第11話・結局こうなったようで
様子見をしていたシンシアと、呆れて呆けていたオヌシが話に加わってクリスティーナを止めた。その間にポーラへの状況説明をしていたのはまさかのゼグズビー質店である。
それにしても、まさかクリスティーナがこんな暴走の仕方をするとは思わなかった。
思えばクリスティーナが嫁いできた時、義父であるルーサー公爵も随分とツッコミに苦労されているようだった。もしかしたら、元々は欲望が強いのかもしれない。それを、公爵家令嬢として、そして俺の妻として、表には出さないよう、普段は抑えているのだろう。
俺はようやく収拾が付いた状況を整理し、馬車の中でため息を吐いた。
「やべぇ女だってのは知ってたが、ここまでやべぇ女だってのは聞いてねぇぞ」
馬車内にて、俺の隣に座っているオヌシが言う。行きはクリスティーナが隣だったのに、今や男同士の組み合わせだ。気楽と言えば気楽だが、クリスティーナやサーシャがずっと一緒に居る環境っていうのに慣れてしまっているせいか、少々残念な気持ちがあった。
「ああ、うん……俺も、ちょっと予想してなかった」
結論を明言すると、ポーラの愛人契約は不成立である。男チームの頑張りが功を奏した。
しかし、そもそもの話、ポーラを音源作成のためのサンプルボイス係として勧誘したのは俺だ。その契約を盾にして、クリスティーナが折衷案なんかまで出してきた時は流石に逃げ出そうかと思った。
オヌシは正面を睨みながら、俺への悪態を吐き続ける。
「……この女がこの女を飼育出来るとは思えねぇぞ」
「……うん、俺もちょっとそう思ってる」
俺も、オヌシと同じ場所を見つめる。馬車の対面。向こう側に座って、ポーラを抱きしめながらナデナデしながら「可愛い可愛い」と褒めたたえながらどこかで飼ったパンを与えて食べさせている、俺の妻を、見つめる。
高いバターを贅沢に塗って焼いた肉と葉野菜なんかも挟んじゃってる結構しっかりとした美味しい食べ物。それを夢中でハムハムするポーラと、食べるのに夢中なのを良い事に好き放題ポーラをハグハグするクリスティーナ。
借金は肩代わりした。音源作成用のサンプルとして協力する契約を結んだ。愛人契約は回避した。
それでも、クリスティーナはポーラを執拗に可愛がる。
「アルメル、この子、私の部屋で飼って良いかしら」
と、クリスティーナが口走る。
俺は答えた。
「ダメだよ? 別室を用意するからね?」
「じゃあ、この子を私の隣の部屋にするわ」
「君の隣の部屋は俺の部屋だからね? 移動させる気? それとも移動する気?」
「部屋が足りないなら、増やせば良いじゃない」
「足りないなんて事は全くないからね。余ってるから。増やさなくて良いから」
何かを間違ったマリーアントワネットみたいな事言い出したよこの子。
しかしだ、おかしな子になっているクリスティーナに負けず劣らず、ポーラもまたおかしな子だ。このクリスティーナのボディータッチにも無反応、というか、気にしていないというか、人馴れし過ぎている様子は、どうも不自然に思えた。
「ところで私、馬車でどこへ向かってるんでしたっけぇ」
ふと、パンを食べ終えたポーラが、自分を抱きしめるクリスティーナの手をぽんぽんと軽く叩きながら聞いてきた。
俺は「あれ、説明してなかったっけ」という戸惑いが湧き出たせいで、すぐには答えられなかった。変わりに答えたのはオヌシだ。
「セルト村だ。質店でそう説明してただろうが、何も聞いてねぇのか馬鹿女」
いつにも増していつも通り口が悪いオヌシ。
ポーラはその悪態にも一切怯まず、楽しそうに笑った。
「私の頭の中は、吟遊詩人になった時に歌にする英雄譚で埋まってるんですよ! 普通の村や人の名前を覚える余裕、無いです!」
あ、やばい俺キレそう。セルト村、普通じゃないから。すぐに英雄的な村になるから。
しかし、言い合いならば俺より適任が居る。だから、俺は口と目を閉じる。
だから、続きを放ったのはオヌシだ。
「英雄譚を暗記したせいで他の仕事はひとつも覚えられませんでしたぁ、ってか? そんなアホが語る歌、誰が信じんだ?」
きもちいいいいいい……。オヌシの悪口、言われる側になると最悪なんだけど、身内側になると最高に気持ちいわこれ。それ。ほんとそれよ。
「私の経歴は関係ないですよぉ。英雄譚には、英雄が居るんですから!」
「アホの言い分に価値は無ねぇって言ってんだ。テメェが語る英雄譚なんぞ誰も信じねぇよ。テメェがアホだから、どうせ間違ってる、どうせ嘘だ、そう思われて、はい、おしまい。それがバカの生きる道なんだよ」
「英雄譚を信じないなんて……そんな可哀想な人が、居るんですか、この世界に……!?」
うわああああ、腹立つ! この女、本当に腹立つ!
言い合いの内容としては圧倒的にオヌシが優勢だが、ポーラの頭が悪すぎるのか、それとも意図的に論点をズラしているのか、絶妙に詭弁が挟まる。詭弁だから腹立つのは当然なのだが、悲しいかな元営業の血か、詭弁を『上手い』と感じてしまったのが何より腹立たしい。
オヌシ:バカの言う事は誰も信じないから、バカなお前の語る英雄譚なんて誰も信じねぇ。
ポーラ:英雄譚を信じない人、可哀想……。
うーん、痺れる、この論点ズラし。
しかし、オヌシが言う。
「英雄譚を信じない可哀想なやつなんて居ねぇよ。英雄譚をもってしても誰にも話を信じてもらえない可哀想なやつが産まれるって言ってんだ、馬鹿女」
決まったぁあああああ!
クリティカルヒット! これは会心の一撃だ!
さぁ、ポーラ選手、この悪口に言い返せるか!? この口喧嘩の勝敗や、いかに!!
「私のペットをイジメないでもらえるかしら。首、捥ぐわよ?」
勝敗結果! クリスティーナの乱入により強制的にポーラの勝利!!
卑怯である。
セルト村へ向かう馬車の中は、そんな感じで盛り上がるのだった。




