第15話・そうしてお風呂回が挟まるようで
この村に温泉は無い。水で沐浴をするか、沸かした桶一杯分の湯と布で身体を拭くというのが習慣だ。この村、というより、この時代の習慣だろう。パラノメールのような都会となれば風呂屋はあるが、それでも入るのは数日に1回未満。毎日風呂に入るという文化は、近代特有のものなのである。
まぁ、俺の家にはお風呂があるので、別に、俺のためを思うならばこのままでも構わない。しかし、福利厚生は重要だ。生活の豊かさは労働への気力や健康に大きく寄与する。だから、いずれはこの村に大衆浴場を設置したいと考えている。まぁ、机上の空論だ。まずは上水設備と排水設備を完成させなければならない。
どうしてこんな急に風呂の話を始めたかって? ――風呂に入りたいからである。
なぜ今まで平気だったのに唐突に風呂に入りたくなったかって? ――風呂に入りたいからである。
風呂に入りたいという欲求に理由など要らない。
我が家にも風呂はあるにはある。パラノメールのファラン家屋敷にあったのと同じ作りで、それを小型化したものだ。別室で湯を炊き、使用人が火の番と水の管理をしながら、各人が一斉に風呂に入る、という仕組みのものが採用されているのだが、聡い方はもうお気づきだろう。――4人暮らしには手に余るのだ。人海戦術で成立させていた贅沢な風呂システムなのである。
だから、風呂に入りたくても入れない。そんな日々が続いた。
だが、それも今だけは、我慢の必要が無い。
水の管理は要らない、あるいは最低限で良い。水の管理など、上水配管の設置によって水が勝手に家まで運ばれてくるのだから、大した手間ではない。
そして、火の管理も要らない。
何故なら、
貴重で優秀な労働力が居るからである。
「まさか、この使い方がバレるとは思わなかった」
と、アルフレッド兄は、風呂場で湯を温め、調整しながら言う。
「メルヘンラークでは普通な使い方なんですか?」
尋ねると、「あち」と手を引っ込めてから、アルフレッド兄が答えた。
「普通とまでは言わないが……水と火の魔法を会得した人間はよくやっている。それと、水と火の魔法を駆使した風呂屋なんかもある」
え、なにそれ、俺も火魔法を会得しようかな。……水魔法すらもまだ微かなんですけどね。
「風呂の組み合わせなんですけど、最初にクリスティーナ達女性組を入れてしまって良いですか? あと、可能ならシンシアも俺達と一緒に入れたいんですけど」
そう提案すると、アルフレッド兄は「まぁ勿論構わないが」と、少しだけ考える素振りをしてからこう言う。「本当はクリスティーナ嬢と入りたいんじゃないか? 夫婦水入らずというのも良いものだぞ?」
「うぐ」
思った。思ったさ。いや、妄想した。妄想してる。でも……だけど!
と、この身体が未だ清い事への言い訳を考えていた所に、ふと、思考を打ち切る衝撃の妄想映像が脳内に流れ込んできた。
アルフレッド兄は、夫婦水入らずというのは良いものだと、何故知っていた? 夫婦水入らずを体験済だからだ。
アルフレッド兄は、俺がクリスティーナと風呂に入る事が何故、夫婦水入らずになると解っていた? 一緒に風呂に入るという夫婦水入らずを体験済だからだ!
そう、言うまでもない事。言わぬが花な事。解っている。言う必要もない。解っている。
だが、思春期の身体にその妄想は強烈だった。
「……一緒にお風呂に入るのが良いものだと、何故ご存じで……?」
「え」当たり前の事すぎてなんのことやら、みたいな様子で、アルフレッド兄は言う。「いや、愛し合っている時期は一緒に入りたくなるものだろう?」
と。
そう、つまり!
アルフレッド兄は! リーシャと混浴している!!
羨ましい! 俺もクリスティーナと一緒にお風呂入りたい!
