第14話・麦畑が広大なのはこの世界では非常識なようで
作物が魔物化してしまう場面には何度か遭遇した。ギルドに依頼を出してから半年、冬が含まれる期間で3回遭遇している。春から秋にかけては作物が増える都合でもっと増えると考えるべきだろう。
漠然と対応しては進捗は無い。トラブルひとつひとつを分析していく必要がある。
適当な部屋に入り、整理がてら、俺はシンシアに確認する。
「城壁内部で大根が1回、城壁外の畑で麦が2回。双方の畑、結構違ったよね」
シンシアは頷く。
「そうっすね。城壁内部の畑は壁に囲まれていて、中もいくつかの部屋に別れてたっす」
「なんでだと思う?」
「魔物を外に出さないためってのが一番高い可能性っすね」
「外は民家だからね。魔物が外に出ちゃったら大騒ぎだ」
「あとは、他の作物を守るためもあるでしょう。範囲ごとに区切ることで、魔物化した作物が暴れても全滅は免れる」
「間違いなくあるだろう」
この男、戦闘力くっそ高い元傭兵な上に頭も良い。学力的なものは無いが、傭兵だった頃は副団長だったというのもあり、考えたり分析するのも得意らしい。
「対して、城壁の外の2カ所はどうだったかな」
その問いに、シンシアは少し考える素振りを見せた。だが、考えながらも発言は続ける。
「まず明確なのは建物の中に区切られていなかった事。普通に外でしたね。ただ、割と細かく区切られてたっす。木の板が土の中に埋め込まれて、壁になってたみたいっすね」
「大根は壁が地上だったのに、麦は壁が地中になってたよね。なんでだろう」
「…………」
シンシアは少し考える。
「暴れ方としては、大根のほうが攻撃力は高いように見えましたし、地上を動いてた。対して魔物化した麦はその場から動かなかった。根を張ったままでしたね。動ける野菜は壁で閉じ込める必要があって、動けない野菜は閉じ込める必要が無かったんじゃないっすかね」
悪くない考えだ。こちらが正解という可能性もある。だが、可能性はひとつじゃない。
俺は言う。
「地中で暴れていた、という可能性がある。ただ動けないからという理由だけなら、木の板を地中に埋め込む必要は無い。でも、木の板は丁寧に畑中に張り巡らされていた。地中に壁が必要だったんじゃないかな」
「……確かに」
いや、実際どっちが正解に近いかは解らない。まだ全てが仮説の段階。決めつける事はNGだ。
それでも、
「少なくとも、地上と地中、どっちにも対策が必要なのは確実だな……」
こうなると、物理的な対策は困難だろう。なにより、作物ごとに対策を変えなければいけない対策ならば、現実的では無い。
ともすれば必要な開発は、発生した魔物をどうするかではなく、魔物を発生させないにはどうしたら良いかに結び付く。
「作物が魔物にならない対策が必要だ」
「それが出来たら苦労はしないっすけど……」
シンシアが言い淀む。それは当然だろう、この世界の住人たるもの、魔獣や魔物には散々苦しめられているだろうし、エルフやドワーフなどの魔人と呼ばれる存在とは幾度も戦争をしてきた歴史がある。クリスティーナやサーシャのような、突然変異が差別を受けている問題もある。
突然変異が産まれない環境は、人間ならば、きっと誰もが求めている技術だろう。
だが、
「理論上は可能だ」
と、俺は言う。
「え」
シンシアが戸惑いを見せる。
「突然変異は、空気中に漂う魔力の影響で産まれる。なら、空気中に魔力が無ければ良い」
シンシアは少し考える素振りを見せた。
「妖精魔法で使っても周りからすぐに集まっちまうんで、それは無理じゃないっすか」
魔力は多分、酸素のような物だ。酸素や窒素の成分のように紛れている、魔素とでも呼ぶべき物質として存在しているんだと思う。
これは空気圧等の都合だったと思うが、例えば扇風機。あれほど強烈に風を送り出しているのに、何故扇風機の後ろに真空が出来ないのか? それは、そもそも空気は少ない場所に集まる性質を持つためだ。どこかで魔力を使い、その場から魔力が無くなれば、周辺から魔力が寄ってくる。
だからこそ、魔力を使うだけでは意味が無い。そう、必要なのは、
「だから、魔力の流れを遮断する」
