第14話・村に文明が届いたようで
「婚約ですか! おめでとうございます!」
「ありがとう。本当はもっと相応しい場で、それこそ夕餉の際にでも、と思っていたんだが、まさかバレてしまうとは思わなかったよ」
照れくさそうに笑うアルフレッド兄の横に並び、その腕を軽く肘で小突きながら、俺は揶揄う。
「とか言ってぇ、あんなに露骨にイチャイチャして、本当は気付いて欲しかったのではぁ?」
「あ、アルメル!? そ、そんな事あるわけがないだろう、はしなたない!」
「普通、年頃の男性が女性の頭を撫でるなんて、しませんよぉ」
なにせアルフレッド兄は多分今年で21か22になるはずだ。22歳かな。22歳のアルフレッド兄が18歳のリーシャの頭を撫でる、なんて、そりゃもう普通じゃ考えられないわけで……
「え? 普通、しないのか?」
アルフレッド兄が、目を見開いて驚愕していた。雷でも落ちたような衝撃を受けている。え、そんな驚く事?
「え? 普通しないんじゃないですか?」
少なくとも前世においては、相当な仲良しでなければハラスメント案件だ。ボディータッチが許されているという事はそりゃもうただならぬ関係なはず。
それなのに、焦りを抱いているらしいアルフレッド兄を他所に、リーシャが言った。
「アルフレッド、皆にやってる」
と。
「……………え?」
晴天の霹靂とはこんな感情を言うのだろうか。あまりにも衝撃的な発言に、俺は言葉を失う。
許される、のか? そんな、良い歳した大人が、異性の頭を撫でて回っていると……? そ、そんな……少なくとも、俺の前世では、絶対に、絶対にあってはならないことで……許されるわけがないことであって……
「と、友達として、という、そういう、こと、ですよね……?」
ボディーランゲージが激しいというか、距離感が近めというか、そういう事なんですよね?
しかし、俺の嫌な予感は的中する。
リーシャは答えた。
「アルフレッド、浮気性」
「そうか……兄様と呼ぶのはもうやめますね?」
「アルメル!? 違うんだ、話を聞いてくれ!」
浮気、ダメ、絶対。
俺にはクリスティーナという素晴らしい嫁が居るので、そもそも浮気の必要性なんて微塵も無いからこそ取れるポジショントークかもしれないが、ともかく浮気はダメなのだ。
「なんですか? 浮気性のアルフレッド」
とは言うが、これも半分は揶揄いだ。この見た目、この能力。多少火遊びしてしまうのも無理からぬ話だ。罪な男なのである。
罪な男は言う。
「向こうから来てしまうんだ。俺からアプローチをした事は一度も無い! だから……仕方ないんだ!」
「判決。有罪」
ギルティ―である。罪な男じゃない。もはや罪そのもの。
「アルメルー!」
悲痛な声をあげて泣きつくような仕草をするアルフレッド兄に「冗談ですよ」と返して微笑む。少し揶揄いすぎたかもしれない。
しかし、考える。何もしていないのに女性のほうからアプローチしてもらえるというのは、羨ましい限りだ――と考えて、そう言えば俺とクリスティーナもそうだった事を思い出したので、その点については揶揄うのをやめた。
それと、家名について。これについては、そもそも言及をしない事にした。
リーシャとサーシャは、元々ディーゼル傭兵団という場所に所属していたらしい。ディーゼル傭兵団団長の双子の娘がリーシャとサーシャだ。母親は病死し、父親は戦死。ディーゼル傭兵団は壊滅した。
リーシャとサーシャが、最後のディーゼル姓なのだ。その、彼女達の姓を残すため、ディーゼル姓を名乗る事にするという事だろう。流石は生粋の伊達男。器が違う。素晴らしい決断だ。
だが、そうなるともうひとつとんでも無い地雷が残っている。お父様とスレイン兄は現在喧嘩中なのだ。その喧嘩の理由と、今回のアルフレッド兄の選択は、どう足掻いても無関係とは言えない。
とはいえ、今取り掛かっている開発とは関係が無いので、ひとまずそれは置いておこう。というか、考えたくない。これについては、いずれ別の話で、だ。
さて、閑話休題ついてでに、数日の修行が行われた。
魔法は、最初は不慣れでも杖を用いたほうが細かい作業が出来るようになるとのことで、作業時はちゃんと杖を使用する事に。その杖に慣れるための数日だったと言っても過言では無い。真冬の寒さの中で手足はかじかみ、それでも魔法だけは精密を維持しようと踏ん張る。その日々は、辛いは辛いが、なんというか学生時代の青春を思い出すようで高揚した。
そして、その時が来る。
ある程度の試験は完了した。問題はクリアした。
だから、ひとまずは自分の家と村長宅、及び理解を得られた村人宅に、上水配管を設置した。途中までは、土魔法でしっかりと固めた土配管を村まで張り巡らせ、各家庭の水桶に給水させる。今回は試験なので、トイレ等の排水には水を届けないが、各家庭の生活用水を届け、その上で、使われずに溢れた新鮮な水は排水路に落ち、そのまま川下に合流するようにした。排水路に関しては土魔法で土木作業が簡易なので、ラクなもんである。