だがしかしBADである。
「俺とクリスティーナが夫婦水入らずをした場合、問題が生じるんですよ」
と、俺は下記のような状況を説明した。
※夫婦(婚約含む)以外の混浴は論外とする。
【俺&クリスティーナが混浴する場合】
残る男性:アルフレッド兄、シンシア。
残る女性、リーシャ、サーシャ。
この上で、
【アルフレッド兄とリーシャが夫婦水入らずになった場合】→サーシャ&シンシアは混浴不可組み合わせのためNG.両者がソロお風呂となり寂しい。
【リーシャ&サーシャが双子水入らずになった場合】→面識がほんの僅かしかないアルフレッド兄とシンシアが混浴。絶対気まずい。または両者がソロ。
「なので、俺とクリスティーナがこの場で混浴になるわけにはいかないんです!」
我ながら見事な論説。これは中々打ち返せない理論だろう!
アルフレッド兄が簡単に答えた。
「シンシアと腹を割って話したいと思っていたところなんだ。リーシャとサーシャをファラン家に連れてきてくれたのはシンシアだ。彼こそが2人の親変わりだったんだと思う。なら、挨拶くらいはしなければダメだろう」
なにこの人たらし、かっこいい。
完璧を越える理想的な感情論に押しつぶされ、言葉に詰まる。
すると、それで困った俺を見て、察したのだろう。アルフレッド兄は揶揄うように笑った。
「はっはーん、アルメル、さては、エスコートの仕方が解らないんだな?」
「うぐぐ……」
何も言い返せない。何も言い返せなかった。悔しいですっ!
アルフレッド兄は楽しそうに笑った。
「そうか、そうだな、じゃあ、お前の提案通り、先に女性陣を入れて、後でお湯を温め直しながら、男3人で風呂にしよう。俺はシンシアと話がしたいし、アルメルにも、女性の扱いについてをしっかりと教えてやらなきゃいけないみたいだからな」
それは、まさに天啓であった。
あるいは、前世の記憶さえなければ、俺はこの世界における色恋で無双していたかもしれない。そう思ってしまうほど、造形はかなり整っている。だが、前世の自信が無い人生と習った倫理観がブレーキを掛けてしまい、ついには最愛の妻にすら未だ、積極的なアプローチが出来ていない有様である。
男として恥ずかしながら、リードする、という能力において、俺は欠落し過ぎている。
そこに、モテ男からのレッスン。
乗るしかない、このビッグウェーブに!!
「是非! お願いします! 貴重で優秀な労働力!!」
「あれ? 最愛の弟に頼られてるはずなのに、ちょっと嬉しくないの、なんでだ?」
不思議がるアルフレッド兄だが、それは多分、俺が欲にまみれた人間だと、本能で察しているんだと思う。いやだって本当に、アルフレッド兄、優秀過ぎるんだもの。仕事もプライベートも頼りになり過ぎて困る。
「はは、俺もアルメルに頼みたい事があったから、丁度いい。……さぁ、良い湯加減になった。まずは女性陣に風呂に入ってもらう間に、少し、酒でも呑まないか」
アルフレッド兄がニコヤカに言う。ニコヤカなのだが、どこか裏がありそうな面持ちだ。
だが、裏があるのはお互い様。俺もアルフレッド兄をとことん使い倒すので、その返礼として、俺は断固として、アルフレッド兄に使いまわされなければならない。
アルフレッド兄からの頼みたい事? 望むところである。
「良いですね。シンシアは調子に乗らせると飲み過ぎるので、程ほどで嗜みましょう」
そう言いながら、俺達は湯気が立ち込める温かい浴室から出て、すぐに、冬の寒さを思い出すのであった。
その日の風呂は、本当に、多分、一生忘れる事が無いであろう日となった。
内容は多くない。シンシアとアルフレッド兄の絡み。俺が女性にどうアプローチすれば良いかのアドバイス。アルフレッド兄がリーシャと結婚するに至った経緯。そして、アルフレッド兄の『頼みたい事』の、この4つ。
全てが濃い。全てが濃かった。
まさに――こんなノリで告げられた『頼みたい事』が、俺が、人生を賭けて成し遂げなければならない命題のひとつ、と言えるレベルの頼み事だったというのは、また、別の話だ。
ToDoリスト
・浄水装置の作成 ←clear
・上水配管の設置 ←clear
・定量の水を流す仕組みの設計
・封水を伴う排水設備の構築
・浄化槽開発




