いい鎧だった。
それでも、立ち上がるだけの気力はない。
こうして、俺とガンデントの不毛な決闘は終わりを告げた。
二つの太陽が、ようやく交わろうかという時刻のことだった。