「!?」
シンシアが目を剥く。理解はしたようなので、俺は続けた。
「例えばガラスなどの物質は魔力を流さない事が解っている。魔力を通さない物質はこの世界に存在するんだ。そこで、魔法攻撃に対する耐性が強い魔獣。例えばワーウルフは毛皮が魔法攻撃耐性の理由だった。根本で魔力を吸い込み、毛先で吐き出す事で身体の外に魔法攻撃を排出していた。そんな感じで、魔力を通さない成分が含まれた魔獣の素材を使うか、ガラスで全面を覆う等をすれば、新しく魔力が侵入してこないエリアを意図的に作る事が出来る」
だがまぁ、ガラスで全面を覆う事は、この世界のこの時代では不可能だろう。ガラスは貴重な高級品だ。サングラスだって、活躍してる冒険者やそれなりの収入がある人間のステータスみたいになっているくらいだ。そんな品で畑を全面覆うなど、無理な話。
というか、そんな加工技術がこの世界には無い。
「それらで畑を加工した上で、その室内で魔力を使えば良いってことっすか?」
流石シンシア。この話についてきてくれるのは嬉しい。魔力が新しく入らないように壁を作った上で内部の魔力を使い果たしてしまえば、その室内の魔力は限りなく枯渇するため、
「その環境、突然変異、産まれない」
と、俺は言っていない。
俺が言おうとした言葉は、部屋の扉の先に居る少女に奪われてしまった。
「げ」
まずった、と思った。その声の主など、検討するまでも無い。サーシャだ。
扉が開かれる。青髪&赤と青のオッドアイを持つ少女と、その隣には、光の当たり具合で色が変わるピンクの髪と目を持つ、突然変異の少女2人。
ピンク髪の突然変異、クリスティーナは手を叩きながらサーシャに微笑んだ。
「本当ね。サーシャちゃんの言った通り、内緒話だったわ」
「当然。ああいう時のアルメル、だいたいお為ごかし。裏ある」
「これは婚約者としては気を付けなきゃいけないわね」
「アルメル、スマートな時ほど、裏ある」
「なるほど、紳士な振る舞いは疑うのね」
散々な言い様である。
とはいえ、2人は悪ふざけで誤魔化しているのかもしれないが、俺は謝罪が必要だろうと思い、身構えてしまった。
「す、すまない2人とも。気を悪くしないで欲しい。突然変異の2人には、聞かせてはいけない話だったと思う。配慮不足で、本当にすまない」
心からの謝罪だった。本当に申し訳ないと思っていた。
2人は突然変異だ。だからこそ、突然変異が産まれなくするには、という会話は聞かせたくなかった。
しかし、
「アルメルは、『この男の子め!』と言われて不快になるの?」
と、クリスティーナが言った。
意味は解るが意図は解らず、俺は首を傾げながら
「いや、不快になる理由が無いけど……」
と答える。するとクリスティーナは当然のように言うのだ。
「アルメルが男の子で、私が女の子であるのと同じくらい、私にとって私が突然変異である事は当たり前の事。世間から差別されていようと、身近な人達が愛し、必要としてくれているなら問題ないわ」
え、なにこの子、強い子。
前世の30代の頃でも、俺はこういうメンタルになれなかった。
恋人に振られ、自暴自棄になって仕事に逃避して、昇進した事で「俺はこの場に必要とされている」と思えたから、過労死するほどに会社に尽くした。そんな俺からすると、あまりにも彼女は眩しかった。
続けてサーシャが言う。
「謝罪、不要。面白い話、私達も混ぜる」
と目を輝かせていた。
「いや、え、そんな面白い話かな……。突然変異の当事者にとっては、嫌な話かもと思ったんだけど……シンシアもそう思うよね?」
と、助け船を出すつもりでシンシアを見ると、悲しい事に、シンシアも俺を「何言ってんだこいつ」みたいな驚きの目で見ていた。前世込みでシンシアほど俺に忠誠心を誓ってくれている人は居ないので、そんな存在のこんな扱いは心に重く響く。
俺の心にダメージを与えながら、シンシアは言った。
「これからアルメル様が話そうとしてたこと、普通にこの世界の前提を覆しかねない発言だったんで、ぶっちゃけ俺1人で聞くの怖かったっすね。俺への気遣いだと思って、この面子で聞かせて貰えると助かります」
と。




