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刃の転界者  作者: 利々 利々
第一章 魔道士は騒乱と来たる
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第05話 ひととき

 できの悪い手配書の説明が終わる頃には、魔族(デーモン)討伐の報酬も用意されていた。


「持って」


 じゃらじゃらとうるさい袋を、淡く光る細腕から受け取る。

 ……やっぱり光ってるよなあ。訊いていいのかな。


「なに?」


 ユミナがきょとんとした顔でこちらを見上げている。

 しかし気になる。アルキスに訊くという手もあるが……。

 ええい。

 今日が吉日だと思うことにしよう。


「いつもなんか光ってるけど、それは魔法なのか?」


 ユミナは首をふるふると振った。


「好きな相手が輝いて見えるのを、魔法に転嫁するのはよくない」


 え?


「え?」


 いや待て、出会ったときから光ってただろ?

 一目惚れ……だったのか?

 いや待て、それだとアルキスが光ってないのはおかし……いやそうじゃなくて!

 俺が慌てて視線をあちこち彷徨(さまよ)わせていると、くすくすと漏れる声が聞こえた。


「冗談。これは種族の特性」


「お、驚かさないでくれ……」


飼い主(アルキス)に似て、からかい甲斐があるから、つい」


 いや最初のときのアルキスはマジでキレてただろ。


「アルキスがマジでキレても、私には通用しないから」


 そんなに強いのか。


「そう、私は強い。それに、あのときのアルキスはマジでキレてたわけじゃない。ちゃんとあなたが妨害しても安全なように、毒や奇跡は使わなかった」


 ユミナが言うには、本当に見境なくなったアルキスは毒の刃や光の矢を容赦なくぶっ放してくるらしい。こわい。


「そう、アルキスは怖い。だから私のそばにいるほうが安全」


「でもそれはそれで、アルキスから血眼で追いかけられるじゃないか」


「……迂闊」


「迂闊、じゃねえよ絶対ついていかないからな!」


 それはそれ。与太話はおいといて、身体が光る種族について詳しく教えてほしい。


「で。なんで光ってるんだ? いや言いたくないなら言わなくてもいいんだけどさ」


 本気で誤魔化したかったなら、ここでちゃんと引き下がろう。


 ユミナが立ち止まる。


「仕方ない。そこまで積極的に求められたら断るわけにはいかない」


 それから、くいと俺の袖を引いた。


「部屋にきて。そこでする」


 他の人に聞かれるとまずい系なのか、なんて適当な考えでついていこうとすると、左腕がガッチリと掴まれた。

 ユミナに引かれているのとは逆の腕だ。


 振り向こうとする前に、声がした。


「誰と、どこで、何をするって……?」


 鈴の鳴るような声が、低く響く。

 気が付けば、アルキスとガンデントの座っている席の近くまで来ていたようだ。


「そりゃあ、ユミナと――」


 部屋で。

 ……何をするかは、言っていなかったな。いや、そもそも俺、口に出してないぞ?


「ユミナ、お前」


「何をするって、言ったのかしら……?」


「それはもちろん、人前では言えないようなことを」


 アルキスに見えるように、ユミナが笑う。


 アルキスの手から――嗚呼、それはもう華奢で柔らかなはずの掌から――万力じみた力が伝わってくる。

 これはどういう奇せ痛い痛い痛い!


「ちょっ……タイム!」


「うるさいこの不埒者ぉ!」


 異変に気付いた周囲のおっさんどもがやいのやいのと騒ぎ立てている。ユミナはいつの間にか席についてアルキスの料理をつまんでいるし、ガンデントは最初からずっとそしらぬふりだ。


「誰か助けてくれ!」


 悲痛な叫びと歓喜の野次が入り乱れる。


 アルキスの頭上に、光のなんか粒子的なものが集束している。

 これ多頭蛇(ヒュドラ)殺したときのやつでは……?


「駄目だアルキス! それは死ぬ!」


 ユミナぁこの()キレてるよね!?


「どう見てもキレてる」


 光の奔流。


 奇跡の射出と同時、俺は目一杯身体をひねって床に倒れ込んだ。

 そして放たれた光の奔流は、俺のすぐ後ろで弾けた。


 吹き飛ばされる身体をどうにか律し、床を転がって勢いを殺す。顔を上げれば、俺が立っていた場所のすぐ後ろには壁があった。


 透明で、しかしうっすらと光を放つ、おそらくは魔法の壁。

 壁の向こうには、驚きで身体を硬直させたおっさん達。


 躱した光撃(レーザー)が、背後に作られた魔法の壁に当たって爆発したのだと理解するまで、数秒を要した。


「感謝して」


「くそ……ありがとう」


 いや待って。そもそもユミナが引き起こした事態じゃない?