そして、その時が来る。
「そんじゃ、水車を動かすぞい」
と、ドズゥが大きな声で伝えた後に、各所からいくつかの声が聞こえて来た。1人2人の返事では無い。「水車動くぞー」という大声が、町中で連鎖する。その様を、高架水槽がある川上と村の中間付近の林でしかと見届ける。
その上で、俺はドズゥに合図を出す。頷いたドズゥが、水車を止めていた麻縄を解く。水車が動き出すのを見届ける。
水車が川の水を持ち上げ、上部に設置してある木桶に水を注ぐ。その木桶から次の木桶に注がれる頃には、水の状態が目視出来なくなる。木炭と樹皮のろ過器・浄水器を通っている最中のためだ。
問題は無い。浄水器はずっと前から大丈夫だと解っている。解っているのに、もしかしたら、このタイミングになって欠点が見つかる可能性もありうる。高鳴る鼓動を抑えられない。唇を噛みながら、フィルターの横で、タンクに耳を当てているミリアムを、少し離れた場所から見守る。
しばらくの時間が経過した。雪は降っていないが、凍えるには足る寒さの中、ただ、その時を待つ。
ふと、ミリアムが無言で、俺を見ながら左手を上げた。水がろ過器を経由し、その水位が配管を流れ始める水位に至った合図。俺は、配管に耳を当て、目を閉じて集中する。
集中する。集中する。ただ、いくらかの時間が経過する。冬の枯れた山のざわめきと、どこからともなく聞こえる鳥の声。それだけ。それだけの時間が経過し、そして、待ち望んだその音が、ついに配管内から俺の耳に届く。
「通水開始!!」
村に向け、俺は叫んだ。すると、先ほどのドズゥの掛け声と同様、俺の言葉が村の各所で繰り返される。「通水開始」と伝播する。
これは、ただの伝言ゲームだ。作業範囲が広いため、声を伝達する事で作業を連携している。川上にある水槽『高架水槽』から水が送られ始めた事を伝達したミリアム。村に到達するまでに『送水配管』内に水が通り始めた事を伝達した俺。そしてここからは、動作確認だ。
しばらくの時間が経過する。そして、また、しばらくの時間が経過する。
長かった。もしかしたら数分とか、30分も掛かっていないかもしれない。でも、俺にとっては数時間は経過したんじゃないかと錯覚した。途中で計画が失敗し、水が村に届いていないんじゃないか? そんな不安が常に脳内に張り付いている。
正直、怖かった。
長い時間を掛けた上で、村全体を巻き込んだ計画。実験中は感じなかった、失敗する怖さが脳裏を支配する。
大丈夫。やり直せばいい。時間はある。また何か月でも掛けてやり直せば良いのだ。
…………そんなはずが無い。
これがもし、何かの物語なら、俺が転生者の主人公として描かれているなんらかの作品なら、視聴者には是非とも解って欲しい。おい作者、このテロップ流せ、『中世の給水・排水及びトイレ事情についてお調べください』と。
耐えられるわけが無い。耐えられるわけが無いのである。ウォシュレットなんて最高級品にすら手を染めた事がある文明人に、この時代のトイレなど、ただの拷問なのである! それが不満だったので、始めた開発。解決しなきゃ意味が無い。
成功するんだ。成功させるんだ。成功しろ。
そして。
「ファラン宅、給水開始! 漏水無し!」
家のほうから、小さく、けれども大きな報告が届く。クリスティーナの大声が、微かに俺に届く。
来た。
「ファラン宅、給水開始! 漏水無し!」
伝達係の自警団の青年が、はっきりとした声で言う。聞き間違いじゃなかった。届いた。届いた!
「ユン&ジャック宅、給水開始! 漏水無し!」
伝達係の青年が叫ぶ。
「セルト宅、給水開始! 漏水無し!」
きた、きたきたきたきた!!
その声は伝播する。伝播する。
そして、
「ファラン宅、排水路、異常無し!」
伝達係のその声を聞いて、俺は天を仰ぐ。
その間、いくつもの報告が飛び交った。
どれもが成功。目頭が熱くなるほど感極まって、俺はただ、その場で、飛び交う掛け声を聞き届けた。
そして、俺が把握する限りの全ての声を聞き届けた事を確認した上で、伝達係の青年とドズゥに聞かせるため、大声で叫ぶ。ただ一言、力の限り。
「実験成功!!」
その声もまた、伝播する。
村中の歓喜の声が告げる。今、セルト村に、おそらくこの世界初で、最低でもこの国初である事は確定の、何もしなくても家庭に勝手に水が届く近代の代物、上水配管が完成した。
ToDoリスト
・浄水装置の作成 ←clear
・上水配管の設置 ←clear
・定量の水を流す仕組みの設計
・封水を伴う排水設備の構築
・浄化槽開発