「ふふ、言質はとった」


「何を要求する気だ」


「出世払いでいい。だから、どうやって成り上がるかによる」


 つまり弱みを握られたってことじゃないのか。


「その通り」


「やっぱり心読んでるな?」


「そんなことはない」


 本当だろうな。


「本当。信じて」


 そらみたことか。


「迂闊」


「あんたたちねぇ……!」


 はっとしてアルキスを見上げると、彼女はレーザーボールを投げつけた姿勢のままで固まっていた。

 全身から汗を流して、苦しそうな表情だ。


「……未熟、きわまりない。祝詞(のりと)もなしに"裁き"を扱うなんて。愚か。ろくでなし」


 妙に罵倒が多いと思ってユミナのほうを見ると、彼女も汗だくで歯を食いしばっていた。心なしか、発光も弱い。


 でも何言ってるかは分からん。いや地球(元の世界)にいた頃に例のあいつが似たような――詠唱とか供物とか――文言を口走ってた気がするが、関係性はあるのかどうか。


 状況を掴めていない俺を見かねたのか、


「要するによ、柔軟もしねえで思いきり走ったもんで、スジ痛めたんだよ」


 ガンデントから助け舟が出た。

 なるほど、よく分かった。


「それで、こいつらはどうしてやったらいいんだ」


 ユミナなんて左腕を水平に伸ばしたままで固まってるからすごく辛そうだぞ。


「部屋まで運んでやりゃいいさ。そのまま突っ立ってるのはキツいだろうからな。ベッドで寝転んでるほうが、回復も早い」


「なるほど」


 とりあえず真正面からアルキスを見る。噛みつかれそうだ。怖いので後ろから抱きかかえることにした。……いい匂いがする。


「触んないでよこの変態!」


 どうしよう。反論できない。でも許してほしい。オマエノタメヲオモッテやっているんだ。

 ちょっと鼻先がアルキスのうなじのにおいが嗅げるポジションに落ち着いただけで、やましい思いはない。信じてくれ。


 ユミナは魔法で寝床を作るつもりだったから、部屋をとっていないらしい。仕方がないからアルキスと同じ部屋に放り込んでおいた。口は元気な二人から、執拗に責め立てられたが俺にはどうしようもない。特にユミナは自業自得だ。


 二人を運び込んで、扉を施錠する。鍵は俺の部屋に置いておくと伝えた。作業を終えて俺の部屋の扉を開けると、ガンデントがいた。


「……なんでいる」


 フル装備で。


「泊まらせてもらおうと思ってよ。金はこっちで全部持つからいいだろ? 空き部屋がなかったんだ」


 そう言って、気さくそうに手を振った。お前もユミナと同じクチか。


 しかし戦いが絡まないと、存外いい奴なのかもしれない。

 ベッドに座って、彼を見る。


「どこで寝るんだ?」


「適当にな。俺様はどこでも寝られるからよ。にしてもありゃあ長引くな。明日は俺達二人して暇ってわけだ。どうだい、昼にでも俺と決闘しねえか」


 前言撤回。


()だよ。明日は絶対ゆっくり休むからな」


「そいつは残念。……さて、訊きたいことがあるんだろ? いくつか」


 俺様で答えられることなら答えるぜと、ガンデントは言った。それから、俺様が言葉にできる範囲でだけとも。


「じゃあ、まずは"裁き"ってのから」


 ベッドに寝転がって、天井を見つめたままで訊ねる。すぐに答えは返ってきた。


「強い奇跡のことさ。神によって偏りはあるがね」


 逡巡した気配の後で、まだ続いた。


「ちゃんと撃つと多根獣(キュマイラ)でも一撃らしいが、今日のは見応えがなかったな。魔法にも似たようなのがあるけどよ。言葉と、贄物(しもつ)と、えぇと……なんだったかな。とにかく三種類を完璧に揃えた大魔道士はな、天と地とを引っくり返しちまえるらしいぜ」


 天変地異とは。大きく出たな。


「そんなに強いと、一人で街を滅ぼしたりできるんじゃないのか」


「知らんね。そういう昔話もあるが、少なくとも俺が生まれて十七年、そういう話は聞かねえ」


 なるほど、そりゃ無理だ。

 ……ん?


「お前十七歳なの?」


「そうだよ。見て分か……あぁ、分からんわな。鎧だし」


 分かんねえよ。


「おう、それより次は何にするんだ? 悪いが奇跡と魔法には、あんまり詳しくねえぜ」


「あぁ……そういえばユミナの種族、聞き忘れてたな」


 これにも軽い調子で答えが返ってきた。


天人(デイヴァ)だよ」


「なにそれ」


 聞き覚えがない。新種か……。


「光るのは知ってるだろ?」


「心が読めるのもな」


「そういう連中だ。光ってる間は心が読めて、光ってない間は寒暖に強い」


 溶岩だろうが高山だろうがあの格好でうろつくらしい。それ寒暖に強いっていう範疇(レベル)じゃないよ。


「ちなみに、あんたは人間なんだよな?」


 あとから実はこれこれこういう……なんて言われても困るので、先に訊いておくことにした。


「おう。俺は只人(ヒューマン)だぜ」


 良かった……。


 この後もランプの明かりが消えるまで、俺の常識のない質問と、ガンデントのところどころ要領を得ない回答とが繰り返された。

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